ポンプとかなづちとアマゾンと | サバンナとバレエと

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ブラジルからの便り


こんな話を聞きました。


ある国のある組織が、アフリカのある地域に川水をくみ出すポンプを寄付した。

ポンプは足で踏んで汲み出すシステムのものだったが、

その地域では水を運ぶのは女性の仕事で

女性が着る民族衣装は足を自由に使えないものだったので

住民はポンプを使わなかった。

寄付はまったく無駄になった。



よくあるような話です。

もし誰かが

なぜ男性が水を運び始めないのか

とか

なぜ女性が民族衣装を着るのをやめないのか

なんて考えたらまったくの間違いですね。

大切なことは

何故このように人々の文化や風習を無視したプロジェクトがあるのか。

そう考えることだと思います。


とにかくアマゾンではよく見かけます。

誰でもアイデアを押し付けたがります。

善意にあふれたものにみえますが、お門違いが多いのです。

そして膨大な資金の無駄も見られます。



この前、出席したシンポジウム、アマゾン持続可能的発展というテーマでしたが

あるインデェオの女性の発言が心に残りました。


‘私達はもうプロジェクトは要りません。

新しいプロジェクトを押し付けるのは止めてください。

もういやなんです。いい加減にしてください。

私達はただ私達の声を聴いて欲しいのです。


叫ぶように言った言葉、耳に残っています。




うちのダンナさんはこう言ってます。

 

‘まったく、いやになちゃうなー。

アマゾン持続可能的発展会議っていうのが毎週あるんだよ。

なんであんなに話あうことがあるんだ

とにかくインデェオ・コミュニテェへ行って現状を調べようって言ったら

時間が無いって、会議が忙しくて時間が無いんだ、笑い種だね。


笑い話みたいですが、深刻な問題だと思います。


何故、人々はいったい何を必要としているのかを訊ねないのか。

何故、同じ言葉を話し、理解しあうために努力しないのか。

何故、人々の能力を尊重し、決断の責任を彼らの手に渡さないのか。

何故、真剣に聴く耳を持たないのか

何故、真剣に受け入れる心を持たないのか


うぬぼれが原因だと思います。

自分が考えることが一番正しく

全ての人間が同じように考えるべきだ。

と思っているのでしょう。


かなづちを持つとなんでも釘に見える。


たしかにそうですね。





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