〓『白い影』 終わりましたなぁ。もう先月の 13日のことですが……
〓もうグジュグジュですわ。ティッシュの箱、ワキに置きましてなあ。もうセツノウて、セツノウて。
〓“多発性骨髄腫” (たはつせい こつずいしゅ)
MM = Multiple Myeloma [ ˌmʌltəpəl ˌmaɪə 'loʊmə ]
は、今でも、治癒が困難なんだそうです。フロノス (FRONOS) は架空の治験薬みたいです。 -os はギリシャ語風ですが、ギリシャ語にもラテン語にも fronos に相当する単語、あるいは、類似する単語はありません。
〓そのあとが、『砂の器』 でした。な~るほど、そういうことだったんだ。
【 “チーム・バチスタ” は走らない 】
〓アッシは、TVドラマ、あんまり見ないんですが、最近は、本も読まんのです。だから、ベストセラーがどんなハナシなのかも、ほとんど知らない。だから、
“チーム・バチスタの栄光”
〓これも、どんなシロモノか、テンで知らなかったのですよ。TVドラマの予告編を見て、
「ん? なんで、みんな、白衣着てるんだ?」
と思ったのですよ。
〓ええ? いるでしょ? そういうヒトさぁ。 いない? いるよ、いるいる! 正直に白状せえや!
〓アッシゃねえ、もう、これは、先入見で、
F1か、イタリアのサッカー・チームの名前
だと思っておったのです。アッシのアタマの中では、もう、「チーム・バチスタ」 の選手たちが、ゴールに向かってまっしぐら。ネコまっしぐら。
〓なんで 「白衣」 なのか? なんで 「バチスタ」 なのか? ってえんで調べたら、これは、
【 バチスタ手術 】
<英> Batista procedure [ bə 'ti:stə prə 'si:dʒɚ ] バティスタ術式
に由来するんだそうです。その意いかに、と問うならば、
――――――――――――――――――――
拡張型心筋症に対する手術術式。正式には「左室縮小形成術」と呼ばれる。
名称は考案者のランダス・バチスタ博士の名前に由来する。
――――――――――――――――――――
とある。はっはあ…… なるほど、なんか、イタリアっぽい感じがする理由がわかった。
〓ランダス・バチスタ博士 Dr. Randas Batista なるは、ブラジルの医師にて、1994年にこの術式を考案し、日本では 1996年に、最初の術例があります。
〓ところが、この “バチスタ手術 / Batista procedure” について Wikipedia で立項がなされているのは、英語版・日本語版・タイ語版だけです。英語版では Batista procedure に関する記述の中に Randas Batista の名さえ記されていません。
〓また、 “Randas Batista” について Wikipedia で立項しているのは日本語だけです。
〓その理由いかに、と問うなら、
バチスタ処理の術後3年間において、
生存率 60%
イベントフリー生存率 26%
※ event-free とは、無再発・無進行のこと。
と術後の生存率がよくないことから、米国では、もはや、「拡張型心筋症」 の患者に対する 「心臓移植」 の代替としての “バチスタ手術” はおこなわれていないそうです。だから、 “Batista procedure” の項目は、その記述がアッサリしてるんです。
〓また、ランダス・バチスタ博士じしんも、「バチスタ手術」 は、より条件の良いドナーが見つかるまでの “橋渡し” と見なしていたそうです。
〓なぜに、日本でばかり、かくも 「バチスタ、バチスタ」 と人口に膾炙 (かいしゃ) するや、と問うなら、それは、
日本における “臓器提供者” (ドナー) の不足
が原因であるそうです。世界的にも不足ぎみの 「ドナー」 は、日本ではさらに不足しているそうです。
〓“Google ブラジル” で “Randas Batista” を検索すると、
Randas Batista …… 410件
※ Google Brasil 国内限定
です。おそろしく少ない。まったく注目されていないことを示しています。実は、ウェブ全体を検索しても、
Randas Batista …… 1,090件
です。やはり、世界的に、全然、注目されていないのです。
〓しかるに、日本語で検索すると、
ランダス・バチスタ …… 204件
と、ウェブ全体の 1/5 に相当する言及が見られます。また、
バチスタ手術 …… 49,300件
※ batista procedure …… 4,550件
という突出したヒット数です。もちろん、小説・映画・ドラマの影響もあるでしょうが……
〓バチスタ博士のフルネームは、
Randas José Vilela Batista
[ ' はんダス ジョ ' ゼ ヴィ ' れーら バ ' チスタ ]
です。名前は、Randas と José。姓が Vilela と Batista。
〓José は聖書に出てくる人物 “ヨセフ” で、よくある名前です。
〓しかし、Randas という名前は、奇妙な名前の多いブラジルでも類例がほとんど見られません。
〓俗ラテン語では、ドイツ語の der Rand [ ' ラント ] 「縁、へり」 から借用した、
randa [ ' ランダ ] 「縁、へり」
という単語がありました。現代語では、
randa イタリア語。<廃義> 「縁、へり」
randa スペイン語。<ほぼ廃義> 「レースの縁取り」
renda ポルトガル語 [ ' レんだ | ' へんダ ] 「レース」
となっています。
〓ブラジルに Randas の姓を持つ人は、まま見られるので、おそらく、スペイン系の 「衣服を飾るレースの製造者、販売者」 が名乗った姓でしょう。
〓また、アルゼンチンには、Las Randas の地名がありますが、おそらく、その土地の何かが 「レースの縁取り」 のように見えたのでしょう。残念ながら、アルゼンチンの小さな地名の由来となると、インターネットでも調べきることができません。
〓ランダス・バチスタ博士の両親は、私的に、このどちらかに思い入れがあり、子どもの名前にしたものと思われます。ブラジルでは、「尊敬する人物の姓を、子どもの名前に引用する」 というのは、しばしば行われる習慣です。
〓で、問題は、Batista 「バティスタ」 なのです。これは、要するに、キリスト教で言う 「洗礼者ヨハネ」、「バプテスマのヨハネ」 というときの “洗礼者” のことです。通例、「ヨハネ」 と言うと “イエスの弟子の使徒ヨハネ” を指すので、Ba(p)tista という語を添えます。
〓この “洗礼者” という語を単独で男子名とする例は見たことがありません。男子名として使う場合は、「ヨハネ」 とペアで名前とします。
Jean-Baptiste [ ジャんバ ' チスト ] フランス人
Juan Bautista [ ふ ' アン バウ ' ティスタ ] スペイン人
Giovanni Battista [ ヂョ ' ヴァンニ バッ ' ティスタ ] イタリア人
John Baptist [ ' ヂョン ' バプティスト ] 英語圏
Johann Baptist [ ヨ ' ハン バプ ' ティスト ] ドイツ人
Jan Baptist [ ' ヤン バプ ' ティスト ] オランダ人
――――――――――――――――――――
João Baptista [ ジョ ' アウん バプ ' ティスタ ] ポルトガル人
João Batista [ ジョ ' アウん バ ' チスタ ] ブラジル人
〓ポルトガルとブラジルは、ともにポルトガル語を使用していますが、Baptista という語については、ポルトガルでは、通例、p を入れ、ブラジルではこれを落とします。とはいえ、以下に見るとおり、両国でまったく異なるというより、だいたいの傾向と言ったほうがいいでしょう。
【 Google ポルトガルによる国内限定の検索 】
João Baptista …… 154,000件 (69.1%)
João Batista …… 69,000件 (30.9%)
【 Google ブラジルによる国内限定の検索 】
João Baptista …… 144,000件 (7.2%)
João Batista …… 1,860,000件 (92.8%)
〓Ba(p)tista については、この他、スペイン語圏では、
baptista [ バプ ' ティスタ ] カタルーニャ語
batista [ バ ' ティスタ ] アラゴン語
bautista [ バウ ' ティスタ ] ガリシア語
などの語形があります。カタルーニャ語はポルトガル語と同形、アラゴン語はブラジル・ポルトガル語と同形、ガリシア語はスペイン語と同形です。
〓ところで、この Ba(p)tista という単語は、単独では男子名とならないものの、多くのラテン系 (ロマンス語系) の国で、Batista など、一語で姓とする例が多く見られます。
〓とりわけ、日本人がよく耳にするのは、
スペインの Bautista 「バウティスタ」、Batista 「バティスタ」
ポルトガル、ブラジルの Batista 「バティスタ、バチスタ」
イタリアの Battista 「バッティスタ」
などです。たとえば、サッカー選手なら、
ジュリオ・バティスタ Júlio César Baptista ブラジル
アジウソン・ディアス・バティスタ Adilson Dias Batista ブラジル
セルヒオ・バティスタ Sergio Daniel Batista アルゼンチン
といった名前を見受けます。
〓そんなワケで、
「バチスタ」 と聞くと、なんか、イタリア、スペインあたりが思い浮かび、
「チーム」 と聞くと、F1とかサッカーが思い浮かび、
「栄光」 と聞くと、『栄光のル・マン』 + スティーヴ・マックインが思い浮かび、
これらが、瞬時に脳内で結びついて、
F1とかサッカーのチームになってしまう
という現象が起こるのではないか、と思うんですね。実際、アッシのドドメ色の脳細胞は、そういうソロバンを弾いたにちがいないのです。うん、まちがいない。(back again from NY)
【 バプティスタ ── 「洗礼者」 の由来 】
〓古典ギリシャ語に、
βάπτω baptō [ ' バプトー ] (~を)<液体に> 浸す、つける / 浸る、つかる。
という動詞がありました。これは、印欧祖語の
*gʷabh- [ グワブ~ ] 「沈める、押し込む」。印欧祖語
に由来します。ゲルマン祖語では、 *kwabjan- [ クワビヤン~ ] となり、現代ゲルマン語では、
kväver [ ク ' ヴェーヴェル ] 「窒息する」。スウェーデン語
が残るのみです。
〓ギリシャ語には、
-ίζω -izō [ ~ ' イゾー ]
※この接尾辞は、英語でも -ize, ise として借用されている。 -ize は米語で、
英国英語では -ise になる傾向があるが、語源から言うと -ize が本来の語形。
という動詞を派生する接尾辞がありました。いろいろな意味が加わるようですが、
βαπτίζω baptizō [ バプ ' ティゾー ] 「くりかえし浸す / つかる」、「入浴する」
というぐあいに、この場合は 「多回性」 や 「入浴」 という意味の拡大をもたらすようです。
〓現代ギリシャ語では、この単語は、
βαφτίζω vaftizo [ ヴァフ ' ティーゾ ] 「洗礼する」。現代ギリシャ語
という意味に専用され、「入浴する」 は、
κάνω μπάνιο kano banio [ ' カーノ ' バーニオ ] 「入浴する」。現代ギリシャ語
というぐあいに、ラテン語 balneum [ ' バるネウム ] 「浴槽」 のイタリア語形
bagno [ ' バンニョ ] 「風呂、浴室、浴槽」。現代イタリア語
を借用して使っています。
〓キリスト教時代に入り、古典ギリシャ語の βαπτίζω baptizō [ バプ ' ティゾー ] という動詞が、「洗礼する」 に流用されました。つまり、「聖水を頭にまく」 のが本来の洗礼ではなく、洗礼を受ける者を、実際に、水の中に沈めるのが 「バプティゾー」 することなんですね。
〓ギリシャ語では、動詞の語根に -μα -ma を付けて、「動作の結果・状態」 を示す名詞をつくることができます。ギリシャ語起源の名詞に、しばしば、 -ma で終わる語が見られるのは、そのような理由によります。また、 -gm- という綴りが多く現れるのは、動詞の語根末に -k があると、それが m と同化し、有声化するからです。
dogma [ 'dɔgmə, 'dɑg- ] [ ' ドグマ ] 「ドグマ、教義」。英語
← δοκ- dok- ← δοκέω dokeō [ ド ' ケオー ] 「考える」
drama [ 'drɑmə, 'dræ- ] [ ド ' ラマ ] 「ドラマ」。英語
← δρα- dra- ← δράω draō [ ド ' ラオー ] 「成す、完成する」
enigma [ ɪ 'nɪgmə ] [ イ ' ニグマ ] 「エニグマ、謎」。英語
← αινικ- ainik- ← αἰνίσσομαι ainissomai [ アイ ' ニッソマイ ] 「謎めかして言う」
paradigma [ 'pærə ˌdaɪm ] [ ' パラ , ダイム ] 「パラダイム」。英語
← παραδεικ- paradeik-
← παραδείκνυμι paradeiknymi [ パラデ ' イクニュミ ] 「見せる、提示する」
phantasm [ 'fæn ˌtæzəm ] [ ' ファン , タザム ] 「ファンタズマ、幻影」。英語
← φαντασ- fantas- ← φαντάζω phantazō [ ぱン ' タゾー ] 「現れる」
phoneme [ 'foʊ ˌni:m ] [ ' フォウ , ニーム ] 「フォネーム、音素」。英語
← φωνη- phōnē- ← φωνέω phōneō [ ぽー ' ネオー ] 「明瞭な声で話す」
poem [ 'poʊəm ] [ ' ポウアム ] 「詩」。英語
← ποιη- poiē- ← ποιέω poieō [ ポイ ' エオー ] 「(作品を) つくる」
〓英語における語末の形は、借用された経路により、 -ma, -me, -m の形をとります。
〓 αἰνίσσομαι ainissomai の語根が αινικ- ainik- であるのは、
-κ 動詞語根末の子音
+
-ι- イオタ現在という “現在語幹” に挿入される母音
+
-ο- 現在語幹を形成する母音
+
-μαι -mai 中間態現在の人称語尾
↓
-κ-ι-ο-μαι -k-i-o-mai [ ~キオマイ ]
↓
-σσο-μαι -ssomai [ ~ッソマイ ]
という音変化を起こしたものだからです。
〓また、παραδείκνυμι paradeiknymi の語根が παραδεικ- paradeik- であるのは、
παραδεικ- paradeik- 語根
+
-νυ- -ny μι 動詞の現在語幹を形成する音節
+
-μι -mi μι 動詞の現在人称語尾
↓
παραδείκ-νυ-μι paradeik-ny-mi
↓
παραδείκνυμι paradeiknymi [ パラデ ' イクニュミ ]
という構成だからです。
〓たぶん、今のクダリはモノスンゴク難しかったと思いますけど、ナニが言いたかったかと言うと、
βαπτισ- baptis- ← βαπτίζω baptizō [ バプ ' ティゾー ] 「洗礼する」
+
-μα -ma 動詞の語根から名詞をつくる接尾辞
↓
βάπτισμα baptisma [ ' バプティスマ ] 「洗礼」
ということなのです。
〓また、動詞の語根に -της -tēs を付けると 「~をする人」 という行為者名詞をつくることができます。なので、
βαπτιστής baptistēs [ バプティステ ' エス ] 「洗礼者」
です。これらが、それぞれラテン語化されると、
baptīzō [ バプ ' ティーゾー ] 「洗礼する」。ラテン語
baptisma, baptismus [ バプ ' ティスマ、バプ ' ティスムス ] 「洗礼」。ラテン語
baptista [ バプ ' ティスタ ] 「洗礼者」。ラテン語
となります。
〓カンのいいヒトは、もう、気がついたと思いますが、現代ヨーロッパ諸語の
-ism, -ist
はすべて上に述べたものが起源です。すなわち、
まず、 -ιζω -izō [ ~イゾー ] に終わる動詞
があり、それの
名詞形が -ισμα -isma [ ~イスマ ]
行為者が -ιστης -istēs [ ~イステース ]
ということです。
〓ギリシャ語の -μα -ma に終わる名詞は、中性の抽象名詞なので、これは、ラテン語でも -ma で受け、中性名詞とします。
〓また、ギリシャ語の -ης -ēs は、
女性型の変化語尾 -η -ē + 主格語尾 -ς -s
なので、ラテン語ではこれを -ista で受け、女性型の変化をする男性名詞とします。
〓ギリシャ語では、 -ᾱ -ā, -η -ē に終わる女性名詞には、主格のマーカーである -ς -s が付きません。
〓しかし、 -ᾱ -ā, -η -ē に終わっていても女性名詞でない場合は -ς -s が付きますし、また、 -ᾱ -ā, -η -ē で終わっていない女性名詞にも -ς -s が付きます。
〓しかし、ラテン語の場合、 -a に終わる女性型の変化をする名詞には、その性のイカンを問わず -s が付きません。だから、ラテン語では -ista で男性名詞となるのです。
〓ですから、現代のイタリア語・スペイン語・ポルトガル語では、
-ista に終わる名詞は男女同形で冠詞で区別する
ということになっています。本来、ラテン語では -ista は男性名詞ですが、対応する女性名詞をつくろうとすると、もともと -a で終わっているので、男女同形にならざるをえません。
〓フランス語では -a が、曖昧母音 -e に弱化したのち、綴り字に -e を残して消滅したので、やはり、 -iste で終わる男女同形の名詞になっています。
〓また、イタリア語・スペイン語・ポルトガル語では、ラテン語の -isma 「中性名詞」 を、
-ismo 「男性名詞」
としています。これは、ラテン語における -isma のバリアント -ismus [ ~ ' イスムス ] 「男性名詞」 に由来するものです。また、フランス語では、 -isme [ ~ ' イスム ] とし、やはり、「男性名詞」 扱いです。
〓興味深いのは、同じくラテン語の末裔である 「ルーマニア語」 で、
-ist [ ~ ' イスト ] 男性名詞
-istă [ ~ ' イスタ ] 女性名詞
-ism [ ~ ' イスム ] 中性名詞
とします。ルーマニア語はラテン語から続く中性というカテゴリーを保存しており、なおかつ、ギリシャ語に由来する -ism の性を受け継いでいるのです。
〓というわけで、「バチスタ」 の語源を説明しいしい、アサッテの山奥まで来てしまいました。