コーカサスの “ジョージア”。── なぜ、「グルジア」 を Georgia と言うのか。―後編 | げたにれの “日日是言語学”

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   georgia-pirosmani

   ピロスマニ Niko Pirosmanashvili が描いたグルジア




          ネコ 前編からの続きでおます。  前編のアタマは↓です。

                   http://ameblo.jp/nirenoya/entry-10127124798.html




  Gurj- とは何か? 】


〓「グルジスターン」 というのは、


   gurj- がある/いる場所


という意味です。 -stān の意味は、すでに説明しました。


〓ここで、ペルシャ語における 「グルジア」、「グルジア人」 の呼び方を、ヴァリアントも含めて並べてみましょう。



   【 グルジア人 】
   گرجي gorjī [ ゴル ' ヂー ] ※古くは gurjī [ グル ' ヂー ]
   گورجي gūrjī [ グール ' ヂー ]
   اهل جرجيا ahl-e jorjiyā [ ' アフれ ヂョルヂ ' ヤー ]



   【 グルジア 】
   گرج gorj [ ' ゴルヂ ] ※古くは gurj [ ' グルヂ ]
   غرچه gharcha [ がル ' チャ ]
   گرجستان gorjestān [ ゴルヂェス ' ターン ] ※古くは gurjistān [ グルヂス ' ターン ]
   گورجستان gūrjestān [ グールヂェス ' ターン ] ※古くは gūrjistān [ グールヂス ' ターン ]
   غرجستان gharjestān [ がルヂェス ' ターン ] ※古くは gharjistān [ がルヂス ' ターン ]
   جرجيا jorjiyā [ ヂョルヂ ' ヤー ]



〓「ヂョルヂヤー」 の系統は、ペルシャ語が大きな影響をこうむっているアラビア語からの借用語でしょう。アラビア語に比べると و が1つ抜けていますが、 -o- を読むことを示す記号として و を書くアラビア語と、 و を書いてしまうと jūrjiyā 「ヂュールヂヤー」 になってしまうペルシャ語との違いから、و を省いているようです。


گرج gurj [ ' グルヂ ] が、意外なことに、現代モンゴル語 Гүрж Gürj [ ' グルチ ] に残っていることには、いくばくかの感動さえ覚えます。かつての文化語としてのペルシャ語の威光を物語るものでしょう。

〓その他の単語を見たときに、どうやら、ペルシャ語の 「グルジア」 には、


   gurj ないし gūrj


が根本にあることがわかります。ここで、ギリシャ語・ラテン語形を思い出してみましょう。


   geōrg-íā [ ゲオール ' ギアー ] ギリシャ語
   geōrg-ia [ ゲ ' オールギア ] ラテン語


〓こちらにあるのは、geōrg- という語根です。


   gurj-, gūrj- [ グルヂ-、グールヂ- ] ペルシャ語
   geōrg- [ ゲオールグ- ] ギリシャ語・ラテン語


〓ここで気がつくことは、ペルシャ語の語根末の j は g が硬口蓋化 (こうこうがいか=「ギ」→「ヂ」 という変化) したものではないか、ということなんですね。形容詞語尾 や、地名をつくる接尾辞 -istān によって、gurg-, gūrg- [ グルグ、グールグ ] の語根末の子音が口蓋化したのではないか。
〓するとですね、


   گرگ gorg [ ' ゴルグ ] 「オオカミ」。ペルシャ語
      ※古くは gurg [ ' グルグ ]


が浮かんでくるんです。


〓これだけではコジツケに過ぎませんね。では、ちょっとハナシを印欧語のレベルに引き上げてみましょう。



〓ペルシャ語というのは印欧語族に含まれています。アラビア文字を使うので、いっけん、アラビア語と近いようにカン違いしがちですが、レッキとした 「英語、フランス語、ラテン語、ギリシャ語」 などの兄弟です。

〓「オオカミ」 という単語は、印欧語では、はるか古くまでさかのぼります。つまり、印欧語族の 「コトバの記憶」 として、“オオカミ” という共通の単語を持っています。



   *wḷkʷ-o-s [ ウ ' るクォス ] 「オオカミ」。印欧祖語
      *wḷp-o-s [ ウ ' るポス ]  k p が交替したヴァリアント
   ――――――――――――――――――――
   λύκος lykos [ ' りゅコス ] 古典ギリシャ語
   lupus [ ' るプス ] ラテン語
      lupo [ ' るーポ ] イタリア語
      loup [ ' るぅ ] フランス語
      lobo [ ' ろーボ ] スペイン語
   wúlfa-z [ ' ウゥるファズ ] ゲルマン祖語
      wolf 英語
      Wolf [ ' ヴォるフ ] ドイツ語
   *vĭlkŭ [ ' ヴィるクゥ ] スラヴ祖語
      влъкъ vlŭkŭ [ ヴ ' るクゥ ] 古教会スラヴ語 (≒古ブルガリア語)
      волк volk [ ' ヴォるク ] ロシア語
   walkwe [ ワるクェ ] トカラ語B (クチャ語) ※古代シルクロードの言語
   वृक vṛ́ka- [ ヴ ' ルカ- ] サンスクリット (古代インドの言語)
   գայլ gayl [ ' ガイる、' ゲる ] アルメニア語
   ――――――――――――――――――――
   vǝhrka- [ ヴァフルカ- ] アヴェスター (古代イラン系の言語。~紀元前7世紀)
   *varka- [ ヴァルカ- ] 古期ペルシャ語 (紀元前6~4世紀)
   gurg [ グルグ ] 中期ペルシャ語 (紀元前3世紀~紀元8世紀)
   gurg [ グルグ ] 近代ペルシャ語 (紀元9世紀~)
   گرگ gorg [ ' ゴルグ ] 現代ペルシャ語






  【 「グルジア」 とは “オオカミの土地” の意味である 】


〓ここでですね、奇妙な語形を持つアルメニア語が意味を持ってくるんです。


   Վրաստան Vrastan [ ヴラスタン ] 「グルジア」。アルメニア語


〓「~スタン」 がつくので、ペルシャ語からの借用であるハズなのに、ゼンゼン、「グルジスターン」 に似ていない。
〓しかし、ペルシャ語の 「オオカミ」 gurg の紀元前の語形は、 *varka- [ ヴァルカ- ] であったろうと推定されています。かりに、アルメニア語が、きわめて古い時期 (~紀元前4世紀) にペルシャ語から借用したとするならばどうでしょう。たとえば、


   *varkastan [ ヴァルカスタン ] 「オオカミの (いる) 土地」


というような呼び方があって、


     ↓
   *vartsastan [ ヴァルツァスタン ]
     ↓
   *vartsstan [ ヴァルツスタン ]
     ↓
   *varstan [ ヴァルスタン ]
     ↓
   vrastan [ ヴラスタン ]



と変化したらどうでしょう。同じ 「スターン」 地名でありながら、アルメニア語だけが、奇妙な語形を示している理由が説明できないでしょうか。


〓我田引水やおへんの?という方々には、次のような単語をご覧にいれましょう。



   վրացերեն vratsʰeren [ ヴラつェレン ] グルジア語
   վրացական vratsʰakan [ ヴラつァカン ] グルジア語、グルジア人



〓この2語は、


   վրաց- vratsʰ-  -երեն -eren -ական -akan


という語構成です。つまり、逆に言うと、



   վրաց- vratsʰ- [ ヴラつ- ] 「グルジア (←オオカミ)」 を意味する語根
     
   -ստան -stan [ -スタン ] 「土地、国」 を意味する接尾辞
     
   *Վրացստան Vratsʰstan [ ヴラつスタン ]
     
        -tsʰst- が同化を起こして -st- になる
     
   Վրաստան Vrastan [ ヴラスタン ]



ということが言えます。 [ k ] 音が口蓋化して [ ts ] に変化することは、言語的には頻繁に起こる現象です。


〓アルメニア語で 「グルジア人」 を վրացի vratsʰi [ ヴラつィ ] と言いますが、これは、



   վրաց- vratsʰ- [ ヴラつ ]
    +
   -ցի -tsʰi [ -つィ ] 「~人」 を意味する接尾辞
    ↓
   *վրացցի vratsʰtsʰi [ ヴラッつィ ]
    ↓
   վրացի vratsʰi [ ヴラつィ ] 「グルジア人」



でしょう。


〓ここまで言語学的にツジツマが合うのであれば、この説が真実である蓋然性 (がいぜんせい) もかなり高いのではないか、と思います。
〓ただ、なぜ、ペルシャ語で “グルジア” を 「オオカミの (いる) 土地」 と呼んだのかについては憶測を挟まないこととしましょう。


          霧          霧          霧



〓以上をまとめて図解してみると以下のようになります。




   *varkastān *varka [ ヴァルカスターン/ヴァルカ ]

                   「オオカミの (いる) 土地/オオカミ」。古期ペルシャ語 (紀元前)
     ↓
     ↓→ *vartsastan → *varstan → *vrastan [ ヴラスタン ] 現代アルメニア語
     ↓
   *gurgistān gurg [ グルギス ' ターン/ ' グルグ ] 中期ペルシャ語 (紀元前3世紀~紀元8世紀)
     ↓
     ↓→  Geōrgiā [ ゲオール ' ギアー ] 古典ギリシャ語
     ↓      ↓
     ↓    Geōrgia [ ゲ ' オールギア ] ラテン語 → Georgia [ ' ヂョーヂア ] 英語
     ↓
     ↓  -gi- が硬口蓋化を起こす
     ↓
   gurjistān gurj [ グルヂス ' ターン/ ' グルヂ ]
     ↓
     ↓    チムール朝 14~16世紀 (イラン、コーカサス、アフガニスタン、中央アジア)
     ↓    ムガル朝  16~19世紀 (北インド)
     ↓
     ↓→ *Gurzija → Gruzija [ グ ' ルージヤ ] ロシア語
     ↓→  Gürcistan [ ギュルヂス ' タン ] トルコ語を始めとするチュルク諸語
     ↓→  Gürj [ ' グルチ ] モンゴル語
     ↓
   gorjestān gorj [ ゴルヂェス ' ターン/ ' ゴルヂ ] 現代ペルシャ語





〓というわけで、コーカサスの山中に、なぜ Georgia と呼ばれる国があるのか、について考えてみました。