オーストラリアに住んでいる妹から電話が掛かってきました。
もちろん話題は東日本大地震。
いろいろ情報交換した後、
妹は言ました
「行きたいな、日本へ、ボランテェアで」
「わたしも」
本音です。
行きたいです。
地震が起きてから、よく聞く言葉は
「ニールさんはあの付近に住んでいるご家族はありますか」
「いいえ」
と言うと、ああそれでは良かったですね。と
それだけ
もちろん親戚や友達が無事なのはうれしいです。
しかし
私の悲しみは私が親戚や友や知人に限られているのではないこと
なんとなく分かってもらえないような気がします。
それは本当に日本人と(一般の)ブラジル人と違うなと感じます。
もちろんどちらが優れている劣っているについてではなく
ただ違うなと。
カソリック文化は家族が社会的単位とされます。
コミュニティが単位な日本とは違うのが当たり前。
もちろんこれは一般的なブラジル人についての解釈で
たとえば、インデェオの場合なんかはまったく違います。
インデェオ文化には実コミュニテェイを尊重する要素があります。
むしろ一般的なブラジル人がインデェオの社会問題に理解が薄いのは
(同じブラジル人でも)
このような概念の違いからくるのではないかと思います。
その上、日本には実に民族的感覚が強いのでは。
私はそう感じます。
私の経験で
たとえば
‘家族でレストランに行った
車を止めたとき、小さい男の子達が走ってきた
セニョール、車を見張りましょうか
お金が欲しいのだ、
いつもあることで慣れている。
帰ってきたとき小銭をあげるよ
といつものように答えながら男の子の顔を見て驚いた。
アジア系だった。たぶん日系。
突然胸が締め付けられた
レストランのデェイナー中、なんともいえない悲しい気持ちから逃れなかった。
ブラジルでは非常に貧しい子供達を日常生活で見続けます。
見るたびに付きまとう悲しみはありますが
あの胸を締め付けられるような感覚、
なぜなのでしょう
たとえば
サンパウロ市の地下鉄
入り口に一人のお年寄り。
静かに立っていた。餅を手にもって。
通り過ぎてから気づ付いた
もしかして餅を売っているのかと。
改札口をすでに通っていたが、
戻った。
いくらですか
と訪ねると
ものすごいくせのあるアクセントで答えた
一世なんだなと気づいた。
‘CINCO REAIS
何回か聞いて初めて分った。
何故あのように不器用に餅を売っていたのか
思い出すたびに心が痛みます。
このように日本人には敏感に反応してしまいます。
今日
ダンナさんがメールで受け取った写真をプリントアウトして持ってきました。
悲しい、悲しい写真、
‘ねえ、凄く悲しいんだよ、僕はこれを観てね、研究室に鍵かけて泣いてしまったんだ。
どうしても見たい?
死んだ子供を抱きかかえる母親の画像でした。
画像を見続ける私に彼はこう言いました
‘ねぇ、君は日本人だったらより苦しむって言ってただろう。
‘うん
‘僕もそうだと思う。
えっ と思いました、何故?
‘たぶん日本人にみえる娘が二人いるからかな。
そうか。
そうなんだ。
今日はある小学校の先生がたに折り紙を教えました。
来週、彼女たちは子供達に鶴の折り方を教えます。
そして子供達に募金をお願いしました、金額はできる限りでいいと
1センターボでも10センターボでも。
正直に言って金銭の募集より
気持ちの募集をしたいのです。
金額はその成り行きだと思います。
とにかく気持ちをある方向へ向けること
それに気づくこと。
だから募金はしっかり募金箱に入れて貰うことにしました。
だれにもいくら入れたか見られないように
ただ先生に手渡すのではなく
しっかり自分で募金箱に入れるように。
そして、これから助け合いがもっと自然な行為になるように。
世界中の人たちが一瞬でも心の中から
同じ願いを望むことかできたら
それはきっと巨大なエネルギーになるのではないでしょうか。
明日は、またがんばります。
がんばれ日本!
