げたにれの “日日是言語学” -2ページ目

げたにれの “日日是言語学”

やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

     あじさい  こちらは 「アジサイの話・5」 です。 1 は ↓

             http://ameblo.jp/nirenoya/entry-10593295874.html





〓わかりやすい例で言うと、標準語で 「~です」 と言うときに、決して、


   [ -desɯ ]  [ ɯ ] は東京方言の “ウ”。関西方言の “ウ” [ u ] のように唇を丸めない。


とは発音されません。最後の [ ɯ ] において声帯が震えず、


   [ -des:: ]


となります。つまり、“ウ” が落ちて、 s ばかりが延長されるんですね。


〓一般に、日本語に関する専門書では、


   / -desɯ̥ /


というぐあいに / ˳ / で無声化を示していますが、少なくとも東京方言の場合、イ段・ウ段の 「無声化」 と言われているものは、実際には、次のように実現されています。



   (a) 母音が無声化しているのではなく、母音が脱落し、先行する子音のみの拍となっている。
   (b) その子音は、イ段の場合、「硬口蓋化子音」、ウ段の場合、

          「非口蓋化子音」 であり、それにより、イ段とウ段を区別する。



〓チョイと言い方がムズカシイですが、具体例を挙げると、こういうことです。



   【 アの無声化 】
   「~とか、~とか」 ~○○ ※ものごとを列挙するときのきわめて低く発音される 「とか」。
   / -tokḁ /


   【 アの無声化 + ウ・イの脱落 】
   「かつおぶし」 ○●●●●
   / katsɯobɯɕi̥ / → [ kḁts:oβɯɕ: ] 実際の発音


   【 イの脱落 】
   「かっきてき」 (画期的) ○●●●●
   / kakki̥teki̥ / → [ kakkʲʰtekʲʰ(ç) ] 実際の発音


   【 ウの脱落 】
   「ハバロフスク」 ○●●●○○
   / habaɾoɸɯsɯ̥kɯ̥ / → [ haβaɾoɸskʰ(x) ] 実際の発音



〓「母音の無声化」 が起こる方言というのは、かように、「無声化」 どころではなく、母音の脱落を、実際には、かなりキッカイな音声で補完しています。


〓もう一度申し上げますが、このように母音を脱落させてしまっても意味が通じるのは、音声学的に、次のようなしくみが成立しているからです。



   【 “イ” [ i ] の脱落 vs “ウ” [ ɯ ] の脱落 】

     / 子音 + i / → / 硬口蓋化した子音 + 母音ゼロ /
     / 子音 + ɯ / → / 硬口蓋化していない子音 + 母音ゼロ /


      キ / ki / → [ kʲʰ(ç) ]
      ク / kɯ / → [ kʰ(x) ]

      シ / ɕi / → [ ɕ(:) ]  ※ [ ɕ ] はこの子音じたい硬口蓋化しているので [ ʲ ] は付かない
      ス / sɯ / → [ s(:) ]
      シュ / ɕɯ / → [ ɕʷ(:) ]  ※日本語の無声化の中でも特殊な例。

      チ / tɕi / → [ tɕ(:) ]  ※ [ ] はこの子音じたい硬口蓋化しているので [ ʲ ] は付かない
      ツ / tsɯ / → [ ts(:) ]

      ヒ / çi / → [ ç(:) ]  ※ [ ç ] はこの子音じたい硬口蓋化しているので [ ʲ ] は付かない
      フ / ɸɯ / → [ ɸ(:) ]



〓無声化した 「キ」、「ク」 の発音については、


   母音のかわりに、激しい気息をともない、語末では、摩擦子音 [ ç ], [ x ] で拍を延長する


というクセがあるようです。実は、シーボルトはこれも 「原理はわからないまま、現象としては観察していた」 ようで、次のようなキッカイな日本語の転写形があります。



   die Sjukʼkagos [ ディ シュッカゴス ] 「宿駕籠」 の複数形
      ※通例、「しゅくかご」 と書かれるが、実際の発音は、「しゅっかご」 だったのだろう。
       宿駅に待機する垂れなどがない粗製の駕籠 (かご)。
   
   Sitsidankwʼa [ シチダンクヮ ] 「七段花」
      ※「七段花」 はヤマアジサイの園芸品種。この当時の長崎方言では、
       激しい気息をともなった合拗音が発音されていたのだろう。 [ kʰwa ] である。


   Mokkokʼ [ モッコク ] 「木斛」
      ※語末の “ク” が無声化し、激しい気息をともなっていたのだろう。


   Kifune-Gikʼ [ キフネギク ] 「貴船菊」 (きぶねぎく)
      ※「シュウメイギク」 の異称。



               あじさい               あじさい               あじさい



〓長崎方言というのは、東京方言と同様、「母音の無声化」 が起こる方言です。


〓「シキミ」 (樒 = モクレン科の木) が Skimi になるのはオカシイと思うかもしれません。しかし、これには、日本語特有の 「口蓋化」←→「非口蓋化」 という対立がからんできます。これについては、先ほど申し上げました。


〓たとえば、「式」 ○● (低高)、「好き」 ○● (低高) という2つの語で比べてみましょ。標準語および東京方言では、どちらも語末が高く発音されるので、ともに、語末の -ki の i は無声化しません。しかし、


   アクセント核でなく、低く発音される語頭の shi-, su- は、それぞれ無声化する


のです。そのときの発音は、


   「式」  [ ɕ̩ki ]
   「好き」 [ s̩ki ]
       ※ [ ˌ ] は子音が音節を成すことを示す。


となります。この2語を東京人がどこで区別しているか、と言えば、それは、


   語頭の sh [ ɕ ] と s [ s ] の対立


です。前者は 「硬口蓋化された s 」 であり、後者は 「硬口蓋化していない s 」 です。つまり、 s が口蓋化しているか、していないか、それだけが2つの単語を区別する拠り所なんですね。


〓ところが、ヨーロッパの多くの言語では、「硬口蓋化」-「非硬口蓋化」 という対立で単語を区別する習慣がなく、そうした言語の話者にとっては、


   この2つを区別するのがムズカシイ


のです。とりわけ、「シュー音・チュー音」 を音素として持たないオランダ語では区別は困難であるし、表記し分けることもできません。



〓ヨーロッパの言語でも、ロシア人・ポーランド人などスラヴ語の話者や、アイルランド語の話者は、こうした音韻体系を自身の言語にも持つので、おそらく、これを区別することができるでしょう。また、軟母音 я, и, ю, е, ё や軟音符 ь によって、これを書き分けることもできます。


〓しかし、西ヨーロッパのほとんどの言語にはこの区別がありません。たとえば、フランス人は、語末の [ -k ] を硬口蓋化音で発音するクセがあります。たとえば、 -ique で終わる語は、日本人には 「~イッキ」 に聞こえます。


   Dominique [ domi'niᵏkʲ ] [ ドミ ' ニッキ ] 「ドミニク」。男性・女性の名前


〓しかし、これはそういうクセがある、というだけで、 [ domi'niᵏk ] [ ドミ ' ニック ] と発音しても、なんら意味は変わらないし、「~イック」 と 「~イッキ」 で単語を区別することはできません。


〓西ヨーロッパの言語の話者は、


   「子音が口蓋化しているか/していないか」 よりも、

                「母音があるのか/ないのか」 のほうに注意が向く


のです。その結果、「シキミ」 は Skimi になってしまうんですね。つまり、


   語頭の “シ” が [ s ] ではなく [ ɕ ] だということより、
   [ ɕi ] の母音 [ i ] が落ちている、ということのほうが聞こえてくる


という耳しか持っていないんです。


〓実は、日本語の音声について、こういう観察をしたのはシーボルトが初めてではありません。


   Skimmia Thunb. (1783)
      [ ス ' キンミア ] 「ミヤマシキミ属」


〓シーボルトよりも先に出島に赴任し、植物の標本を採集したスウェーデンのテュンベリーによる造語です。シーボルトの出島到着の40年前に立てていた属です。おそらく、テュンベリーは、「ミヤマシキミ」 について、土地のヒトから、


   シキンミ [ ɕkĩmi ] [ シキんミ ]


というような発音を聞いたんでしょう。
〓シーボルト同様に、「シキミ」 の語頭の “シ” の無声化を、シーボルトとそっくりに観察・表記しているんですね。


〓語末の -a はラテン語化し、単語の変化を可能にするために必要でした。 Skimmius でも、 Skimmium でもよかったかもしれない。何らかの思いから女性形にしたんでしょう。


〓シーボルトの Skimi はテュンベリーの Skimmia に引きずられたんじゃないか、というふうに考えるヒトもいるかもしれない。しかし、そうでない証拠があります。
〓すなわち、シーボルトは、「ミヤマシキミ」 の表記では、 i を落とさずに記述しているのです。


   Mijama Sikimi 「ミヤマシキミ」 …… シーボルトの表記



               あじさい               あじさい               あじさい



〓日本人があまり知らない 「日本語から英語に入った借用語」 があります。


   skosh [ 'skoʊʃ ] [ ス ' コウシュ ]


ってんですね。


〓日本語の 「少し」 を借用したものです。第二次大戦後、日本に進駐した米国・英国・オーストラリア・ニュージーランドなどの兵士が、日本人とじかに接することで覚えて帰った単語です。1940年代の後半から俗語として使用されています。


skosh じたいは名詞ですが、英語の文脈では、通例、 a を冠して使われます。



   a skosh of  a little bit of / a little amout of  「少量の」
   a skosh  a little / a little bit 「少し」 (副詞的)



   That's a water with a skosh of lemon juice, in case you were wondering what the cloudy liquid is.
   その濁った液体が何なのかと怪しむ人のために言っておくと、それは少量のレモンジュースを加えた水だ。


   “Could you move your chair just a skosh to the right? -- We can't see the TV.”
   「イスを少し右に移動してもらえますか? テレビが見えないんです」



〓ペットに Skosh という名前を付けるヒトもいるようです。日本語でイヌやネコの名前が 「スコシ」 というのはヘンですが、英語のネイティヴにとって skosh = little ですからオカシナ名前ではないんです。

〓この skosh は、東京方言の


   スコシ [ s̩koɕ̩ ]
      ※一拍ずつゆっくり発音すると [ sɯkoɕi ] となる。関西では [ sukoɕi ]


を英語のネイティヴが写したものですね。これが日本人にとってキミョウなのは、


   スコシ → skosh → スコウシュ


というぐあいに、


   自分たちにとって 「シュ」 に聞こえる音で 「シ」 が写されている


からなんです。しかし、英語のネイティヴにとって、これはいっこうにフシギではないんですネ。シーボルトが 「シキミ」 を Skimi (スキミ) と写したのと同じです。


   英語のネイティヴにとっては、母音のない [ ɕ ] は sh に他ならない


のです。
〓日本語の東京方言の話者は、英語の -sh に終わる単語の借用語を、「円唇化した (唇を丸めた) ɕ 」 を使って発音します。たとえば、


   フィニッシュ ●○○○ [ ɸiniɕɕʷ ]
      cf. 「釣りバカ日誌」 ○●●●●○○ [ ~niɕɕ ]


というぐあいです。


〓しかし、こういう音の使い分け・聞き分けをするのは、日本語のネイティヴであって、


   英語のネイティヴにとっては、 [ -ɕʷ ] も [ ] も母音のない -sh にすぎない


んです。だから、


   スコシ → skosh


となるわけです。


〓ついでに申し上げますが、以前、


   日本人は英語の [ z ] を努力なしで発音できていると思い込んでいるだけで、
   実は、主として語頭で、摩擦音 [ z ] を破擦音 [ dz ] で発音しており、チッとも発音できていない


ということを申し上げました。


〓これと同様に、


   日本人は英語の [ ʃ ] を努力なしで発音することができない


ということができます。英語の [ ʃ ] は非硬口蓋化音であり、日本人が生まれたときから発音している硬口蓋化音 [ ɕ ] とはかなり異なる音です。


〓帰国子女と呼ばれる “日本人” のなかには、


   「シャシシュシェショ」 の発音が、なんか、バタ臭い


というヒトたちがいます。コモッたような、舌が長いような、違和感のある 「シャシシュシェショ」 に聞こえます。これは、日本語の [ ɕ ] 音ではなく、英語などの [ ʃ ] 音を身につけてしまっているからです。


〓純日本語ネイティヴは、かなり、英語を勉強したヒトでもこんなふうに発音しています。


   ship [ 'ɕip ]  ※正しくは [ 'ʃɪp ]
   sheep [ 'ɕi:p ]  ※正しくは [ 'ʃi:p ]
   fish [ 'fiɕɕʷ ]  ※正しくは [ 'fɪʃ ]
   pushed [ 'pʊɕɕʷt ]  ※正しくは [ 'pʊʃt ]



               あじさい               あじさい               あじさい



〓長崎方言で 「お滝さん」 と言った場合、その発音は、


   オタキサン [ otasaɴ ] [ オタキサン ]


のごとくなります。つまり、“キ” が無声化するんですね。クドイようですが、


   日本人は、無声化した “キ” と “ク” を口蓋化の有無で聞き分ける


ので、「オタクサン」 [ otaksaɴ ] と 「オタキサン」 [ otakʲsaɴ ] の区別ができます。しかし、こと k 音については、西ヨーロッパ出身の西洋人には、これの区別は不可能だったでしょう。耳で聞こえないものを文字で書き分けることは、なおさらできません。つまり、


   “キ” ki の母音が落ちていることは聞いて、すぐにわかる


ものの、それが 「硬口蓋化している」 ということは認識できないし、ましてや、文字であらわす方法はまったくありません。
〓つまり、シーボルトが 「オタキサン」 というコトバを、耳で聞いたままに書き記そうとすると、どうしても、


   Otaksan


になってしまう、のです。


   「そんなこと、ホントにあるのか?」


とナットクできないヒトは、もう一度、シーボルトの奇妙な表記例を眺めてみてください。


    Skimi [ スキミ ← シキミ ] 「シキミ」
    do-bats [ ドバツ ← ドーバチ ] 「銅鉢」 (ドウバチ=仏具)
    Akejumats [ アケユマツ ← アゲヤマチ ] 「揚屋町」 (新吉原の町名)
    Kiōmats [ キヨーマツ ← キョーマチ ] 「京町」 (新吉原の町名)
    Fusimimats [ フシミマツ ← フシミマチ ] 「伏見町」 (新吉原の町名)


〓いっぽう、語末であろうとなかろうと、シーボルトが日本語の “ン” を落とした例は1つもなく、さすれば、


   シーボルトが otaksan ではなく、 otaksa としたのは、ラテン語として語末が -a で

   終わらないと、女性の名前にならないし、ラテン語による記述で文法的に変化させられない


からだろう、と推測されます。つまり、以前、申し上げた


   natsumi 「ナツミ」 という名前は、とりあえず、 natsumia としてラテン語化する


というのと同じ対応だと考えられます。

otaksa というのは otaksae という属格形ではありませんし、 otaksus という形容詞の女性形でもありません。つまり、 Hydrangea 「ヒュドランゲーア」 “アジサイ属” という属名と otaksa 「オタクサ」 という種小名は、「同格 (主格) の名詞の並記」 とみなすべきでしょう。


〓こうした、主格の並記というタイプの学名は決して少なくなく、特に、動物の学名に多い。ニシローランドゴリラの学名 Gorilla gorilla gorilla などというタイプは、亜種名まで種小名がくりかえされており、主格が3つ並んでいることになります。



               あじさい               あじさい               あじさい



〓ということで、「アジサイ」 にまつわるニレノヤ式アレヤコレヤの解説をしてみました。ドウデガシタデショ?







     あじさい  こちらは 「アジサイの話・4」 にござります。 1 は ↓

               http://ameblo.jp/nirenoya/entry-10593295874.html







〓シーボルトが日本で採取した 「テマリ咲きのアジサイ」 に付けた学名、


   Hydrangea otaksa [ ヒュドラン ' ゲーア オ ' タクサ ]


の種小名 otaksa は、永らく、ナンのことであるのか謎でした。長崎あたりの方言名などと考えられていました。


otaksa の正体を看破したのは、植物学界の御意見番、牧野富太郎 (まきの とみたろう) 博士でした。古来、日本の植物学は、中国伝来の 「本草学」 (ほんぞうがく) として、書物による情報のみで発達してきたために、植物名の同定などがまちがっていることが多いんですね。
〓牧野富太郎博士は、そういうところを根本から糺 (ただ) さないと気のすまないヒトでした。

〓また、植物名の語源について、言語学の側からではなく、植物学の側から鋭い考察をたくさんおこなった人物です。


otaksa が 「お滝さん」 の訛りであろうことを看破したのは博士でしたが、それと同時に、実直な性格のゆえなのか、アジサイに遊女の名前が付けられたことをエラク憤っていたようです。



〓それはそれとして、モンダイなのは、


   なぜ、 Otaki-san が otaksa になるのか?


ということなんですね。


〓日本人が、ひじょうによくやる誤りが、


   otakusa


という綴りです。 otaksa は日本語読みだと 「オタクサ」 になるので、たぶん、 u があるハズだ、と思って入れてしまうんでしょう。
〓あとで申し上げるように、西洋人が otaksa と書いた場合、 k と s のあいだで落ちている母音が u であるとはかぎりません。 u だと思い込んでしまうのは、日本語の発想にとらわれたハヤトチリです。


〓日本語版 Wikipedia では、


   「シーボルト」 の項に otakusa が1つ
   「アジサイ」 の項に otakusa が3つ、そして、なぜか、正しい otaksa が1つ


混ざっています。


〓ところで、シーボルトが Hydrangea otaksa と記述した 「ホンアジサイ」 は、現在のところ、けっきょく、すべての 「ガクアジサイ」、「ホンアジサイ」 などと同じ種 (シュ) であるとみなされるようになったんでしたね。つまり、


   Hydrangea otaksa Siebold et Zucc.  「無効名」
     ↓
   Hydrangea macrophylla (Thunb.) Ser.  「有効名」


というふうに別の学名に吸収されてしまったわけです。シーボルトがお滝さんを思い浮かべて名付けた otaksa が消えてしまった。


〓とは言うようなものの、シーボルトの標本は、他のどんな 「テマリ咲きのアジサイ」 の標本とも異なっているために、「園芸品種」 の1つとみなして、


   Hydrangea macrophylla (Thunb.) Ser. ʻOtaksaʼ


と記すことができます。つまり、シーボルトの名付けた 「種小名」 が 「園芸品種名」 にスライドしたんですネ。



               あじさい               あじさい               あじさい



〓ところで、シーボルトは、なぜ、 otaksa 「オタクサ」 と書いたんでしょう。これについて、いろいろな推論をすることはできるでしょうが、 otaksa という字面だけをもとに論考してみても、けっきょくは恣意的 (しいてき) な説しか引き出せません。


〓この謎を解くには、シーボルトが、日本語をどのようにラテン文字転写していたか、を知る必要があります。



〓幸いなことに、2007年に、ちくま学芸文庫に入った 『日本植物誌』 には、たくさんの日本語の植物名の転写が見られます。
〓また、シーボルトが帰国後に、日本滞在中のできごと、そして、日本の風俗・習慣・歴史・地理など、広汎な事柄についてドイツ語で記した 『日本』 »Nippon« には、さまざまな分野の日本語の日常語彙、固有名詞などがラテン文字表記されています。



               あじさい               あじさい               あじさい



〓こうした語彙を集めると、まず、シーボルトが、


   日本語のラテン文字表記は、オランダ語の方式に従うべき


と考えていたことがわかります。


〓当時、オランダはヨーロッパで、唯一、日本と交流のあった国であり、すでに、定着した表記法もあることから、自分もそれに追随すべき、と考えたのでしょう。ドイツ語の文章の中でも決してドイツ語式の表記は用いていません。まれに、うっかりして ts とすべきところを tz としているくらいです。


〓シーボルトの表記法の特徴は、以下のとおりです。 ※ のあとにドイツ語式に綴るならどうなるか、という綴りを挙げます。
〓ただし、現代ドイツ語における日本語からの借用語は、ほとんどの場合、日本のローマ字の綴字法 (ていじほう) に即しています。



   サ行 ── sa si su se so   ※ 「シ」 = schi
   タ行 ── ta tsi tsu te to   ※ 「チ」 = tschi / 「ツ」 = (t)zu
   ハ行 ── ha hi fu he ho
   ヤ行 ── ja - ju je jo
   ――――――――――
   ザ行 ── za zi zu ze zo   ※ 「ザジズゼゾ」 = sa si su se so
   ダ行 ── da dsi dsu de do   ※ 「ヂ」 = dschi
   ――――――――――
   キャ行 ── kja  kju  kjo
   シャ行 ── sja  sju   sjo   ※ 「シャシュショ」 = scha schu scho
   チャ行 ── tja  tju  tjo   ※ 「チャチュチョ」 = tscha tschu tscho
   ニャ行 ── nja nju   njo
   ヒャ行 ── hja  hju  hjo
   ミャ行 ── mja mju mjo
   リャ行 ── rja  rju  rjo
   ――――――――――
   ギャ行 ── gja gju gjo
   ジャ行 ── zja zju zjo   ※ 「ジャジュジョ」 = ?
   ヂャ行 ── dsja, dsju, dsjo の例はなく zja, zju, zjo を使っている   ※ 「ヂャヂュヂョ」 = dscha dschu dscho
   ビャ行 ── bja bju bjo



〓いちじるしい違いが出るのは、「シ・チ・ツ」、「ジ・ズ・ヂ・ヅ」、「ジャジュジョ・ヂャヂュヂョ」 といった “硬口蓋化” を起こした子音です。それと、


   拗音を 「子音 + j 」 であらわすのはオランダ語特有の綴字法


です。

〓また、オランダ語は、ドイツ語や英語と異なり、「口蓋化子音」 を音素としてまったく持っていません。つまり、「シャシシュシェショ」 とか、「チャチチュチェチョ」、「ジャジジュジェジョ」、「ヂャヂヂュヂェヂョ」、また、「ツァツィツツェツォ」 という音を “基本的” に持たないのです。


〓ドイツ語も、英語にくらべると 「口蓋化音」 は少ないのですが、「シャシシュシェショ」、「ツァツィツツェツォ」 の系統の音は、音素として豊富に持っています。

〓ゆえに、「シャ・シ・シュ・ショ」 は scha, schi, schu, scho と書いたほうがドイツ語的ですが、シーボルトは、あくまでオランダ語式に sja, si, sju, sjo と書きます。


〓オランダ語は、語末に指小辞 -je (ドイツ語の -chen、 英語の -kin) が付いた場合に、「口蓋化子音」 が発生します。


   -s + -je → -sje [ -ʃə ] [ ~シェ ]
   -t, -d + -je → -tje, -dje [ -cə ] [ ~チェ ]  ※ [ c ] は 「チ」 と 「キ」 の中間の子音


〓また、 [ ts ] は、主として、形容詞語尾 -s (英語の -ish、ドイツ語の -isch) が付いた場合にあらわれます。


   -t, -d + -s → -ts, -ds [ -ts ] [ ~ツ ]


〓つまり、オランダ語にあらわれる 「口蓋化子音」 は、語幹と接尾辞とのあいだにのみ生じる特殊な子音なんですネ。だから、これらが語頭に立つことはないし、造語音素として機能することもないわけです。
〓オランダ人は、こうした合成語の語末に “生じてしまう音” にヒントを得て、日本語の “拗音” (ようおん) を表記していたわけです。



               あじさい               あじさい               あじさい



〓また、少しムズカシイ話になりますが、ドイツ語 (高地ドイツ語) は、英語やオランダ語で起こらなかった 「第二次子音推移」 という子音の変化を蒙 (こうむ) りました。それゆえ、


   5~6世紀ごろから、語頭・子音のあとの [ t ] が [ ts ] に変化した


のですね。すなわち、「10」、「心臓」 という単語を例にあげるなら、



   ten [ 'ten ] [ ' テン ] 英語
   tien [ 'ti:n ] [ ' ティーン ] オランダ語
   ――――――――――
   zehn [ 'tse:n ] [ ' ツェーン ] ドイツ語


   heart [ 'hɑɚt'hɑ:t ] [ ' ハァト ] 英語
   hart [ 'hɑʀt ] [ ' ハルト ] オランダ語
   ――――――――――
   Herz [ 'hɛʁts ] [ 'ヘルツ ] ドイツ語



ということです。それゆえ、ドイツ語には、英語やオランダ語にない 「音素としての ts 」 が存在するんです。


〓オランダ語には音素としての [ ts ] がないので、 s と z の正書法上の音価は、


   s [ s ]  z [ z ]  …… オランダ語


となります。ドイツ語は、むしろ、 [ s ] をあらわす専用の子音字がなく、


   s [ z ]  z [ ts ]  …… ドイツ語


となっています。


〓しかし、それでも、シーボルトはドイツ語式を採らず、オランダ語式の綴りを選択しています。だから、


   azisai 「アジサイ」


なんですね。ドイツ語としての綴りなら 「アツィザイ」 という読みになってしまいます。



〓以上、ドイツ語とオランダ語の綴字法の違い、そして、シーボルトが日本語をオランダ語式に綴ることを選んだ、という点はよござんしょうか。



               あじさい               あじさい               あじさい



〓次に、シーボルトの日本語のラテン文字綴りが 「不安定」 なことを申し上げましょう。つまり、シーボルトの表記にはユレがあり、しばしば規則を外れてしまうことがあるのです。それは、シーボルトがイイカゲンな性格だったというより、


   日本語の音韻体系をよく理解していなかった


ことが原因と思われます。つまり、日本語の音声がどういう体系を持っていて、それをどのようにすれば合理的に表記できるか、という正確な知識を持ち合わせていなかったのです。


〓シーボルトの表記の特徴を示してみましょ。



   (1) オランダ人のあいだで、すでに、定着していたと思われる綴りは、これを使っている。


       Sjōgun [ ショーグン ] 「将軍」
       Ōsaka [ オーサカ ] 「大坂」
       Jedo [ イェド ] 「江戸」
       ――――――――――
       Kiusiu [ キウシウ ] 「九州」
       Kioto [ キヨト ] 「京都」



〓後二者は、原則に従うなら、 Kjūsjū, Kjōto と表記されるべきものです。



   (2) シーボルトは、日本語の長母音・短母音の概念をよくつかんでいなかった。


       Sji noki [ シィノキ ] 「椎の木」  ※ Sīnoki とすべき
       Jama-boosi [ ヤマボーシ ] 「山法師」  ※ Jamabōsi とすべき
       Takano Tsjōje [ ~ チョーイェ ] 「高野長英」
       Ikko-sju [ イッコシュ ] 「一向宗」  ※ Ikkō-sjū とすべき
       Makko kuzira [ マッコクジラ ] 「マッコウクジラ」  ※ Makkō とすべき



   (3) 日本語の “濁点の略されたカナ” など、

                文字に書かれたものを写したと思われる綴りが見える。


       Musasi afumi [ ~ アフミ ] 「ムサシアブミ」 (サトイモ科の多年草)
       Sakurasima [ サクラシマ ] 「桜島」  ※ Sakura-zima とすべき
       die Insel Hatsisjō [ ディ ' インゼる ハチショー ] 「八丈島」  ※ Hatsizjō とすべき
       ――――――――――
       Oho-azisai [ オホアジサイ ] 「オオアジサイ」
       Oho Tsuwa buki [ オホツワブキ ] 「オオツワブキ」
          ※「おほつはぶき」 というカナ表記につられたか。



   (4) シーボルトは拗音の概念もよくつかんでいなかった。


       Mima Zunzō [ ミマ ズンゾー ] 「美馬順三」  ※ Zjunzō とすべき
       Kandamijōzin [ カンダミヨージン ] 「神田明神」  ※ mjōzin とすべき
       Sōja [ ソーヤ ] 「庄屋」  ※ Sjōja とすべき



   (5) (3) とは逆に、日本人の発音を聞いて、聞こえたように写したと思われるものがある。


       Kangasi [ カンガシ ] 「かかし」
          ※ 「カガシ」 がもとの音。中世の日本語は濁音の前に鼻音を伴っていた。方言では残っていたか。
       Sjakunange [ シャクナンゲ ] 「シャクナゲ」
          ※ 「シャクナンゲ」 は古い読み。これも同上か。
       Akasagamura [ アカサガムラ ] 「赤坂村」 (小倉の村)
          ※土地の発音では 「アカサガ」 と言ったか。



〓以上が、シーボルトの綴りグセの概観ですが、まだ、最大の特徴が残っています。それは、



   (6) シーボルトは、しばしば、母音の無声化を表記に反映している。


      【 “ウ” の無声化の反映 】
       Karamats [ カラマツ ] 「カラマツ」
       Mats maë [ マツマエ ] 「松前」 (北海道の)
       Butsdan [ ブツダン ] 「仏壇」
       Maler Tojoske [ ' マーれル トヨスケ ] 「画家の登与助」 (川原慶賀の本名)


      【 “イ” の無声化の反映 】
       Skimi [ スキミ ] 「シキミ」 (モクレン科の木)  ※ Sikimi とすべき
       do-bats [ ドバツ ] 「銅鉢」 (ドウバチ=仏具)  ※ Dōbatsi とすべき
       Akejumats [ アケユマツ ] 「揚屋町」 (新吉原の町名)  ※ Ageja-matsi とすべき
       Kiōmats [ キヨーマツ ] 「京町」 (新吉原の町名)  ※ Kjō-matsi とすべき
       Fusimimats [ フシミマツ ] 「伏見町」 (新吉原の町名)  ※ Fusimi-matsi とすべき



〓どうです? 実に興味深いでしょ。「母音の無声化」 というのは、関東方言ほか、日本の多くの方言で起こる現象で、アクセントを担わない拍の “イ”、“ウ” で、声帯が振動せず、肺からの息がそのまま出てしまう現象、を言います。

〓京都・大阪を中心とする京阪アクセント地域では起こりにくい現象です。




    パンダ 細切れで申し訳ござらん。 つづきは ↓

        http://ameblo.jp/nirenoya/entry-10596656979.html





     あじさい こちらは 「アジサイの話・3」 であります。 1 は ↓

               http://ameblo.jp/nirenoya/entry-10593295874.html






  【 学名は一気に “御破算” になることがある 】


〓ところが、ここに思わぬ伏兵がひそんでいました。


   Hydrangea L. (1753)
     ※ L.Linné (リンネ)


〓この記述は、リンネが 1753年に Hydrangea 「アジサイ属」 という属を、すでに立てていた、ということを意味します。これは、1739年に、オランダのグロノヴィウスが北米に自生するアジサイの一種、「アメリカノリノキ」 に付けたラテン語名ですね。
〓 1753年に、リンネがグロノヴィウスの付けていた名前を採用して、“アジサイ属” の 「属名」 に当てていたんです。


〓学名には


   先取権 (せんしゅけん) の原則


というものがあり、先に発表した学名が 「有効な学名」 であり、それと知らずにあとから発表された学名は 「異名/シノニム」 synnonym という扱いになります。


〓つまり、こういうことです。



――――――――――――――――――――
あじさい 1784年に 「ホンアジサイ」 を Viburnum macrophyllum と分類したテュンベリーは、そもそも、この植物を所属させる “属” を誤っていたのだけれども、たとえ、正しく分類していたとしても、


   すでに、31年前にリンネが 「アジサイ属」 Hydrangea を立てていたので、
   どんな属名を考案していたところで、それは無効であり、 Hydrangea の異名にしかならなかった


のですネ。ところが、リンネは Hydrangea “アジサイ属” を立てていただけで、「ホンアジサイ」 を分類していたわけではないので、


   種小名 (シュショウメイ) の macrophyllum


は 「有効」 になります。つまり、 macrophyllum の部分のみ “イキ” なんです。
――――――――――――――――――――



〓いっぽう、ラマルクの学名はこうなります。



――――――――――――――――――――
あじさい 1789年に、正体不明の 「アジサイ」 を Hortensia opuloides と分類したラマルクの場合、


   属名 Hortensia は、36年前にリンネが Hydrangea を立てているので無効
   種小名 opuloides は、5年前にテュンベリーが macrophyllum を立てているので無効


なんです。つまり、 Hortensia opuloides は、実は、発表された時点からマルッキリ無効だったのです。
――――――――――――――――――――



〓 1788年、英国の博物学者であるジョゼフ・バンクス卿 Sir Joseph Banks が、中国産とされる (もとは日本産と思われる) 「テマリ咲きのアジサイ」 の株をキュー植物園 Kew Gardens にもたらしました。


〓ジョゼフ・バンクス卿は、フランスのブーガンヴィルの向こうを張った、英国のジェームズ・クックの第1回航海 (1768~1771) に博物学者・植物学者として参加していました。そのときは中国に寄ってはいません。


〓とはいえ、当時の英国では、1750年ごろに 「紅茶」 が国民的な飲み物となっており、茶葉の対中国貿易がトホウもない額にのぼっていました。
〓茶葉貿易の初期においては、英国は銀によって支払いを済ませていましたが、英国の厖大な茶葉消費は、英国の銀を飲み尽くしてしまったのです。その結果、生まれたのが、


   茶葉の代金を、インドで栽培したアヘンで支払うというヤクザのような商売


でした。のちに、これに抗議する中国とのあいだで 「アヘン戦争」 が起こります。


〓アヘンによる茶葉貿易は、1781年からウナギ登りに増加してゆきました。ジョゼフ・バンクス卿のアジサイは、そんななか、誰かの手で中国から持ち帰られたものでしょう。


〓この株を挿し木で増やしたクローンは、今でも、英国の温暖な地域で見ることができます。



               あじさい               あじさい               あじさい



〓ジョゼフ・バンクス卿がキュー植物園にもたらしたアジサイは、1790年、英国の植物学者、ジェームズ・エドワード・スミス James Edward Smith によって次のように分類されました。


   Hydrangea hortensis Sm. (1790)
     [ ヒュドラン ' ゲーア ホル ' テンスィス ]
     「庭園の小さな水壺」
       ※ Sm.James Edward Smith


〓スミスは、ジョゼフ・バンクス卿のもたらしたアジサイを、正しく Hydrangea “アジサイ属” に分類していました。これは、ラマルクが誤った分類を行った、わずかに翌年のことです。
〓実は、日本原産の 「アジサイ」 が Hydrangea という正しい属に分類されたのは、これが初めてのことでした。


〓しかし、そのスミスも、この種 (シュ) が、すでに、テュンベリーによって Viburnum macrophyllum 「ウィーブルヌム・マクロピュッルム」、ラマルクによって Hortensia opuloides 「ホルテンシア・オプロイーデース」 と分類された植物と 「同一のもの」 である、とはわからなかったのでしょう。


〓すでに申し上げたとおり、まだ、人類の誰ひとりとして気づいていませんでしたが、先取権によって、唯一残る 「種小名」 (シュショウメイ) は、テュンベリーの名付けた macrophyllus, -a, -um に運命づけられていました。


〓スミスの学名は、後世、属名も種小名も残らないのです。学名というきわめて合理的に見える方式に内在する、ニンゲンのドラマというのが、こういうあたりに見られるのです。そして、こうしたドラマは、実は、


   ひじょうにたくさんの学名の、たった2語の裏に隠れている


のですネ。


hortensis [ ホル ' テンスィス ] というのは、古典ラテン語で hortensius [ ホル ' テンスィウス ] と同義の形容詞で、「庭園の」 という意味。派生の順序から言うと、以下のとおり。



   hort- ← hortus [ ' ホルトゥス ] 「庭、庭園」
     +
   -ensis 「~の土地の、~の土地に住む」 という意の形容詞をつくる接尾辞
     ↓
   hortensis [ ホル ' テンスィス ] 「庭の、庭園の」

                    ↓

   hortens- ← hortensis 「庭の、庭園の」
     +
   -ius 「~に関する」 という意の形容詞をつくる接尾辞
     ↓
   hortensius [ ホル ' テンスィウス ] 「庭の、庭園の」



〓ただ、 -ius に終わる形容詞が、通例の -ius, -ia, -ium という性による変化をするのに対し、 -is に終わる形容詞は、


   -is  男性形・女性形
   -e  中性形


という語尾をとります。ですから、 Hydrangea が女性名詞であっても、それを修飾する 「種小名」 は hortensis なんですね。このタイプの形容詞の女性形に -ia という語尾はあらわれません。


〓このジョゼフ・バンクス卿のもたらしたアジサイにつけられたのが4つ目の名前で、学名としては3つ目です。






  【 シーボルト登場 】


〓ハナシは19世紀に進みます。


〓 1829年になると、みなさんおなじみのシーボルトが、日本で収集した 「ホンアジサイ」、「ガクアジサイ」 など、多種のアジサイを含む標本の分類を始めました。
〓シーボルトも、テュンベリー同様、出島に滞在しているあいだに多数の日本の動植物の標本を集めていたのでした。その期間は 1823年から、国外追放になる 1828年までの長きにわたりました。


〓シーボルトは、自分が採取した標本が、テュンベリーの採取した 「ホンアジサイ」や、ヨーロッパで栽培されている 「セイヨウアジサイ」 と同じ種 (シュ) である、とは思わなかったんでしょう。

〓シーボルトの付けた学名は以下のとおりです。



   【 ガクアジサイ 】
   Hydrangea azisai Siebold et Zucc. (1829)
     [ ヒュドラン ' ゲーア ア ' ズィサイ ]
       ※ Zucc.Zuccarini


   【 ホンアジサイ 】
   Hydrangea otaksa Siebold et Zucc. (1839)
     [ ヒュドラン ' ゲーア オ ' タクサ ]
       ※シーボルトの 『日本植物誌』 “Flora Japonica” は、多数の分冊として、
        1835年から 1870年までの35年をかけて刊行されたため、発表年がこのようになっている。
        しかも、シーボルトの歿年は 1866年であった。



    
    げたにれの “日日是言語学”-Hydrangea otaksa

     シーボルトの 『日本植物誌』 に掲載された Hydrangea otaksa の図。



〓つまり、シーボルトは 「ホンアジサイ」 を分類した4人目の学者、ということになります。そのうえ、「ホンアジサイ」 は、現在では 「ガクアジサイ」 の一品種とされており、「種」 (シュ) としては同一のものです。
〓つまり、シーボルトは、日本原産の 「アジサイ」 に5つ目、6つ目の名前を付け、学名としては、4つ目、5つ目の名を付けたのでした。



               あじさい               あじさい               あじさい



〓以上のことは、ひじょうにややこしいので、チャートにしてみましょ。




   ――――――――――――――――――――――――――――――


   【 登場人物 】


   ガクアジサイ (日本原産の野生種)
     ↓
   ホンアジサイ (日本国内で園芸種として流通していたテマリ咲きの亜種)
     ↓
   セイヨウアジサイ (ホンアジサイがヨーロッパで品種改良されたもの)


   アメリカノリノキ (北米原産のアジサイの仲間)




   【 起こったできごと 】


   1739年 オランダのグロノヴィウスが北米原産のアメリカノリノキをラテン語で Hydrangea と呼ぶ
   1753年 リンネがグロノヴィウスの Hydrangea を引用し、「アジサイ属」 の名前に当てる。
   1771 or 1773年 フランスのコメルソンが出自不明のアジサイをフランス語で Hortense と呼ぶ
   1775~1776年 テュンベリーが出島で植物標本を収集
   1784年 テュンベリーが日本のホンアジサイを Viburnum macrophyllum と分類する。
   1788年 英国のジョゼフ・バンクス卿がキュー植物園に、中国から持ち帰ったというテマリ咲きのアジサイをもたらす。
   1789年 フランスのラマルクが、コメルソンが Hortense と呼んだアジサイを Hortensia opuloides と分類する
   1790年 英国のジェームズ・エドワード・スミスが、ジョゼフ・バンクス卿のアジサイを Hydrangea hortensis と分類する。
   1823~28年 シーボルトが出島で動植物の標本を収集
   1829年 シーボルトがガクアジサイを Hydrangea azisai と分類する。
   1830年 フランスのスランジュが Hortensia, Hydrangea という2つの属を Hydrangea に統一する。
   1839年 シーボルトがホンアジサイを Hydrangea otaksa と分類する。
   ――――――――――――――――――――――――――――――



               あじさい               あじさい               あじさい



〓で、そのときがやって来るんですネ。


   1830年、フランスの植物学者 ニコラ・シャルル・スランジュ Nicolas Charles Seringe が、
   Hortensia という属、 Hydrangea  という属を、同一のものと判断して属の統合を行った


のですよ。「アジサイ」 の大改革です。


〓同一の種 (シュ) に対して、複数の学名が存在することが判明した場合、どれが有効で、どれが無効かは、すでに申し上げた 「先取権」 に基づいて決められます。
〓すなわち、1日でも早く発表された名前が有効なんす。よって、


   属名として、ラマルクの Hortensia は無効となり、リンネの Hydrangea が残った


のです。

〓また、テュンベリーが 「ホンアジサイ」 を誤ってガマズミ属に分類した Viburnum macrophyllum は、スランジュによってアジサイ属 Hydrangea に移されました。よって、属名は Viburnum から Hydrangea にスゲ替えられましたが、すでに申し上げたとおり、


   「ホンアジサイ」 の分類はテュンベリーがいちばん早いので macrophylla という種小名は有効


なのです。なので、学名は、こうなります。


   Viburnum macrophyllum Thunb.  「ウィーブルヌム・マクロピュッルム」
        ↓
   Hydrangea macrophylla (Thunb.) Ser.  「ヒュドランゲーア・マクロピュッラ」


〓( ) の中に収められるのは、属を移動する前の命名者の名前です。つまり、( ) の中の人物は 「種小名の命名にしか関与していない」 ということになります。 Thunb. は Thunberg “テュンベリー” の略。
〓そのあとの、( ) に入っていない命名者 Ser. (= Seringe スランジュ) は、この種 (シュ) の帰属を、他の属からこの属に変更した、という意味です。この新しい学名表記からでは、もとの属がナンであったかはわかりません。


   macrophyllus, -a, -um 「大きな葉を持つ」


というのは形容詞なので、修飾する属名が Viburnum “ガマズミ” という中性名詞から、 Hydrangea “アジサイ” という女性名詞に変わったので、語尾も -um から -a に変えます。種小名は有効なものをそのまま継承する、と言っても、学名はあくまで2語から成るラテン語の句なので、文法的な変化は蒙 (こうむ) ります。



               あじさい               あじさい               あじさい



〓シーボルトが分類した日本原産の 「ガクアジサイ」 Hydrangea azisai は、このときは、とりあえず、“アジサイ属” Hydrangea に収まっていました。


〓しかし、1世紀ほどのちの 1923年に、英国の植物収集家 アーネスト・ヘンリー・ウィルソン Ernest Henry Wilson によって、「ガクアジサイ」 は 「ホンアジサイ」 の変種である、という見方が示されました。

〓すると、シーボルトが名付けた azisai という種小名は無効になり、「ホンアジサイ」 と同じ Hydrangea macrophylla という学名のもとに移動させられます。


〓すなわち、


   Hydrangea azisai Siebold et Zucc.
        ↓
   Hydrangea macrophylla var. normalis E.H.Wilson
     [ ヒュドラン ' ゲーア マクロ ' ぴュッら ワ ' リエタース ノル ' マーりス ]
     「アジサイの規範的変種」


ということですね。変種名の normalis 「ノルマーリス」 という形容詞は norma [ ' ノルマ ] 「定規、規範、基本となるもの」 という名詞から派生した形容詞で、「ホンアジサイ」 のもととなったのは 「ガクアジサイ」 である、という意味合いがこめられているようです。これによって、シーボルトの学名は消えてしまいましたネ。


〓いっぽう、ある種に 「変種」 が設けられた場合、


   もとの学名で呼ばれていた種は、自動的に、もう1つの変種になる


のです。もとの種は、


   Hydrangea macrophylla (Thunb.) Ser.  「ホンアジサイ」


ですよね。自動的に変種に成る場合、「種小名」 がくりかえされます。つまり、ウィルソンが 「ガクアジサイ」 を


   Hydrangea macrophylla var. normalis  「ガクアジサイ」


と呼んだ瞬間に、


   Hydrangea macrophylla  「ホンアジサイ」
      ↓
   Hydrangea macrophylla var. macrophylla


となるのです。自動的に生成される変種名ですから、命名者はいませんネ。



               あじさい               あじさい               あじさい



〓どうですか~。みなさん、ついて来てますか~。ハナシはもっとややこしくなるんすよ~


〓1956年、日本の植物学者、原寛 (はら ひろし) 氏が、「ガクアジサイ」 は “変種” ではなく、“品種” forma [ ' フォルマ ] だという見方を示しました。


〓これは、必ずしも、人工的に生み出された “品種” というわけではありません。“変種” よりも下位の分類で、「個体にささいな変異があらわれるもの」 を指します。


〓人工的につくられた品種は “園芸品種” と言い、少し前までは cultivar (略 cv.) [ ' クるティワル ] で表記していました。現在では、学名のあとに ʻ ʼ (シングルクォーツ) で囲って示します。

〓この “変種” → “品種” の変更によって、またぞろ、「ガクアジサイ」 と 「ホンアジサイ」 の学名の表記が変わります。



   【 ガクアジサイ 】

   Hydrangea azisai
      ↓
   Hydrangea macrophylla var. normalis E.H.Wilson
      ↓
   Hydrangea macrophylla f. normalis (E.H.Wilson) H.Hara  「ガクアジサイ」
       [ ~ ' フォルマ ノル ' マーりス ]



   【 ホンアジサイ 】

   Hydrangea macrophylla
      ↓
   Hydrangea macrophylla var. macrophylla
      ↓
   Hydrangea macrophylla f. macrophylla






  【 シーボルトは、なぜ、“お滝さん” を “オタクサ” と書いたのか 】


〓シーボルトは、出島で楠本滝 (くすもと たき) を妻としていました。これがどういう状況なのか、見るヒトそれぞれに思い入れが異なり、ややこしい。


〓まず、楠本滝は “其扇” (そのぎ) の名で丸山遊郭に出ていた遊女である、という説があります。そのいっぽうで、滝は立派な商家の娘であり、出島に出入りするために、「遊女」 の身分を借りていた、という説もあります。


〓出島の入口には 「制札」 (せいさつ=禁止事項などを書いた立て札) があり、


   ――――――――――――――――――――
     禁制  出島町
   一、傾城之外女入事 (ひとつ、けいせいのほか、おんな、いること)
   ――――――――――――――――――――


とあったそうです。


〓シーボルトは、1823年11月15日付けで、故郷ドイツのヴュルツブルク Würzburg にいる母方の小父 (おじ)、フランツ・ヨーゼフ・ロッツ Franz Joseph Lotz に滝と暮らし始めたことを手紙で報告しています。


〓父親が早世 (そうせい) したために、シーボルトはカトリックの司祭だった小父に育てられました。


〓シーボルトが出島に到着したのが 1823年6月ですから、滞在5ヶ月めのできごとになります。

〓その手紙には、こうあります。



――――――――――――――――――――――――――――――
Auch habe ich mich der alten holländischen Sitte unterworfen und mich pro tempore mit einer liebenswürdigen 16-jährigen Japanesin verbunden, die ich nicht wohl mit einer Europäerin vertausche.


わたしもオランダ人の昔ながらの習慣に従い、一時的に (pro tempore)、愛らしい16歳の日本の娘と結婚し (verbinden) ました。ヨーロッパの娘をこの娘の代わりにするなど考えられません。
――――――――――――――――――――――――――――――



verbinden (フェアビンデン) という動詞は、単に、「~と手を結ぶ」 という意味でもあるし、「~と結婚する」 という意味にも取れ、曖昧です。また、 pro tempore (プロ・テンポレ) というラテン語の副詞は 「さしあたって」 という意味ですし、「オランダ人の昔ながらの習慣に従い」 というのも、


   夫人であろうと、出島に女を居住させることを禁じた出島の禁制


のゆえに、オランダ人が遊女を出島に呼び寄せることが習慣になっていたことを示します。オランダ人は出島から出ることが許されていませんでした。


〓この手紙が小父のフランツのもとに届いたのは、丸2年後でした。




    パンダ すんまへんなあ。 アメブロの字数制限がきびしうて、どうしても細切れになりゃあす。 4 は ↓

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