“ドーハの悲劇”。 | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

   ドーハ




〓ここんところ更新できなかったわね。11月は毎年いそがしいのよ。




〓11月19日の……っていうか、20日の 「日本 vs カタール戦」 よね。


〓マスコミは、ナンか、“ドーハの悲劇のジンクス” ウンヌンって騒いでたじゃない。でも、今の現役の選手たちは、ほとんどが、


   「ドーハの悲劇」


と言っても 「?」 なんだそうです。もう、15年も前なんですって。年をとるってやぁね。なんか、5年くらい前のことのような気がするじゃない。お肌もカッサカサやし……


〓今の日本代表チームの当時の平均年齢は……ええと、ちょっと計算すると…… 11歳よぉ。
〓最年少 19歳の香川真司 (かがわ しんじ) 選手なら、当時、4歳じゃないの~。長老の川口能活 (よしかつ) 選手でも 18歳よ~。1993年 (平成5年) って、川口選手が横浜マリノスに入団した年なんですって! きゃ~!




Wikipedia には 「ドーハの悲劇」 って項目があるの。面白いことに、 “英語版、ドイツ語版、韓国語版” もあるのよ。



   The Agony of Doha 「ズィ・アゴニー・オヴ・ドウハ」
   Die Tragödie von Doha [ ディ トラ ' ゲーディエ フォン ' ドーハ ]
   도하의 기적 toha-e kijɔk 「トハエ キヂョク」



〓そうねえ、英語では 「ドウハの苦悶」 って訳してくれたのね。tragedy 「トラジディ」 じゃあないの。苦悶式なのよ。 “the Tragedy of Doha” って書き方もあるし、そのほうが多いんだけど、たいてい、“日本人が英語で書いてる” のよね……


〓韓国語版はハングルなので一見して気がつかないけど、 「ドーハの奇跡」 むっ って書いてあるの。う~ん、そうなのね。「他人の不幸は、アタシの幸せ」 ってね。


〓最終戦を前にした順位は、(1)日本、(2)サウジアラビア、(3)韓国で、上位2チームがワールドカップに出られることになってた…… で、ボーゼン自失のあとで得失点差を計算したら、(1)サウジアラビア、(2)韓国、(3)日本、になってたのね。「ドーハの奇跡」 よね……




〓カタールの首都の 「ドーハ」 Doha っていうのは、もとは、小さな漁村だったのね。そののち、ここが町になっても、人目を惹く “大きく枝を張った木” が1本あったらしいの。中東に自生する木で、大きくなって、枝を広げる、って言ったら、たぶん、ナツメヤシ نخلة nakhla [ ' naxla ] ね。



〓アラビア語に、


   دوحة dawḥa [ ' ダウは ] [ ' daʊħɑ ] 「大きく枝葉を広げた大木」


というコトバがあります。これが地名になったのね。


〓アラビア語は、ヨーロッパとかアジアの言語とマル違いで、基本的に、“3子音もしくは4子音” を組み合わせた語根から派生するの。「ダウハ」 の語根は3子音で d w の組み合わせ。「ドとウとフ」 ね。
〓この音の組み合わせじたいに意味があるの。下のような意味。このあいだに母音を挟むと、いろいろな単語ができます。


   دوح d-w-ḥ (枝葉が) 広がる、伸びる


〓動詞としては انداح indāḥa [ イン ' ダーは ] 「彼は広がった」 という自動詞の意味を持つ 「再帰動詞」 (第VII形) としてのみ存在します。


〓そして、داح の動名詞形が دوح dawḥ [ ' ダウふ ]。こういう単語は辞書にはないけれど、意味を想定するなら、「枝葉が広がること、枝葉を広げたもの」 かしら。




〓アラビア語には集合名詞が多いのね。アラビア語で 「石」 とか 「木」 とか 「紙」 って言った場合に、印欧語的な a stone, a tree ではなく、じゃっかん日本語的な 「石」、「木」、「紙」 なの。ふつうの状態でたくさん集まって存在するようなものは “集合名詞” なのよ。


〓でも、日本語と発想が同じわけでもないのね。بقر baqar [ ' バかル ] 「牛」 も集合名詞だったりします。


   「あっ、英語の sheep と同じだ」


と思ったわね。問屋はトウシロウには、なかなかオロしてくれないのよ。英語だって、昔は、sheep に単数と複数があったんだわ。古英語で、主格・対格の語尾がゼロになっちゃったの。scēap [ ' ʃæ:ɑp ] [ ' シェーオプ ] って言ってね。


〓でもね、属格ね、つまり、「羊の」 よ。それだと、


   scēapes 「一匹の羊の」
   scēapa 「複数の羊の」


って区別してたのよ。古英語で 「長い母音+短子音」、「短母音+複子音」 っていう構成の “強変化する中性名詞” は、みんな、主格・対格で単複同形になっちゃってた。本来なら、複数形が scēapu [ ' シェーオプゥ ] となるべきなのよ。先行する音節が長いと、そっちに音量を持っていかれて -u が脱落するわけね。


land, word なんていう単語もそうだったのよ。そののちに、英語の複数形は、stān ― stānas [ ス ' ターン、ス ' ターナス ] 「石」 といった強変化男性名詞の -as という複数形が類推によって一般化してしまうのね。なので、lands, words という複数形ができたわけ。


sheeps という複数形もあって、シェイクスピアも使ってるのよ。でも、牧童たちは、古英語の複数形をそのまま使い続けたのね。sheeps は一般化しなかった。




〓あぁら、アタシったら、いやだわ。アラビア語のハナシよね。


   دوح dawḥ [ ' ダウふ ] 「枝葉を広げたもの」


〓こういう単語が想定できるわけ。でも、これは集合名詞なの。なら、“1本” っていうとき、アラビア語はどうするか、というと、


   ة― -at-un [ ~ア ] 集合名詞から個別のものを指す名詞をつくる接尾辞


を付けるわけ。文語では -atun [ ~アト(ゥン) ] っていう音なんだけど、口語では t 以下を落として発音するのね。だから、物理的には 「~ア」 を付けるだけ。で、


    ↓
   دوحة dawḥa [ ' ダウは ] 「大きく枝葉を広げた大木」


になります。この単語には 「家系、系図」 という意味もあるの。




〓アラビア語の地名は、普通名詞を使うならば、定冠詞をつけないとダメね。the にあたる al- を付けるわけ。The Big Tree にするのね。なので、


   الدوحة Ad-Dawḥa [ アッ ' ダウは ] 「その大きく枝葉を広げた大木」


なの。

〓でも、アラビア語の地名をローマナイズするときに、定冠詞が落とされちゃうことがあるから、


   Doha [ ' doʊhə, -hɑ ] 英語音


になっちゃう。なんで、「ダウハ」 が 「ドウハ」 になるのかって?




〓「ダウハ」 っていうのは、アラビア語世界の教養あるヒトたちが使う共通語である 「正則アラビア語」 の口語音ね。
〓アラビア語世界はとても広いので、1冊の本に誰もまとめられないくらい、地域ごとに方言音があります。どうやら、カタールでは [ au ] という二重母音を [ o: ] にしてしまうらしいの。よくあることよね。「行かう」→「イコー」 ね。


〓だから、カタール音では、


   [ ad ' do:ħa ] [ アッ ' ドーは ]


ですのん。


   ḥ [ ħ ]


がどんな子音か説明したい気もするけど、また、今度ね。アラビア語は、「ハ行」 音が3種類もあって、とても、ビミョーなのよ。