“温泉” を掘ろうとして “油田” を掘り当ててしまった映画館。 | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

〓アッシがですね、ここんとこ、ほとんど毎日曜日のように詰めている映画館があります。


   神保町シアター (じんぼうちょう~)


です。「神保町シアター」 という名前ではピンと来ないヒトも、


   神保町花月の地下にある映画館


と言えばわかるでしょう。


〓地下鉄神保町の駅から、正直言って、少々おカッタルいくらいの距離にあるんですが、


   三省堂本店、東京堂書店、書泉グランデ、書泉ブックマート


といった、神保町の大規模な新刊書店のタダナカにある、といってよろしい。とりわけ、三省堂の入口は目と鼻です。


〓奇妙な三角の壁面を組み合わせた、大阪万博ふうの “神保町シアタービル” の2階が “神保町花月” で、地下が映画館の “神保町シアター” です。入口とカウンターは1つ。ロビーの真ん中にある発券カウンターをはさんで、右が “花月”、左が “映画館”。

〓そして、このロビーの真ん中を境目にして、まるで淡水域と海水域とが分かれているかのように、客層がまるでちがうのです。“花月” のほうは若い女性ばかり。“映画館” のほうは年配者ばかり


〓しかし、この事態は、おそらく、神保町シアターの支配人も想定はしていなかったと思うのです。エレベーターの無いのが、その何よりの証拠です。





  【 親方 「小学館」 なり 】


〓“神保町花月”、“神保町シアター” ともに、オープンは、ほぼ1年前の 2007年7月7日です。七夕さんですなあ。


〓おそらく、“花月” と “シアター” は同じビルの中にあるので、どちらも吉本興業が経営していると思われがちですが、映画館 “神保町シアター” は小学館が出資しておるのです。

〓それは、オープンからのラインナップを見ると一目瞭然です。


   『劇場版ポケットモンスター』
   『劇場版 「NARUTO ―ナルト― 疾風伝」』
   『ベクシル ―2077日本鎖国―』
   『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』
   『ALWAYS 続・三丁目の夕日』
   『マリと子犬の物語』


〓このラインナップじゃあ、支配人はやることがありません。お飾りです。ウラでどういうカケヒキがあったかはわかりませんが、オープンと同時に支配人の独自性がレイトショーにあらわれています。


   “こどもたちのいた風景” 毎日 午後6:45~ からのレイトショー


〓「レイトショー」 とは言い条 (じょう)、むしろ、一般の映画館の最終回の時間です。この時間設定が何をネラッているか、といえば、もちろん、


   神保町界隈 (かいわい) の勤め帰りの人たち


です。川本三郎氏を選者にして、昭和23年~44年の邦画が 10本選ばれています。稲垣浩、大島渚、今村昌平、成瀬巳喜男 (なるせ みきお)、久松静児 (ひさまつ せいじ) などが選ばれています。
〓このレイトショーは、一般向けオープニングの 2007年7月14日から8月17日まで行われ、ここでいったん中断します。



          あじさい       あじさい       あじさい



〓続きの事情を追う前に、この映画館の支配人は誰なんだろう?という点を調べてみましょう。親方 “小学館” を利用して、


   ナンとか、自分の納得ゆく映画をかけたい


という筋金入りの支配人は誰なのか?


   大矢 敏


〓1960年、新潟生まれ。もと 「三百人劇場」 の支配人。「ああ、なるほど!」 ですよ。2006年の年末で、老朽化のため閉鎖になった 「三百人劇場」 のスピリットが、こともあろうに、こんなところに出現していた。ええ、このヒト、アッシとほとんど同年代。なるほど、懐かしがる昭和の時代も同じだった。
〓申し訳ないのだけれど、ネットでは、“敏” という名前の読みもわかりませんでした。「さとし」 でいいのだろうか。





  【 風にころがる映画もあった 】


〓昨年、10月に、この当該ブログで、


   「ゼイタクな映画のみかた」
     http://ameblo.jp/nirenoya/entry-10052318208.html


という一文を書きました。まさに、この “神保町シアター” が、その本領を発揮し始めたころのハナシです。
〓この当時は、まだ、“神保町シアター” の経営母体とか支配人について、ナニも知りませんでした。ただ、


   「めっぽう、おもしろい映画のかけ方をしやがるなあ……」


という感想だけ。


〓昨年の秋の “神保町シアター” は、今から思うと、


   歴史的な転換点


を迎えていたわけです。ごく短い歴史ですけど。



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   “昭和30年代ノスタルジア”
        2007年10月20日~11月2日

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〓わずか2週間ではありますが、


   “ALWAYS 続・三丁目の夕日”


にかこつけて、ウマイことネジこんだんですね。確かに、小学館の担当者も、『三丁目の夕日』 の公開に合わせて、昭和30年代の邦画をかける、というアイデアには、ナンの疑いもなく賛成したハズです。
〓もちろん、アッシなんぞは、『三丁目の夕日』 なんぞどうでもよくて、16本にも及ぶ 「玉石混淆」 (ぎょくせきこんこう) の昭和30年代の邦画に身震いしたのでした。


〓オープニングのレイトショーから、この企画までのあいだが、約2ヶ月強。よくもまあ、うまく反撃に出たものです。しかも、今度はレイトショーじゃない。1日4本で、2週間のあいだ、ベタに30年代の邦画がかけられる。延べで 56本。


〓こりゃあね、ただごとじゃないんです。アッシは、映画館で 「ハリウッド・メジャー以外の映画ばかり」 を見るようになって 25年くらいになりますが、こんな企画が、どこであろうとムズカシイのはよくわかってます。

〓これが、たとえば、浅草とか上野あたりの映画館で、任侠モノとか、寅さんモノばかりかける、というならわかるし、あるいは、渋谷や阿佐ヶ谷あたりの映画館で、「映画評論家が高い評価を与えている邦画」 とか 「カルト的な人気を誇る邦画」 をかけるのならナンとかなるでしょう。


〓しかし、この “昭和30年代ノスタルジア” と銘打った特集には、


   『洲崎パラダイス 赤信号』 川島雄三


のような有名な映画も含まれているが、そうでない映画のほうが多い。正直言って、アッシは、16本中 11本は、まったく知らない映画だったんです。


〓おもしろいことに、この古い邦画特集に、そこそこ客が入ったんですね。





  【 そして石油が出た 】


〓しかし、“神保町シアター” は、まだ、模索中という感じでした。こうした企画が、次に登場するのは、年明けを待たねばなりませんでした。この間に、小学館の出資する子ども向けの映画が入っています。



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   “中村登と市川崑”
       2008年1月19日~3月7日

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〓市川崑監督の亡くなったのが、2月13日。まるで見計らったかのようなジャストのタイミングです。この特集のときには、すでに、入りは相当によくなっていました。アッシは、市川雷蔵 (らいぞう) 主演の 『破戒』 (市川崑) のときに、


   満員で入れない


という経験をしています。このずっとあとに、木下惠介 (けいすけ) 監督、池部良 (いけべりょう) 主演の 『破戒』 (こちらのほうが古い) を見ましたが、やはり、相当に客足が早かった。なぜ、みんな 『破戒』 が好きなのか、ふしぎ。



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   “時代劇、罷通る!” (まかりとおる)
       2008年3月8日~4月4日

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〓この企画は、監督特集ではないのですが、すでに “川本三郎” というような監修者の名前がありません。支配人が選んだのか。このあたりから、“神保町シアター” の真骨頂が発揮され始めたという感じがします。つまり、


   評論シバリのないプログラム


という感じがするんですね。『人情紙風船』 のような評価の定まった映画もあれば、『関の彌太ッペ』 (せきのやたっぺ) のような萬屋錦之介 (よろずや きんのすけ) にオンブの浪花節もある。そこに、『血槍富士』 (ちやりふじ) 内田吐夢 (うちだとむ) なんてのが紛れ込んでいる。
〓ナンというか、既成概念で選ばれていないあたりに、この映画館の良さがあるのですね。融通無碍 (ゆうづうむげ) という。


〓気がついてみれば、すでに、このタイプの企画が、切れ目なく続くようになっていました。



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   “没後十年 木下惠介 (けいすけ) の世界”
       2008年4月5日~5月9日

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〓たぶん、客層と、客の入りが決定的になったのは、この企画のあたりからです。ほとんどの映画に、年輩の客が殺到する。


〓アッシは、高峰秀子さんが大好きでして、もちろん、古い映画には、アッチにもコッチにも出ておられる。仕事をウマイこと片付けて、平日の午後から出かけたことも何回かありました。『カルメン故郷に帰る』 とか 『喜びも悲しみも幾歳月』 とか 『女の園』 とか。驚いたのは、


   平日の昼間の回の入りが、日曜日とたいして変わらない


ということです。そりゃそうだ。何たって、客の9割はシルバー割引で見ているのだ。ほとんどの客は、水曜だろうと、土曜だろうと、日曜だろうと、たいしたチガイはないのです。



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   “大映の女優たち”
      2008年5月10日~6月6日


   “五所平之助 (ごしょへいのすけ) と稲垣浩”
      2008年6月7日~7月4日

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〓もう常連客でイッパイという感じです。そこに、新規の客が来る。朝の1回目から夕方の4回目まで連続で見るオバアサン、なんてツワモノもいるようです。満員札止めは毎度のことのようで、ついこのあいだも 『煙突の見える場所』 が満員で入れませんでした。わざわざ別の平日に見て来ましたよ……


〓正直ネ、もう、“神保町シアター” は、


   年配者の殺到する名画座になった


と言っていいでしょう。これとさほど変わらないプログラムは、たとえば、渋谷の “シネマヴェーラ” とか、阿佐ヶ谷の “ラピュタ” でもやってきているのです。しかし、年配の客が殺到するようなことはなかった。


〓むしろ、渋谷や阿佐ヶ谷では若い客のほうが多い。たぶん、


   立地と、オープンした時期


がドンピシャだったのですね。つまり、若いころ映画館に通いづめだった、というような、下町の年配者は、たとえ、昔なつかしい映画がかかっていても、


   渋谷や阿佐ヶ谷には見に行かない


のは当然でしょう。下町のニンゲンの渋谷アレルギー、山の手アレルギーみたいなものは、アッシも足立生まれの足立育ちなので、よくわかる。神田の神保町なら見に行ってもいい、という気持ちもよくわかる。


〓それに、その時代の映画を若いころに見たヒトたちが、次々と定年を迎えている。実際、神保町シアターでは、従来のミニシアターでもあまりかからなかったような戦前の映画を、ジャンジャンかけておるのです。アッシも、子役時代の高峰秀子さんを、映画館のスクリーンで見られようとは思ってもいなかった。


〓つまり、大矢支配人は、ナンとか “温泉” を掘り当てようとしていて、“油田” の鉱脈をブチ抜いてしまったんですね。アッシも、この映画館に、これほどの客が殺到しようとは思わなかった。



          ブーケ1       ブーケ1       ブーケ1



〓実は、今日、金曜日も、仕事をテキトーに片付けて、稲垣浩監督特集の最終日の最終回を見てきたのです。三船敏郎 主演の 『無法松の一生』 です。戦前、というか、戦中のバンツマ (板東妻三郎) 主演の 『無法松の一生』 は検閲でズタズタにされてしまいました。稲垣監督がリベンジマッチで再映画化したものです。俥引きの松五郎が思いを寄せる未亡人が “高峰秀子” さんなんですね。美しい。当時で、30代なかば。


〓こういう映画館には、実に感謝です。いいですか。みなさん。それぞれの時代には、


   奇跡のように貴重な映画を見せてくれる映画館


というものがあります。それをいち早く嗅ぎつけなきゃだめだ。そういう映画館に金を落とす。それで潤った映画館に、また、貴重な映画を見せてもらう。どんな映画館も、永久にウマイこといくワケはない。お金を落とす。そして、利用させてもらう。
〓『ブレードランナー』 のルトガー・ハウアーのように、他のヒトが見ていない、いろんな映像を目に焼き付けませんと…… それが財産でっせ。





  【 “神保町シアター” がカケに出たハナシ 】


〓ええ、今日、7月5日からは2週間という短い期間で、



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   “吉本興業と花菱アチャコ”
       2008年7月5日~7月18日

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という特集をやります。
〓実は、驚いたのが、その次の企画なのですよ。



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   “ソビエト映画 ロシア文学全集”
       2008年7月19日~8月15日

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〓いよいよ、邦画から一歩踏み出すわけですね。日本の年配者にはロシア贔屓 (びいき)、ロシア文学好きのヒトが多いですが、これが吉と出るか凶と出るか。ソビエト映画特集は、大矢支配人も、三百人劇場時代からのオテノモノでしょう。


〓ただ、若干違っているのは、従来の有名監督だのみみたいなところがあまり見られないところです。ミハルコーフが 『オブローモフ』、『機械じかけのピアノ』 の2本、タルコーフスキイが 『ストーカー』 1本。
〓『ストーカー』 はストルガーツキイ兄弟だから確かにロシア文学です。しかし、『ソラリス』 はポーランド文学なので入れられなかったんですねえ。


〓官僚監督だったことから、評論家に敬遠されがちの “セルゲイ・ボンダルチューク” の作品が2本入っていたり、また、米国に亡命してしまったニキータ・ミハルコーフの兄の “アンドレイ・コンチャローフスキイ” の名作 『貴族の巣』、『ワーニャ伯父さん』 が入っている。


〓また、エリダール・リャザーノフの 『持参金のない娘』 とか、エミーリ・ロチャヌーの 『狩場の悲劇』、『ジプシーは空にきえる』 など、ビミョウに見る機会のない映画も入っている。


〓オリからのドストエーフスキイ・ブームの中で、この企画にどれだけの客が入るか。ナンとも気がもめます。これで入れば、他のソビエト映画も見られるかもしれない。もとより、三百人劇場時代の 「ソビエト映画特集」、「中国映画特集」 などは、年配の客も多かったのだ。


〓う~む、“神保町シアター” の守備範囲がどんどん広がってくれることを願ってやまないのであります。



          映画       カチンコ       映画



〓神保町シアターのホームページは↓
http://www.shogakukan.co.jp/jinbocho-theater/index.html





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  【 付記 】


〓神保町シアターで見た映画を、見た順番にすべて並べてみた。38本だった。5本見ると1本無料になるので、1,200円×32=38,400円である。これだけ見られて 38,400円ならば安い。



『永すぎた春』 田中重雄
『たそがれの東京タワー』 阿部毅
『鰯雲』 成瀬巳喜男
『渡り鳥いつ帰る』 久松静児
『穴』 市川崑
『雪之丞変化』 市川崑
『宮本武蔵』 稲垣浩
『決鬪般若坂』 伊藤大輔
『人情紙風船』 山中貞雄
『伊那の勘太郎』 滝沢英輔
『雪之丞変化』 衣笠貞之助
『江戸最後の日』 稲垣浩
『地獄門』 衣笠貞之助
『血槍富士』 内田吐夢
『治郎吉格子』 伊藤大輔
『素浪人罷通る』 伊藤大輔
『関の彌太ッペ』 山下耕作
『大曾根家の朝』 木下惠介
『破戒』 木下惠介
『カルメン故郷に帰る』 木下惠介
『カルメン純情す』 木下惠介
『破れ太鼓』 木下惠介
『太陽とバラ』 木下惠介
『永遠の人』 木下惠介
『喜びも悲しみも幾歳月』 木下惠介
『女の園』 木下惠介
『笛吹川』 木下惠介
『遠い雲』 木下惠介
『大阪の女』 衣笠貞之助
『マダムと女房』 五所平之助
『雲がちぎれる時』 五所平之助
『花篭の歌』 五所平之助
『白い牙』 五所平之助
『朝の波紋』 五所平之助
『伊豆の娘たち』 五所平之助
『新道』 五所平之助
『煙突の見える場所』 五所平之助
『無法松の一生』 <三船敏郎> 稲垣浩