「ホプロパリア・ナツミアエ」 ── “ナツミアエ” の “アエ” ってナンだ? | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

   げたにれの “日日是言語学”-ホプロパリア・ナツミアエ左の鋏

    Hoploparia natsumiae の左のハサミの化石。

    化石の他の部分の写真は、あとで示すネット上の論文で見ることができます。




〓少々、タイミングを逸しました。おそなわりましたは、「フタバスズキリュウ」 のハナシもプラスしていたからでござる。





  【 ホプロパリア・ナツミアエ 】



〓 Hoploparia [ ホプろパ ' リーア ] という属名はすでに絶滅した種のものです。そういう場合 “†” を付けたりします。この属名の和名は用意されておらず、「ホプロパリア属」 と言わざるを得ないようです。

〓この hoploparīa 「ホプロパリーア」 というのは、ラテン語ではなくギリシャ語です。学名に限らず、西欧諸語において学術語を造語する際には、


   すべてのギリシャ語彙を、潜在的なラテン語の造語要素として使うことが可能


です。ちょうど、すべての漢字が日本語の造語要素として使いうるのと同じです。


〓この hoploparīa という単語は、いかなるギリシャ語、ラテン語の辞書を引いても出ていません。学名における 「属名」、「種小名」 は、ほとんどの場合、2語を合成したラテン語彙、ギリシャ語彙であり、やはりほとんどの場合、過去に存在しなかった合成語なのです。


〓「ホプロパリーア」 というのは、


   hoploparīa [ ホプろパ ' リーア ] 「兜 (かぶと) の頰当て」


という意味です。正式な名前を日本語でナンと言うべきなのか、アッシにはわかりません。英語では cheekpiece “チークピース” と言います。



      げたにれの “日日是言語学”-兜の?当て


        古代の兜の頰当てとは、このようなものでござる



〓古代ギリシャ語では、単に、



   παρειά pareiá [ パレイ ' ア ]
     (1) 頰 (ほほ)。 cheek
     (2) 兜の頰当て。 cheekpiece


       ※この語は 「頰」 を指す単数の女性名詞であるが、ホメーロスは 「両頰」 を言いあらわす複数名詞として使う。
        すなわち、ホメーロスは単数に、中性名詞を想定しているのである。
        それは、当然、παρειόν pareión とでもなりそうなものだが、
        実際には、παρήιον parēion [ パレ ' エイオン ] 「頰」 となる。
        古典ギリシャ語というと明晰な言語のように思えるかもしれないが、やはり “生きた言語” だったのである。



と言いました。
〓しかし、これは 「頰」 にも 「頰当て」 にも使われる語であり、前後の文脈がないと、意味が特定できません。


〓この Hoploparia という属を立てたのは、英国の古生物学者、フレデリック・マッコイ Frederick McCoy (1817―99) で、1849年のことでした。この属の古生物として、最初に分類されたのは、


   Hoploparia gammaroides McCoy, 1849
      [ ホプろパ ' リーア ガンマロ ' イーデース ]


です。つまり、Hoploparia というのはフレデリック・マッコイの造語です。



〓その前に、Hoploparia gammaroides という種について説明すると、マッコイが “ロンドン・クレイ” ── ロンドンを含み、テムズ川両岸に広がる前期始新世 <ぜんき ししんせい> に属する地層で、化石を豊富に含む ── から発見した、現代のロブスターに似た古生物に付けた名前です。
〓「ホプロパリア属」 は絶滅していますが、現存する 「アカザエビ科」 Nephropidae [ ネぷ ' ローピダイ ] に分類されています。



               雪              雪              雪の結晶



〓ここで、いつものごとく、チョッと横道ソレ之助ですが、gammaroides 「ガンマロイーデース」 というのは、「ロブスターに似た」 という形容詞です。 -oides [ ~オ ' イーデース ] 「~に似た」 というギリシャ語の接尾辞については、以前、rat mouse について書いたときに説明もうしあげました。「アルカロイド」、「アンドロイド」 の “オイド” の語源でがしたね。


   κάμμαρος kammaros [ ' カンマロス ] 「ロブスター」。古典ギリシャ語


という単語がギリシャ語にありました。これは、どうやら、英語で言う 「カメラ」 camera と同源のようです。


   καμάρα kamarā [ カ ' マラー ] 「ドーム形、アーチ形の覆いを持つもの」


〓実際、καμμαρος kammaros 「カンマロス」 には、κάμαρος kamaros [ ' カマロス ] という語形もあるようです。「カマラー」 は女性形で、「カマロス」 は男性形ですね。


〓ラテン語には、これと同源の


   camera [ ' カメラ ] 「丸天井、アーチ」。古典ラテン語 / 「部屋」。中世ラテン語
   camerō [ ' カメロー ] 「アーチ形の天井をつくる」。ラテン語


があります。


〓現代の 「カメラ」 というコトバの語源は、中世ラテン語の



   camera obscura [ ' カメラ オス ' クーラ ] 「暗い部屋」。中世ラテン語
     ※ラテン語は、b のあとに無声子音が来ると、b も無声化して [ p ] となる。
      なので、「オプスクーラ」 が正しい。イタリア語、スペイン語では oscura [ オス ' クーラ ] であるが、
      フランス語 obscure [ ɔp ' sky:r ] [ オプス ' キュール ] である。



です。これは、早く言えば 「ピンホール・カメラ」 の原理のことです。


〓この原理について最初に言及したのは、紀元前の中国の墨子 (ぼくし) であると言います。もちろん、感光乳剤など知られないころのことですから、外の景色が、暗室の中で像を結ぶ、というだけのことです。
〓15世紀、ダ・ヴィンチが、「カメラ・オブスクラ」 を描いています。しかし、この当時は、まだ、camera obscura というコトバは存在しません。このコトバを造語し、最初に使ったのは、ドイツの天文学者


   ヨハネス・ケプラー Johannes Kepler


で、1604年の著作に登場します。


〓17世紀、フェルメールは、絵画を描くに際して、「カメラ・オブスクラ」 を利用したのではないか、と言われています。
〓いわゆる、「カメラ」 の原型たる、「カメラ・オブスクラ」 と 「感光剤」 の組み合わせで、人類史上、最初に 「写真」 を撮ったのは、フランスのニセフォール・ニエプス Nicéphore Niépce で、1825年の写真が残っています。しかし、ニエプスの発明した写真技法は、露光時間が8時間というような、とても実用にならないものでした。

〓これを改良したのが、フランスのダゲール Daguerre で、1839年、実用的な 「銀板写真」 である “ダゲレオタイプ” Daguerreotype を発表し、これが世界的に普及しました。


   camera 「写真機」。英語。1840年初出


〓「写真機」 を意味する英語の camera という単語は、ダゲレオタイプが発表された翌年から使用されています。それまでは、chamber の同義語で 「部屋」 という意味でした。



               雪            雪            雪の結晶



〓ハナシを半分だけ戻しますぞ。


〓かくかように、古典ギリシャ語では 「ロブスター」 を κάμμαρος kammaros 「カンマロス」 と言うたワケですが、ラテン語は、この単語を、


   cammarus [ ' カンマルス ] 「ロブスター」
   gammarus [ ' ガンマルス ] 「ロブスター」


として借用しています。ギリシャ語の k に対して、ラテン語で k, g の両様が現れるのは奇妙ですが、これは、エトルリア語の影響かもしれません。


〓エトルリア語は、破裂音 [ p ], [ t ], [ k ] について、


   [ p ], [ t ], [ k ] ←→ [ ], [ ], [ ]
         無気息音  と  気息音


の区別をしましたが、有声音 [ b ], [ d ], [ g ] は、これを無気息音 [ p ], [ t ], [ k ] と区別できませんでした。ギリシャ文字の Γ (ガンマ [ g ]) がラテン文字の C [ k ] に対応し、[ g ] をあらわすために C から G という文字をつくらねばならなかったのは、ラテン語がエトルリア語から文字を学んだセイです。


〓また、ローマ人の男子名に、


   Caius [ ' カーイウス ] / Gaius [ ' ガーイウス ]


という2通りの名前があって、この2つは同じ名前である、ということになっていますが、これもエトルリア語が起源だからです。すなわち、


   cai, cae, kae [ カイ、カエ ] 「幸せな」 男子名。エトルリア語


から Caius, Gaius がつくられたのです。ローマ人とは言い条、それを構成する民族には、ラテン人のみならず、周辺の多様な民族を飲み込んでいました。エトルリア人も、ローマ人に飲み込まれた民族のひとつです。



〓ラテン語辞書には cammarus 「ロブスター」 が、まず、載っていますが、現代ロマンス語の語形を見ると、cammarus, gammarus が併存しており、また、俗ラテン語では gambarus [ ' ガンバルス ] と言っていたのがわかります。


   gambero [ ' ガンベロ ] 「ロブスター」。イタリア語
   camarón [ カマ ' ロン ] 「クルマエビ」。スペイン語
   camarão [ カマ ' ラウん ] 「クルマエビ」。ポルトガル語
     ※スペイン語の -ón、ポルトガル語の -ão は 「指大辞」。大きいものを指す。


〓で、フレデリック・マッコイは、gammarus 「ロブスター」 という単語に -oīdēs 「~に似た」 という接尾辞を付け、「ロブスターに似た」 という形容詞をつくり、これを 「ホプロパリア属」 で最初に発見されたエビの種小名としたワケです。



               クローバー               クローバー               クローバーヒツジ



〓ハナシは、やっとこさ、メインルーチンに戻ります。

Hoploparia という属名は、「兜の頰当て」 という意味です。おそらく、「ホプロパリア・ガンマロイデス」 の化石に、「兜の頰当て」 のような特徴があったのでしょう。


〓しかし、すでに述べたごとく、Hoploparia という単語は、ギリシャ語にも、ラテン語にも存在しませんでした。まあ、新しい生物の名前をつくるのであれば、混乱を避けるためには、かえって、過去に存在したコトバを使わないほうがいいわけです。



   ὁπλ- ← ὅπλον hoplon [ ' ホプろン ] 「武具、武装、馬具、甲冑 (かっちゅう)」。ギリシャ語
    +
   -ο-  接合母音
    +
   παρειά pareiá [ パレイ ' ア ] 「頰、兜の頰当て」
    ↓
   ὁπλοπαρειά hoplopareiá [ ホプろパレイ ' ア ] 「兜の頰当て」



〓つまり、フレデリック・マッコイは、この造語によってナニをしたかというと、「頰」 なのか 「兜の頰当て」 なのか、意味のハッキリしない 「パレイア」 という単語に、“限定詞” として 「武具、甲冑」 という単語を前接したのです。


〓ギリシャ語をラテン語に転写する際、 -ει- -ei-  -ī- とするという決まりがあります。ゆえに、


   hoploparīa [ ホプろパ ' リーア ] 「兜の頰当て」


となります。 i は文字にはあらわれませんが長音ですので、アクセントはここにあります。もちろん、この単語はラテン語の辞書を引いてもカケラも出てきません。




〓種小名 (しゅしょうめい) の natsumiae [ ナ ' ツミアイ ] は、natsumi という女子名の “属格” (所有格) です。本来、ラテン語では、女性名詞は -a で終わっているものなので、その属格は -e を付ければよかった。


   rosa [ ' ロサ ] バラ
   rosae [ ' ロサイ ] バラの


〓近世まで、学名に現れる固有名詞と言えば、男子名が主流でしたが、事情は同じことです。ヨーロッパにおいては、学者はラテン語名を持っているのが当たり前でしたから、学名を付ける際にも困ることはありませんでした。



   Thunberg [ 'tʉ:nbærj ] [ ' テューンバリィ ] 「ツンベルク、テューンベリー」 スウェーデンの植物学者
      → Thunbergius [ とぅン ' ベルギウス ] ラテン語形


   Linné [ lɪ'ne: ] [ り ' ネー ] 「リンネ」 スウェーデンの博物学者
      → Linnaeus, Linnæus [ りン ' ナイウス、 りン ' ネーウス ] ラテン語形


   Siebold [ 'zi:bɔlt ] [ ' ズィーボるト ] 「シーボルト」 ドイツの博物学者
      → Sieboldius [ スィー ' ボるディウス ] ラテン語形



〓これらの名前を “属格” にすれば、


   thunbergii [ とぅン ' ベルギー ] 「ツンベルクの」
   linnaei [ りン ' ナイイー、 りン ' ネーイー ] 「リンネの」
   sieboldii [ スィー ' ボるディー ] 「シーボルトの」


となります。


〓ところが、学問にヨーロッパ以外の学者がかかわるようになると、にわかに問題が生じます。たとえば、「なつみ」 という名前のように、


   -i に終わる女性名詞


というような、ラテン語がまったく想定していない単語が出てくるのです。そのため、現代人の名前の場合は、原語がナンであるかを問わず、一律に、


   男性の名前には、ナニがナンでも -i を付ける

   -a に終わらない女性の名前には、ナニがナンでも -ae を付ける


ということになっています。なので、「熊谷菜津美」 (くまがい なつみ) ちゃんの名前を種小名に採り入れる場合には、


   natsumiae [ ナ ' ツミアイ ]


となるのです。
〓逆に言うなら、「なつみ」 という名前のラテン語形は、機械的に、


   Natsumia [ ナ ' ツミア ]


とする、という意味でもあります。


〓この natsumiae という種小名を、世間では 100% 「ナツミアエ」 と読んでいます。今、チョイと検索してみたら 「ナツミアイ」 という表記は0件でした。


〓しかし、ラテン語の二重母音 ae は、「古典ラテン語に即して読む」 とするならば、「アイ」 と読むべきものです。どうしたものか、この ae という二重母音を 「アイ」 と読むべきことは、ラテン語の入門書にはことごとく書かれていません。


   「ラテン語を、綴り字に従ってローマ字読みする」


という姿勢ならば、それもよござんしょう。ラテン語の読み方などというものは、ヨーロッパのすべての言語圏でマチマチであり、統一的な読み方など存在しません。


〓しかし、ヨーロッパの諸言語は、ラテン語との直接的な関係があるから、歴史的に現代音がハジキ出されてきているワケでありまして、ラテン語とエンもユカリもなかった日本語などは、古典音に準拠する以外に発音法がないのですね。
〓それは、ちょうど極東において、日本語・韓国語・ベトナム語に、それぞれ独自の伝統を持った “漢字音” があるのと似ています。英語で漢字を読もうとすれば、おそらく、北京音に準拠せざるをえないでしょう。そういうことです。


〓この ae という二重母音とともに、oe という二重母音も 「オイ」 と読むべきものですが、なぜか、ラテン語の入門書では 「オエ」 としています。ae, oe は 「アイ」、「オイ」 であるからこそ、ギリシャ語の二重母音 αι, οι をラテン語で ae, oe と転写するわけです。



〓もっとも、この ae, oe という二重母音は、共和制が終焉 (しゅうえん) を迎えるころ、すなわち、紀元前から紀元後に切り替わるころから、帝国の周縁部で、それぞれ、


   広い e [ ɛ: ] ← ae [ ai ]
   狭い e [ e: ] ← oe [ oi ]


へと転じ始めました。
〓中世ラテン語やロマンス諸語では、こうした e は短音化し、æ, œ という合字で書かれたり、ae については ę というシッポ付きの e で書かれるようになりました。
〓ドイツ語においては、ラテン語の ae, oe に対して、ちょうど都合の良い ä, ö というウムラウトした母音が当てられました。


〓多くの現代ヨーロッパ諸語では、こうした文字は e に置き換えられてしまいましたが、現代でも、たとえば、英語の Encyclopædia Britannica 『ブリタニカ百科事典』 のように、衒学的 (げんがくてき) な表記に残る場合があります。


〓現代フランス語でも、主として、ギリシャ語、ラテン語からの学術関連の借用語では æ, œ が使われます。もっとも、フランス語そのものに、決して分綴されない œ という表記がありますが、学術語の場合は、そうした œ とは背景を異にする œ が登場します。


   cæcum [ se'kɔm ] [ セ ' コム ] 「盲腸」。フランス語
   cœlacanthe [ sela'kɑ̃:t ] [ セら ' カーんト ] 「シーラカンス」。フランス語


〓1990年代に一世を風靡したフランスのモデルに 「レティシア・カスタ」 がいます。彼女の名前は Laetitia Casta と書かれるのが普通です。




   げたにれの “日日是言語学”-レティシア・キャスタ2

   Laetitia Casta [ letisja kʲas'ta ] [ レティスィア キャス ' タ ]



〓しかし、同じ名前でも、合字を使って Lætitia と書くフランス人もおり、これは個人々々で決まっているようです。日本人の名前で言えば、「かおり」、「かをり」、「かほり」 の違いみたいなものでしょう。
〓この女子名は、ラテン語の laetitia [ らイ ' ティティア ] 「喜び」 を引用したものなので、合字 æ で書かれる場合があるわけです。



〓英語では、複数形の語尾が -ae になるものが、ときおり見られます。この -ae [ -i: ] と発音します。すなわち、これはラテン語の -a に終わる女性名詞の複数形なので、これを、


   -æ


と見なすわけです。そして、これを英語では -ē (長音の e) 相当の音ととらえるようです。中期英語で ē [ e: ] であった母音は、その後の “大母音推移” によって、[ i: ] という音に変わりました。
〓すなわち、grēne [ ' gre:n ] [ グ ' レーン ] (中期英語) が、green [ ' gri:n ] に変わるような変化が、英語全体に起こったのですね。


〓ラテン語の -ae は、これと等価である、と見なすようです。


   antenna [ æn'tenə ] [ アン ' テナ ] 「触角」 単数形
   antennae [ æn'teni: ] [ アン ' テニー ] 「触角」 複数形


〓英語の語末の -ae は、日常生活でもヒョッコリ出てくることがあります。「触角」 もそうですが、たとえば、解剖学に由来する


   areola [ ə'ri:ələ ] [ ア ' リーアら ] 「乳輪、乳暈 (にゅううん)」 単数形
   areolae [ ə'ri:əˌli: ] [ ア ' リーア ˌ りー ] 「乳輪」 複数形


なんて単語もあります。そうかと思えば、


   amoeba [ ə'mi:bə ] [ ア ' ミーバ ] 「アメーバ」 単数形
   amoebae [ ə'mi:bi: ] [ ア ' ミービー ] 「アメーバ」 複数形


もそうですね。amoeba は、ameba とも綴られます。この綴字 (ていじ) の異同も、ここで述べている問題につながっています。
〓すなわち、amoeba -oe- は、ギリシャ語の -οι- を語源とする、ラテン語の -oe- に由来するものなので、ヨーロッパ諸語では、これを e 相当として扱います。英語では、ē 相当として扱うので、現代語では [ i: ] という発音になるわけです。


〓こうした単語の複数形を、単純に -s にするヒトもいるし、実は、そのほうが多いのですが、学術書などでは -ae で書くことのほうが多いようです。 -as -ae の違いは、日本語の表記で言えば、


   「一獲千金」 「一攫千金」 のちがい
   「世論」「輿論」 のちがい
   「だ捕」「拿捕」 のちがい


のようなものでしょう。



〓ちなみに、学名の種小名を “発見者の名前にしなければならない” というような決まりはありません。あまりにフザケた学名は、学界で顰蹙 (ひんしゅく) を買うでしょうが、そうでなければ、こうでなければいけない、という規則はないのです。学名は、その種 (シュ) の説明ではなく、あくまで、種の同定のためのインデックスなのです。


〓学名が有効になるためには、


   「学会の機関誌」、「大学・研究機関の紀要」、「専門の単行書」


に、新種である旨を論じた論文を発表すればよろしい。その瞬間から、発表された学名は有効になります。


〓「ホプロパリア・ナツミアエ」 の場合は、熊谷菜津美ちゃんに化石発掘の指導をした


   和歌山県立 自然博物館 学芸員 小原正顕 (おはら まさあき) さん


に、甲殻類化石の専門家である


   瑞浪市 化石博物館 (岐阜県) 学芸員 柄沢宏明 (からさわ ひろあき) さん
   千葉県立 中央博物館 学芸員 加藤久佳 (かとう ひさよし) さん


の2人を加えて、3人の共同研究という形で、メキシコの地質学会誌


   «Boletín de la Sociedad Geológica Mexicana»


に英語で発表されました。この論文はインターネット上で見ることができます。

   http://boletinsgm.igeolcu.unam.mx/epoca04/6001/(7)Karasawa.pdf



〓3人の共同研究ということで、おそらく、学名の表記は、これより、


   Hoploparia natsumiae Karasawa, Ohara & Kato, 2008


となるんでしょう。



〓ところで、こうした論文の発表媒体に、その論文が正当かどうかを判断するレフェリー制が必要である、とはされていません。
〓しかし、現実には、アマチュアが好き勝手に新種の発表をおこなったりするのは、プロの分類学者にとってはオモシロくない事態であるようです。


〓実際、学術雑誌には、


   「査読」 (さどく) Peer Review 「ピア・レビュー」


というものがあります。すなわち、雑誌に投稿された論文を、著者の名を伏せて、同じ分野の研究者が、やはり匿名で審査し、投稿を受理すべきかどうかを判定するシステムです。
〓こうしたレフェリー制をパスする論文を書くことは、フツーのヒトには困難なことなのですね。だから、


   新種の生物を発見したら、自分の名前が付けられる


なんてシロウト考えは、相当にアマッチョロイものと言えます。

〓ですので、菜津美ちゃんの場合のように、化石の同定は学者にお願いして、記念として学名に名前を入れてもらう、というのが、普通のプロセスなのです。



〓なお、Hoploparia 属は、現在、50種余りが知られているようですが、やはり、2006年に加藤さんと柄沢さんの共同研究で、


   Hoploparia kamimurai Kato & Karasawa, 2006


という新種が発表されています。こちらもやはり発見者の 「上村英雄」 さんの名前を取って種小名としています。


   kamimurai [ カミ ' ムライー ]


〓先ほど覚えましたね。男性の名前の場合は、ナニがナンでも を付けるのでした。別に姓を使わなければならない、という決まりはありませんから、


   Hoploparia hideoi 「ホプロパリア・ヒデオイー」


という学名もありえたのです。逆に、菜津美ちゃんの場合も、


   Hoploparia kumagaiae 「ホプロパリア・クマガイアエ」


ともなりえました。


〓最後に付け加えておきますが、このような新種の発表を、


   「新種として認められた」


というように解釈するヒトがあるようですが、そうではありませんで、


   「新種として発表されたことが認知され、学名が有効になった」


という状態なのです。発表された内容は、これから学界における批評の対象となるわけですね。


〓今後の研究の進歩により、複数の種が1つの種にまとめられたり、あるいは、1つの種が複数の種に分けられたり、あるいは、1つの属が複数の属に分けられたり、などということが起こるかもしれません。



〓生物の分類というものは、研究が進むとともにどんどん再構成されてゆくもんなんですね。




パンダ 長うなりましては、また、分載になって悪しうがすので、「フタバスズキリュウ」 については次回、ということで……