“People Get Ready” ── 「ヨルダンへの列車」 とはナンだろう? | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

   げたにれの “日日是言語学”-カーティス・メイフィールド2




お茶 皿を洗っていた。


   「あ、なつかしいな」


お茶 と思ったが、イントロの楽器編成がちがう気がする。


   「ん? 歌が日本語だ……」


お茶 なんだろう、とTVを振り返ったら、


   ハナレグミ


と文字が出ている。カバーなのか? 似ている曲なのか? しばらく、ほったらかしていた。

お茶 今、思い出して、「ハナレグミ カーティス・メイフィールド」 と入れて検索してみた。ヒット数 674件。少ない。



               音譜            音譜            音譜



お茶 カーティス・メイフィールド Curtis Mayfield (1942~99) が生きていたら、“ブルース・カーニバル” などで来日した姿をまぢかで見られたかもしれない。もし、もし、と考えると…… 生きていれば、まだ66歳だ。66歳。まだ、バリバリだったんだ。

〓おととしだったか、 Superfly というアーティストが登場したときは 「ん?」 と思った。




お茶 “People Get Ready” の歌詞は、ボクにとっては、ずっとナゾだったし、今でも、ナゾだ。巷間の通説でナットクはしたくない。




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   げたにれの “日日是言語学”-インプレッションズ



People get ready, there's a train comin'
You don't need no baggage, you just get on board
All you need is faith to hear the diesels hummin'
You don't need no ticket you just thank the lord


みんな、仕度はいいかい。列車が来るよ。
荷物はいらない。乗るだけでいい。
信じる心があれば、ディーゼルのうなりは聞こえるよ。
切符はいらない。神に祈るだけでいい。



People get ready, there's a train to Jordan
Picking up passengers
coast to coast
Faith is the key, open the doors and board them
There's hope for all among those loved the most
There ain't no room for the hopeless sinner
Who would hurt all mankind just to save his own
Have pity on those whose chances grow thinner
For there is no hiding place against the kingdom's throne


みんな、用意はいいかい。ヨルダン行きの列車が来るよ。
国じゅうの乗客を拾いながらさ。
信じる心がカギだ。ドアをあけて、みんなを乗せてやってよ。
神の最愛の子らは希望に満ち満ちている。
絶望をかこつ罪人 (つみびと) に席はないよ。
自分だけ助かろうとして、この世の中に災いをもたらすからさ。
だんだん幅の利かなくなる連中を哀れんでやろうよ。
だって、神の玉座の前では、逃げ隠れする場所はないんだから。



So people get ready there's a train comin'
You don't need no baggage, just get on board
All you need is faith to hear the diesels hummin'
You don't need no ticket, just thank the lord


で、みんな、仕度はいいのかい。列車が来るよ。
荷物はいらない。乗るだけでいい。
信じる心があれば、ディーゼルのうなりは聞こえるよ。
切符はいらない。神に祈るだけでいい。


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お茶 この歌は 「公民権運動」 the Civil Rights Movement と結びつけて語られる。1965年の作品だからだ。カーティス・メイフィールドが、インプレッションズ The Impressions のメンバーだった時代である。


お茶 1963年の夏には、ワシントンD.C.の大行進があった。マーティン・ルーサー・キング Martin Luther King, Jr. の “I have a dream...” 「わたしには夢がある」 という演説があった。


お茶 米国各地から馳せ集まった黒人たちが、ワシントン記念塔の建つ “ナショナル・モール” National Mall を埋め尽くした。ちょうど、先日のオバマ大統領の就任式のときのようにだ。
〓ただ、キング牧師が演説をおこなったのは、東西に細長い “ナショナル・モール” の西端に位置する 「リンカーン記念館」 で、オバマ大統領の就任式がおこなわれたのは、東端に位置する 「国会議事堂」 だった。



   げたにれの “日日是言語学”-ワシントン大行進



お茶 スパイク・リー Spike Lee、1996年の映画


   『ゲット・オン・ザ・バス』 “Get on the Bus”


は、キング牧師の呼び掛けに応じて、米国じゅうからワシントンを目指す黒人たちの狂想曲を描いたものだ。彼らの抱く希望、目的意識、そして、「ワシントン行きのバス」 に乗り遅れまいとするようすは、 “People Get Ready” という歌と重なる。



   げたにれの “日日是言語学”-Get on the Bus




お茶 確かに、この歌で、カーティスは 「国じゅうで」 と言うのに coast to coast という副詞句を使っている。この表現は、米国だからこそ成り立つ。つまり、「西海岸から東海岸まで」 “from the East Coast to the West Coast” だから、 coast to coast で 「国じゅう」 なのだ。


お茶 この 「国じゅう」 を意味する coast to coast は、まだ、“化石化した” 表現である、とは言えないようだ。どうしても coast というコトバが原義を思い出させる。だから、内陸国については使うことが難しい。


お茶 日本語で 「モンゴルの津々浦々から」 と言いかけたときに思いとどまってしまう感じだろう。


お茶 coast to coast という副詞句は、この歌が 「米国のことを歌っている」 ということを暗示する。



               音譜            音譜            音譜



お茶 ところが、最大の問題は、


   Jordan とはなんだろう?


ということなのだ。


お茶 これは、『旧約聖書』 に語られるところの、ユダヤ人 (イスラエル人) のイスラエルへの帰還を言うのだろうか。


   『出エジプト記』、『民数記』、『ヨシュア記』


には、モーセに率いられエジプトを脱出したユダヤ人が、カナン人 (カナアン人) と戦いながらヨルダン川に到達し、やがて、ヨルダン川を渡って 「約束の土地」 に帰り着くようすが描かれている。
お茶 a train to Jordan は、「黒人の復権の隠喩」 なのか。






お茶 ただ、ボクが引っかかるのは、以下のようなことなのだ。


お茶 第一次中東戦争 (1948~49) は、武力で圧倒的に非力であったイスラエルの勝利に終わった。とはいえ、ヨルダンは、かろうじて、


   ヨルダン川西岸地区


を押さえていた。
お茶 1964年には、ヨルダン Jordan の首都アンマンで


   PLO (パレスチナ解放機構) が結成


された。
お茶 “People Get Ready” はこの翌年、1965年に発表されているのだ。


   People get ready, there's a train to Jordan
     みんな、準備はいいか、ヨルダン行きの列車が来るぞ


という、たった1行の詞であり、 Jordan というたった1語のコトバだが、これを見過ごすことができないのだ。


お茶 この曲は、必ずしも 「公民権運動」 に賛意を表する歌とはかぎらないのではないか。




お茶 翌 1966年2月、シリアでクーデターが起こり、親PLO政権が樹立した。アタシ政権は、たちまち、ゴラン高原からイスラエルを砲撃し始めた。


お茶 翌 1967年6月、イスラエルは先制攻撃に出て、エジプト、シリア、ヨルダン、イラクの航空機を破壊し、制空権を押さえたうえで、


   エジプト領シナイ半島、および、エジプトが押さえていたガザ地区
   ヨルダンが押さえていたヨルダン川西岸地区
   シリア領ゴラン高原


を占領した。





お茶 “People Get Ready” が PLO への賛同の歌だ、という説は聞いたことがない。 Wikipedia には、 “People Get Ready” (song) という項目があるが、 Jordan という特異な固有名詞についてはナニも触れていない。


お茶 このメロディを聴くと思い出すのである。この歌の真意はどこにあったんだろう。





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   げたにれの “日日是言語学”-永積タカシ



お茶 ハナレグミのカバー・バージョンを使った 「ハウスメイト」 のCMは↓で見られる。


   http://www.housemate-room.jp/index.html