さて、昨日の続きです。
暇なので、ペースが早いです (笑)
臼杵城に登って来た所から、スタートですね。
臼杵城に、登ると、埋め立てた地形が、より分かりますね。
この埋め立て地の突端は、私らが、よく行く、四国行きの
フェリー乗り場です。
大友宗麟も、お城から、この豊後水道を眺めたのでしょうか。
ここも、もちろん、埋め立て地ですね。
ここの地形などは、もろに、「丹生島」だった頃の断崖が
残っていますね。
今回は、言えば・・・これを、見たかった!!という感じです。
ここは、先ほど、歩いた、島の南側ですね。
ここから、見ると、向こうの山との間は、深い入り江に、なって
いたのが、よく分かりますね。
ここは、あの・・・鳥居の上にある、お稲荷さんです。
大友宗麟が、この「臼杵城」を築城する際に、いっしょに
祀ったらしいのですが、大友宗麟は、商売の方も信仰心が
強かったのでしょうかね。
臼杵城の天守閣の説明看板が、ありました。
歴史資料館にも、ありましたが、よくテレビに出て来るような
名古屋城や熊本城みたいに、大それた、お城では、なかったん
ですね。
という事は、ここは、あくまでも、軍事用の要塞として、築城
されたのかも知れませんね。
ここが、天守閣のあった場所です。
見ての通り、あまり広くありません。
空堀の方に、下りて行って、下から見ると、少しは、イメージが
湧きますね。
こちらにも、空堀があります。
敵の侵入を想定しての色々な仕掛けが、あるようです。
臼杵城には、「護国神社」がありました。
砲弾も祀ってありました。
どうして、ここに、こんなものが・・・・
と、後で調べてみた所、戦時中に、ここは、砲弾を造る所に
なっていたようです。
そして、ここで祈願をし、出兵し・・・戦死者を、お祀りしている
との事のようです。
やはり、この土地の人にとって、このお城は、特別な場所の
ようです。
こういう碑もありました。
説明看板をよく見ると・・・
西南戦争の時の「勤皇臼杵隊」の事が書かれています。
通常、西南戦争の時は、「官軍」なのか・・・「薩軍」なのか・・
なんですが、ここに書いてあるのは、戦争から郷土を守るため・・・
と、あります。
なんと・・・感動的な事か・・・
いつの時代も、戦が始まると、一番の被害者は、下々の民です。
それを、守ため・・とは・・・涙が出てきそうですね。
ここにも、男の中の男の話が書いてあります。
この打算的な世の中では、義を通す話は、身につまされます。
レプリカらしいのですが、こんな展示物も、ありました。
「国崩」という、日本で初めての大砲らしいです。
お!!梅の芽が膨らんで来てます。
後、1か月も、すると、梅の花が咲き誇るのでしょうね。
臼杵城には、グラウンドも、あります。
グラウンドの脇に、面白い物を見つけました。
なんて事のないベンチなんですが、よく見ると、レンガ造りに
なっています。
もしや・・・と思い、座る、板の部分を持ち上げると・・・
窯に、なっておりました。
ここに、登って来る時のループ橋から考えると、ここは
津波の際の避難場所に、なっているのでしょう。
そして、炊飯、炊事が出来るように、普段は、ベンチで
災害時は、窯となるのでしょう。
関心させられますね。
西側の大手門の所まで、戻って来ました。
ここから、当時の武家屋敷辺りが見えます。
大きな瓦屋根が三つ、続いているのが、お寺ですね。
今は、観光地で「二王座歴史の道」と名前が付いておりますが
大友宗麟の時代は、お寺を並べる事で、武家屋敷と町人町を
分けていたようです。
大手門から下りて行く途中に、弓道場が見えました。
静けさの中、矢を射る音だけが聞こえます。
私も中学、高校と弓道をしていたので、この空気感が酷く
懐かしく感じます。
今年は機会があれば、久しぶりに、弓を引く事が出来ないか・・
とも考えております。
さて、臼杵城の調査も、いよいよ終盤です。
大手門から、城の西側の橋までの、この通路を見ると、
つくづく、要塞として・・・という言葉が、浮かびます。
三方が海に囲まれて、あの断崖からは登れませんし、ただ一つ、
西側の橋から侵入すると・・・この狭さでは、スムーズに登れませんし
上から狙い撃ちされます。
見れば、見るほど、溜息が出ます。
大友宗麟、アッパレです。
臼杵、最後の藩主、「稲葉様」の御殿、「稲葉邸」まで、
戻ってきました。
水路の鯉たちも、あまりの寒さに、全く、動きません。
冬眠状態のでしょうか・・・
今回の調査のまとめです。
この「丹生島」は、大友宗麟によって、臼杵城として生まれ変わり
戦国から、江戸時代を経て、幕末の動乱の時代から、太平洋
戦争など、臼杵の人たちを支え続けて来た事が、よく分かり
ました。
現代に至っては、避難所としての役名を受け持っていますね。
ほんの短い時間でしたが、コロナの事を忘れ、タイムトリップ
するような、気持ちを開放、出来た、楽しいひと時でした。
まだまだ、厳しい忍耐に日々が続きますが、時には、現状から
逃げる事も必要かな・・・と思います。
次は、何処に行こうかな・・・






























