『タクシデルミア』 ―― 取扱注意。 | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。


   タクシデルミア2  タクシデルミア1



〓昨日、見てきたんですよ。『タクシデルミア』


〓映画の分類で、よく、


   アート系
   エンターテイメント系


という分け方がありますね。しかしね、それ以外に、


   “どうかしちゃってる映画”


というのがあるんです。


   ドゥシャン・マカヴェイエフ Dušan Makavejev ユーゴスラヴィア
   アレハンドロ・ホドロフスキ Alejandro Jodorowsky メキシコ
   テリー・ギリアム Terry Gilliam 英国
   ピーター・グリーナウェイ Peter Greenaway 英国


〓この列にあらたに加わったのが、ハンガリーの


   Pálfi György [ ' パーるフィ ' ヂェルヂ ] パールフィ・ジェルジ


     ※ハンガリー人の名前は、日本と同じく、「姓+個人名」


ですよ。
〓2002年の 『ハックル』 で、もう、かなり “イッチャッて” たんですが、今回の映画で、突き当たりまで行っちゃいました。アッシは、まだ、パンフレットを読んでいないんですが、どうでしょう、


   監督自身のコメント


のタグイは、読まないほうがいいかもしれません。そもそも、近代以降の “作品” というものは、「作者が作品について語る権利」 はないんです。


〓解説も読んでいないんですが、おそらく、ハナシは第二次世界大戦の時代に始まります。しかし、まっとうな戦争さえ描かれません。ほとんどの日本人は知らないんですが、


   ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、フィンランド


は 「枢軸国」 側についていたんですね。いわゆる 「日独伊」 の側です。敗戦後は、ソ連邦に 「解放/占領」 されて “共産主義圏” に組み込まれました。映画でいうと 「大食い大会」 のところからです。
〓ヒトによっては、共産主義圏でホントウに 「大食い大会」 があった、と思いこむヒトもいるかもしれません。あの陣営では、食料品が豊富だったことなどなく、「大食い」 がエンターテイメントになる土壌などありませんでした。あるいは、


   非能率的な生産システムや、軍備増強などで、
   資源をムダにして、民生品は、
   恒常的に生産量が不足し、質も低レベルだった


ことを象徴しているのかもしれないし、そうではないのかもしれない。単に、


   「共産主義」 と 「大食い」


という、ヘンテコな組み合わせが面白かったからかもしれません。

〓剝製師の 「孫の世代」 は、共産主義崩壊後の世界ですね。ここから、怒濤のエンディングまでをどんなふうにとらえるのか、あるいは、何も解釈せずに、ありのまま受け取るのか、それは見るヒトの自由です。この時代のことなら、ワケーシでも肌で感じることができるわけですから。



〓“タクシデルミア” というのはハンガリー語ではありません。ラテン語です。


   taxidermia [ タクスィ ' デルミア ] 「剝製をつくる技術」。ラテン語


〓ハンガリー語では、


   állatkitömés [ ' アーッらトキテメーシュ ] 「剝製術」
    ↑
   állat [ ' アーッらト ] 動物
    +
   kitöm [ ' キテム ] 詰め物をする
    +
   -és [ ~エーシュ ] ~こと


と言います。ハンガリー語のタイトルを避けて、無国籍な映画にしたかったんでしょう。


   taxidermy [ 'tæksɪ ,dɚmi ] [ ' タクスィ , ダァミィ ] 英語
   taxidermie [ タクスィデル ' ミ ] フランス語


〓ラテン語といっても、古典ラテン語には見えない単語です。19世紀に造語されたようです。


   taxi-  τξις taxis [ ' タクスィス ] 「キチンと整えること」。ギリシャ語
    +
   derm- ← derma [ ' デルマ ] 「皮膚」。ラテン語
    +
   -ia [ ~イア ] 「~する技術」。ラテン語接尾辞
    ↓
   taxidermia [ タクスィ ' デルミア ] 「剝製術」


〓映画の中で、ハンガリー語で 「オ○○コ」 と言っていた単語は pina [ ' ピナ ] らしいですね。英語の cunt に当たる単語のようです。他の語義はないようです。






   ハックルcsekik


  【 『ハックル』 】


〓『タクシデルミア』 公開にともなって、前作の 『ハックル』 が再上映されています。2005年10月25日に、『ハックル』 について書いた文章を以下に掲げます


――――――――――――――――――――――――――――――




映画 『ハックル』。マス目のないクロスワード。 ── 2005年10月25日



〓昨日、公開されたばかりのハンガリー映画 『ハックル』 見てきました。
〓フシギな映画です。あたくしも映画は見ているほうですが、どんな映画にも似ていない。ハリウッド的エンターテインメントではないし、アート系でもない。ちょっと出会ったことのない文体の映画です。
〓世間では、「デヴィッド・リンチ」 のようだ、と言っています。しかし、リンチ以上に朦朧 (もうろう) とした映画なのです。あるいは、チェコのシュヴァンクマイエルと 「触感」 が似ているかもしれない。しかし、シュヴァンクマイエル以上に見るものを不安にさせます。
〓映画評論は、他の人たちがいくらでもやってくれるでしょうから、あたくしは、ちょと、別の作業を……




  【 『ハックル』 のパンフレットに書いてないこと 】


〓映画のパンフレットを買うと、いつも思うことです。「役に立たない」。知りたい肝心のことが、たいてい書いていない。「有名人の感想文集」 なんです。書いている情報も、たいていは、英語版のプレスシートの受け売り。「この映画を知って欲しい!」 という熱意が伝わってこないのです。こんなもんでいいか、という感じ……

〓『ハックル』 のパンフでは、「ハックル」 というコトバを、こう説明しています。


   ――――――――――――――――――――――――――――――
   29歳のパールフィ・ジョルジ監督作 『ハックル』 のタイトルは、
   しわくちゃ老人のしゃっくりの音からとられたものであり
   (ハンガリー語で 「しゃっくり」 は “ハックル” と発音する)、……
   ――――――――――――――――――――――――――――――


〓この説明は 「まちがい」 です。
〓ハンガリー語で 「シャックリ」 のことは


   csuklás [ ' チュクらーシュ ]


と言います。「シャックリする」 という動詞は


   csuklik [ ' チュクりク ]


です。

〓「シャックリじいさん」 の役名


   Cseklik Bácsi [ ' チェクりク ' バーチィ ] 「チェクリクおじさん」


というのは、


   Csuklik 「チュクリク」 → Cseklik 「チェクリク」


という語呂合わせなんです。(こういうことをパンフに書きなさい!)。そして、ハンガリー語でシャックリの音は、



   Hukk! Hukk! [ フック! フック! ]


です。この映画のタイトル “Hukkle”  というのは、監督の造語であり、かつて、ハンガリー語で Hukkle! がシャックリの音として使われたことはありません。Google Hungary で検索しても Hukkle! が擬音語として使われている例は1つもあがってきません。また、ハンガリーのサイトであるにもかかわらず、「Hukkle は、シャックリの擬音語」 と説明しているページもあるくらいです。
〓また、Hukkle は 「ハックル」 と発音するのではありません。


   Hukkle [ ' フックれ ]


〓そうなのです。ハンガリーでは綴りどおりに 「フックレ」 と読まれているのです。「ハックル」 というのは 「英語読み」 です。日本人の悪いクセです。世界のあらゆる文化を 「英語の枠にはめて理解しようとする」。
〓もっとも、ここには監督の 「いたずら心」 も垣間見えます。つまり、Hukkle という綴りは、英語の


   huckle [ 'hʌkl ] [ ' ハクる ] 腰 (=hip)


を想起させます。英語の話者でも、めったに使わない単語だと思いますが、hip と同義です。むしろ、huckle-bone 「腰骨」 で、よく使うようです。
〓自分の映画が英語圏に出て行ったときに、タイトルに引っかかってくれるようにという、「釣り針とエサ」 だったのかもしれません。




  【 ハンガリー人の名前 】


〓ハンガリー人の名前は、「姓-名」 の順に書きます。日本と同じなのです。監督の 「パールフィ・ジェルジ」 も、この語順です。


   Pálfi György [ 'pa:lfi 'ɟœrɟ ] [ ' パーるフィ ' ヂェルヂ ]
     ※ [ ɟ ] は、日本語の 「ヂ」 と 「ギ」 の中間の子音です。


〓「パールフィ」 が姓で、「ジェルジ」 が名前です。英語の George ですね。ややこしいことに、ハンガリー人は、日本人と同様、海外で名乗るときに、「名-姓」 の語順を使うことが多いのです。世界のウェブ全体で検索すると “Palfi Gyorgy” 系と “Gyorgy Palfi” 系が、ほぼ同数くらいあがってきます。

〓物語のカギを握る 「産婆」 のおばあさんに扮するのは


   Rácz József [ ' ラーチ ' ヨージェフネー ]


という80歳の老婆ですが、この人の 「ラーチ・ヨージェフネー」 という名前に注目です。ハンガリーでは、既婚女性は、


   「夫の名前 + -né (ネー)」


で名乗ることがあります。つまり、「ラーチ・ヨージェフネー」 というのは、「ラーチ・ヨージェフ夫人」 という意味で、


   当人の本来の名前は、どこにも入っていない


のです。これもハンガリー人の名前の名乗り方の特徴の1つです。




  【 スズランの意味 】


〓ここから書くことは、「人によってはネタバレというかもしれない」 ことです。でも、コレを知らないと、「映画を最後まで見ても、まったく意味がわからない」 ことにもなるし、


   肝心なことなのに、パンフレットには何も書いていない


のです。それは、


   「スズランには毒がある」


ということです。スズランならウチの庭にもあるよ、という人もいるでしょう。そういう人は、子供やペットがスズランを口にしないように注意する必要があります。スズランは、そのすべての部分に毒を含み、特に 「花と根」 には


   コンバラトキシン、コンバラサイド


という毒を多量に含みます。この毒は、「痙攣、呼吸困難、心不全」 を起こし、死をもたらします。スズランの切り花を生けておいた水を飲んだ子供が死亡した例もあるそうです。