“緑の光線”。 | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。


   緑の光線2

   マリー・リヴィエール





〓これから、エリック・ロメール Éric Rohmer の映画の


   日本での上映権が、次々と切れる


らしいのですね。


〓ユーロスペースで、


   エリック・ロメール、日本最終上映


と銘打って、最後のレトロスペクティヴがおこなわれています。


〓別に、


   “最終上映” と言ったって、二度と日本で上映できない


というワケではありません。


   あらたに “上映権” (期限付き) を買い直す配給元


があれば、おそらく、新しいプリントで見ることができます。それを引き受ける配給元があるかどうか、そいつはわからないよ、ということなんでしょう。



              映画          映画          カチンコ



〓思えば、今は影も形もない六本木の “シネ・ヴィヴァン” CINE VIVANT は、エリック・ロメールを次々に掛けました。新作はリアルタイムに、そして、あいだに旧作も織り込んで。


〓ちょっと、ロメールの映画が日本でロードショーされた年を調べてみましょうか。



   シネ・ヴィヴァン開館 1983年 (昭和58年)
   『海辺のポーリーヌ』 1985 (昭和60年) ※有楽町スバル座で公開
   『満月の夜』 1987 (昭和62年)
   『緑の光線』 1987 (昭和62年)
   『友だちの恋人』 1988 (昭和63年)
   『モード家の一夜』 1988  ※旧ユーロスペースで公開
   『クレールの膝』 1989 (平成元年) / ただし1970制作
   『レネットとミラベル四つの冒険』 1989 (平成元年)
   『獅子座』 1990 (平成2年) / ただし1959制作
   『春のソナタ』 1990 (平成2年)
   『冬物語』 1992 (平成4年)
   『木と市長と文化会館 または七つの偶然』 1994 (平成6年)
   『パリのランデブー』 1995 (平成7年)
   ――――――――――――――――――――
   『愛の昼下がり』 1996 (平成8年)/ただし1972制作
   『O侯爵夫人』 1996 / ただし1976制作
   『飛行士の妻』 1996 / ただし1981制作
   『美しき結婚』 1996 / ただし1982制作
   『モンソーのパン屋の女の子』 1996 / ただし1962制作
   『シュザンヌの生き方』 1996 / ただし1963制作
   ――――――――――――――――――――
   『夏物語』 1996 (平成8年)
   『恋の秋』 1998 (平成10年)
   シネ・ヴィヴァン閉館 1999 (平成11年)


      ※緑は新作ロードショー。青は旧作のロードショー。

        赤字の特記がないものは、シネ・ヴィヴァンでの上映。




   夏物語1  

   『夏物語』。“ポーリーヌ” の13年後のアマンダ・ラングレ。そして、メルヴィル・プポー。


   夏物語2

   『夏物語』 のメルヴィル・プポー



〓ナンダカ、シネ・ヴィヴァンとともにあったロメール、ロメールとともにあったシネ・ヴィヴァン、という歴史ですね。1996年に旧作が連続して公開されているのは、“ロメール特集” があったからです。


   シネ・ヴィヴァンが開館する以前のおもだった作品をまとめて紹介した


のですね。
〓ロメール自身の長編デビュー作は、1990年に日本初公開となった 『獅子座』 です。30年目の来日です。


〓フシギなことに、


   『コレクションする女』、『聖杯伝説』


の2本は、映画館で公開された、という記憶がないのです。しかし、今回の最終上映では、この2本も上映されるという。


   「?」


〓上映するからにはフィルムがあるんだな…… どういうことなんだろ?


〓上映権というのは、ふつう、何年間の契約なのかな。いちばん古い 『海辺のポーリーヌ』 で23年前。シネ・ヴィヴァンが最初に掛けた 『満月の夜』 で21年前。ナンともハンパな…… どういうシステムなんだろう。



               カチンコ          カチンコ          映画



〓“シネ・ヴィヴァン” は、ゴダールもよく掛けたし、トリュフォーも掛けました。つまり、ヌーヴェル・ヴァーグの3巨頭ですね。

〓アッシは、“シネ・ヴィヴァン” で掛かった3巨頭の映画は、オオカタ見ました。


〓ロメールという監督は、フシギなヒトで、75歳のジイサマになるまで、ワカモンばかり出てくる映画を撮ってたんですよ。“青春の物語” と言えば、カンタンに説明できそうだけれど、そういう映画じゃない。

〓日常生活のささいなこと、特に、恋愛問題とか、自分の性格についてクッタクするワカモンを描くんです。主人公は20代の女の子が多い。毛ズネのオッサンが、なんか、リアルな20代の女の子を描いてる。それでも、女性の観客が多いので、共感できるんだろうなあ……


〓ナンというか、日本のTVドラマみたいに深刻じゃない。むしろ、ドラマにならないようなささいなイライラの丁寧な描写。


〓そして、悲劇じゃない。いつでも、コメディ (喜劇) なんです。たぶん、主人公にとっては大問題なんだけど。
〓笑える喜劇というより、


   ニンゲン、あれこれクッタクして生きることが、
   ハタから見ると、シッポを追って同じ所をグルグル回っているイヌ


みたいに見える、と、そういうおかしさなんです。


〓ストーリーはありますが、あってないのと同じ場合が多い。とにかく、フツーのワカモンの日常生活の 「ある期間」 を切って提示しているだけですから、起承転結なんてないことのほうが多い。それでも、


   最後には、ちょっと 「あ゙」 と言わせるくらいの軽いサゲ


はあります。落語に似ているかもしれない。


〓それと、ロメールの映画のセリフは、「インプロヴィゼイション」 improvisation であることが多いようです。わかりやすいコトバで言うなら、「アドリブ」 でしょう。


〓ロメールの映画の会話というのは非常に長いです。おそらく、平気で5分くらいの会話がある。場合によっては、4人、5人、6人といった多人数で、“即興” が展開していくことがある。なので、日本語で言うところの 「アドリブ」 というイメージではありません。







  【 “緑の光線” 】



〓ロメールの映画の中で、なぜか、


   『緑の光線』


だけは見逃していました。


〓シネ・ヴィヴァンが開館したのが 1983年 (昭和58年)。『緑の光線』 の制作年が 1986年 (昭和61年) で、シネ・ヴィヴァンでは、翌 1987年にロードショーされています。これを見逃したんですね。

〓なぜか、この映画、これまでも見るチャンスはあったんでしょうが、20年間、機を逸してきた。アッシは、見たことのない映画は、ビデオ、DVD などでゼッタイに見ない、というスタンスです。見ていない映画は、あらすじも評論もいっさい読まない。だから、


   どんな映画か、まったく知らなかった


〓原題を


   «Le Rayon vert» [ るレヨん ' ヴェール ]


と言います。英単語に置き換えるなら “The Green Ray” で、まさに 「緑の光線」 です。アッシは、これが、ナンのことなのか、まったく知らなかった。


〓この作品は、«Comédies et proverbes» [ コメ ' ディー エ プロ ' ヴェルッブ ] 『喜劇、および、格言をもとにした小劇』 というシリーズの1本で、冒頭に、物語の契機となる一句が提示されます。


〓この映画の場合は、


   Ah! que le temps vienne / Où les cœurs s'éprennent
   [ アァ クるタんヴィ ' エンヌ ウれクルセプ ' レンヌ ]


という句が現れます。

〓これは、アルチュール・ランボー Arthur Rimbaud の詩集 『地獄の季節』 «Une saison en enfer» の中に出てくる、


   «Chanson de la plus haute tour»
      [ シャんソんドゥらプりゅオ ' トゥール ]
      『この上なく高き塔の歌』


の冒頭の部分に含まれています。



   Oisive jeunesse  [ ワズィヴジュ ' ネッサ ]
   À tout asservie,  [ アトゥタセふ ' ヴィ ]
   Par délicatesse  [ パふデりキャ ' テッサ ]
   J'ai perdu ma vie  [ ジェペふデュマ ' ヴィ ]
   Ah ! Que le temps vienne  [ アァ クるタんヴィ ' エンナ ]
   Où les cœurs s'éprennent.  [ ウれクふセプ ' へンナ ]


   むだに過ごした青春
   ただひたすら盲従し
   か細い心のために
   人生を失っていたのだ
   ああ! 時よ来たれ
   しんそこ心の燃え立つ時よ



〓この最後の 「ああ! 時よ来たれ、しんそこ心の燃え立つ時よ」 というのがキーフレーズです。な~るほど、映画を最後まで見れば、特に謎めかしているわけでもないことがわかります。



               波          霧          台風



〓この 『緑の光線』 というタイトルなんですが、


   ジュール・ヴェルヌの小説のタイトルそのまんま


らしいんですね。もちろん、ジュール・ヴェルヌの小説を映画化したんぢゃありません。そうではなくて、ジュール・ヴェルヌの 『緑の光線』 という小説のモチーフとなる


   “緑の光線”


という自然現象がキーなのです。


〓水平線・地平線に太陽が沈むとき、まさに、沈みきってしまうその瞬間に、


   最後の残光が、一瞬、緑色に輝く


ことが稀にあるらしいのです。
〓これをフランス語で le rayon vert 「ル・レヨン・ヴェール」 と呼びます。これを見たヒトは、他人の心が読めるようになる、という言い伝えがあるんだそうな。

〓日本語では、英語を使って “グリーン・フラッシュ” Green Flash と言っているようです。


〓“グリーン・フラッシュ” が見える瞬間、実は、太陽はもう地平線の下に沈んでいるのです。しかし、地球の表面をおおっている大気は、やはり、球面をしているので、実際には見えていないハズの太陽の光が、球面をなす大気の表面にぶつかって屈折し、あたかも、まだ、太陽が見えているかのように届くのです。


〓重力によって空間が曲がり、光も曲がって届くという 「重力レンズ」 とのアナロジーを思い出します。


〓大気の表面で内側に屈折した太陽光は、虹のようなスペクトルに分解され、


   ちょうど、夕日が沈みきった瞬間を見ていたヒトの目に
   緑の光だけが届く


んだそうです。



   緑の光線3

   緑の光線。グリーン・フラッシュ



〓ジュール・ヴェルヌの 『緑の光線』 がどんなハナシなのか、残念ながら、フランス語で読むしかありません。調べてみると、1979年 (昭和54年) に、“パシフィカ” という会社から邦訳が出ています。


〓しかし、このパシフィカという会社、1977~1982年の6年間だけ事業を行っていたようで、そのため、この会社が出した本は、ほとんどが絶版で手に入らない。
〓ワリと有名な本も出していた会社で、たとえば、スティーヴン・キングの 『シャイニング』 は文春文庫に入っており、『タイタニックを引き揚げろ』 なら新潮文庫に引き継がれています。

〓しかし、ヴェルヌの 『緑の光線』 はどこにも引き継がれておらず、アマゾンで調べても古書もない。だから、読もうと思ったらフランス語で読まにゃならんのです……



〓ロメールの最終上映がおこなわれているユーロスペースには、ワリと多くの若い観客が集まっていました。年輩の客は、まったくと言っていいほどいなかった。当時、シネ・ヴィヴァンでロメールを観ていた世代は、今、30代から40代のアタマくらいですね。映画どころじゃない年齢か……


〓日本におけるエリック・ロメールの最後のロードショーは、


   『グレースと公爵』 «L'Anglaise et le duc»


でした。『パリのランデヴー』 までの軽みが姿を消して、重厚でテーマチックになったことに驚き、かつ、少々、寂しかったですね。『O侯爵夫人』 もコスチューム・プレイでしたが、本質的にはコメディだった。『グレースと公爵』 は悲劇だった……


〓あの、誰にもマネのできない “軽み” は、もう見られないのかな? 来年の正月に、


   『アストレとセラドン』
   «Les Amours d'Astrée et de Céladon»


というロメールの新作がロードショーされるらしい。コスチューム・プレイらしいが、う~む、軽いんだろうか重いんだろうか?




   アストレとセラドン