「ブラジャー」 は “フランス語じゃあ” って言うけれど…… | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

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〓ええと、「からだ巡茶」 (めぐりちゃ) のCMですよ。正月そうそう、広末涼子 さんのセリフが入れ換わってる。

〓このCM、コカコーラのホームページによると、

   「さよならハロー・フープ」 篇

というらしい。昨年の 10月24日より放送されています。


〓アタシャね、

   どきっ! ドキドキ

としたんですよ。だってね、広末涼子さんが、



   「ブラジャーが透けるほど、汗をかいた最後って、いつだろう」


って言うんですもん。これね、「ブラが透けるほど……」 でも、まだ、インパクトがありますよ。それが、アアタ、「ブラジャーが透けるほど……」 って。



〓ふつう、女性は、「ブラジャー」 って言わないと思うんですよ。「ブラ」 でしょ。チョイと前にですね、日本テレビの 「恋のから騒ぎ」 でですよ、“さんま師匠” が、

   「パンティー、パンティー」

と、“パンティー” を連呼しながら、“パンティーの話” をしていたら、「から騒ぎメンバー」 から大ブーイングですよ。

   「女の子は、パンツって言う!」

〓さんま師匠、チョッとひるんでから、

   「なんやぁ、パンティーはパンティーでええやないか」

言うてはりましたが、なるほど、女性は “パンツ” って言うんでしょう。

   インナーが 「パンツ」 右下矢印
   アウターが 「パンツ」 右上矢印

ですね。

〓たぶん、そんなんで、やっぱり広末涼子さんの 「ブラジャーが透けるほど……」 にオロロイタんだと思うのね。
〓それが、アアタ、正月になったら、同じCMの広末さんのセリフが入れ換わってる。



   「こんなに汗をかいた最後って、いつだろう」


って、あたりさわりのないコトバになってる。ウラで何があったのやら。
〓CMのスタッフは、HPに明記されていて、コピーライターの名前として、

   金箱洋世/東畑幸多

と記されています。金箱洋世 (かねはこ ひろよ) というヒトは電通のプランナー、東畑幸多 (とうはた こうた) というヒトは電通のコピーライターらしいですが、インターネットでは詳しいことがわかりません。


〓「ブラジャーが透けるほど」 で Google を検索してみたら、

   なんと 9,140件  叫び

〓なるほど、アッシがドキッとするくらいだから、世間では、すでに “侃々諤々喧々囂々” であったらしい。2ヶ月チョイでセリフを入れ換えた、ということは……ということですよね。もっとも、すでにインパクトを与えちゃったあとだから、「もういいか」 ってことかしら。いわゆる “確信犯” 的なのね。






  【 「ブラ」 って言うけど…… 】


〓このセツ、「ブラジャー」 ってフルネームで言うことは少ないですね。なんか、生々しいし、なまめかしい。「ブラ」 ですよね。「ブラジャー」 っていうのは、英語から入っているんですけど、「ブラ」 っていう略し方も、英語と同じです。偶然そうなったのか、英語にならったのか、そこんところはわかりません。

〓英語では、英米で、かなり発音が違います。



   brassiere, brassière
     [ brə'ziɚ ] [ ブラ ' ズィア ] 米国音
     [ 'bræzɪə, -sɪə ] [ ブ ' ラズィア、~スィア ] 英国音

   bra [ 'brɑ(:) ] [ ブ ' ラー ] 英米同音


〓口語で brassiere を使うことは稀でしょう。書きコトバでも bra が優勢だと思います。


〓英国と米国で、アクセントの位置が、まるで違いますね。これね、フランス語からの借用語では、ヒンパンに見られる現象なんです。

   「米国音」 は、フランス語のアクセントを保持し、
   「英国音」 は、アクセントの位置を英語化してしまう

〓これね、他の言語からの借用語でも見られる傾向なんです。つまり、

   「米国音」 は、原音に近く、
   「英国音」 は、発音を英語化してしまう

〓たとえば、ドイツ語から借用した 「ダックスフント」 Dachshund を見てみます。


     【 ドイツ語音 】
   [ 'dakshʊnt ] [ ' ダクスフント ] 「ダックスフント」

     【 米語音 】
   [ 'dɑ:ksˌhᴜnt ] [ ' ダークス ̩ フント ] 「ダークスフント」
   [ 'dɑ:ksənt ] [ ' ダークサント ]  「ダークサント」
   [ 'dɑ:ksənd ] [ ' ダークサンド ] 「ダークサンド」

     【 英語音 】
   [ 'dæks(ə)nd ] [ ' ダクスンド ] 「ダクスンド」
   [ 'dæʃ(ə)nd ] [ ' ダシュンド ] 「ダシュンド」


〓前にも書きましたが、最近の日本人がよく使う 「ダックスフン という発音は、

   ドイツ語にも英語にもない読み方

です。こうして見ると米語がドイツ語に忠実なことがわかりますね。語中の h 音が脱落してしまうのは、英語が本来持っているクセです。


〓ところでですね、英語の辞典で brassiere の項目を見れば、たいてい、


   [ 語源 ] フランス語 brassière 


と書いてあるハズです。

〓ところが、フランス語を学んだことのあるヒトなら、奇妙なことに気づくと思います。

   【 brassière 】 [ bʁa'sjɛ:ʁ ] [ ブはスィ ' エーふ ]
     (赤ちゃん用の) 長袖シャツ、長袖セーター。
     (肩ヒモが本体と一体になった) かぶるタイプのブラ。
     (かぶるタイプの) スポーツブラ


   
        brassiere_bebe  brassiere



〓フランス語では、こういうものを brassière 「ブラシエール」 と言います。なんでこうなるんでしょうね?


brassière 「ブラシエール」 という単語を、よく見てくださいよ。

   【 bras 】 [ 'bʁa ] [ ブ ' ラ ] 「腕」。フランス語



から派生しています。英語の bra と発音がソックリなのが笑えます。英語の arm ですね。



〓古フランス語では、まだ、「腕」 に対して brac [ ブ ' ラッツ ] という発音も残っていました。語末の -c [ ts ] が、古フランス語の時代に -s [ s ] となり、 bras [ ブ ' ラス ]。そののち、 -s の音が落ちて、現代語の 「ブラ」 になります。


〓もとはと言えばラテン語で、もっとイカメしい語形をしていました。

   brachium [ ブ ' ラきウム ] 「腕」。古典ラテン語
    ↓
   braciu(m) [ ブ ' ラツィウ(ム) ] 俗ラテン語
    ↓
   brac [ ブ ' ラッツ ] 古フランス語
    ↓
   bras [ ブ ' ラス ] 古フランス語
    ↓
   bras [ ブ ' ラ ] 現代フランス語



〓そして、古フランス語には、現代フランス語では消えてしまった brac からできた動詞がありました。

   bracier [ ブラツィ ' エル ] 12世紀~
     (1) 腕を動かす。
     (2) たたかう。
     (3) 耕す。
     (4) 抱く。

〓そして、この動詞からつくられたのが、

   braciere [ ブラツィ ' エール ] 13世紀末~
     (女性、子ども用の) 上半身に着る短い寝間着


     
        brassiere_classique


です。
〓なぜ、 bracier などという動詞を使ったか? これについては、説明や解釈が見つからないんですが、おそらく、もともとは、後ろで留めたんではないか、と思うんですね。こういう寝間着を着るのは、もちろん、庶民ではありません。ですから、女性や子どもの服が、後ろで留めるようになっていても不思議ではない。
〓すると、ちょうど、

   「寝間着が着るヒトを “抱く” ような形になります」

〓今でも、赤ちゃん用の brassière の多くは、後ろで留めるものが多いようです。

〓中世フランスの寝間着であった 「ブラシエール」 は 16世紀に下着に転じました。その形と呼び名はそのままで、「タンクトップの上半分」 ―― 英語で言う crop top 「クロップトップ」、日本語で言う “ハーフトップ” ―― のような下着を指すようになりました。


〓それで、現代フランス語における brassière の奇妙な使い方の理由がわかってきます。つまり、フランス人は、


   上半身に着る 「ごく丈の短い肌着」


というククリで、この単語をとらえているわけです。だから、「赤ちゃん用のシャツ」 と 「女性用のスポーツブラ、肩ヒモ一体型ブラ」 を同じ単語で呼ぶわけです。



〓ところで、古フランス語期に c [ ts ] 音は [ s ] 音に変化したので、綴りも s になりました。ただし、母音間の -s- は [ z ] と発音するため、母音間にあった -c- は [ s ] 音化すると同時に -ss- と綴られるようになります。それゆえ、

   braciere → brassière

となるわけです。この c → s, ss の変化は、ノルマン・コンクエストののちに起こったものなので、同じ単語なのに 「英語のほうに古い綴り」 が残っていることがあります。

   embracier [ エンブラツィ ' エル ] 「抱く」。古フランス語
    ↓
   embrasser [ アんブラ ' セ ] 現代フランス語
   embrace [ エンブ ' レイス ] 現代英語



〓あるいは、フランス語の内部でも、同源の単語が c と s, ss に分かれてしまっています。

   bracelet [ ブラツ ' れす ] 「腕、鎧の小手、腕輪」。古フランス語
    ↓
   bracelet [ ブラス ' れ ] 「腕輪、ブレスレット」。現代フランス語
   bracelet [ ブ ' レイスりット ] 「同上」。現代英語



〓この単語は、 brac に -el, -et と二重に指小辞がついた “指小形” でしょう。“指小形” は、「小さな~」 を意味することもあるし、単に、もとの単語の 「口語形」 である場合もあります。
〓現代フランス人でも、 bracelet が bras に関係あることはわかるでしょうが、なぜ、 -ce- が出てくるのかは悩むところかもしれません。




   げたにれの “日日是言語学”-キャドルのビアンエートル
    現在の Cadolle のホームページに掲載されている、コルセットを上下に分割した下着。

    Le Bien-Être (ル・ビアネトル <満足感、幸福>) という名称だった。




〓1900年のパリ万国博覧会に、フシギな女性用下着が展示されました。


   コルセットを上下に、真っ二つにしたもの


です。これは、パリで 「仕立て下着店」 を営んでいた “エルミニー・キャドル” Herminie Cadolle の発明したもので、女性がラクに着られるようにと、コルセットを上下に分割し、今で言う 「ブラジャー」 と 「ウエストニッパー」 に分けたのでした。

〓万博での評判がよかったらしく、キャドルは、上半分だけを、


   soutien-gorge [ スゥティアん ' ゴふジュ ]


として売り出しました。英語ふうに直せば 「バスト・サポーター」 という意味です。
〓これが現代的なブラの元祖ですね。フランス語では、現在でも、「ブラジャー」 のことは soutien-gorge と言います。ときに、 maintien-gorge [ マんティアん ' ゴふジュ ] とか gorgerette [ ゴふジュ ' へット ] などと呼ばれることはありましたが、基本的に名前は変わっていません。
〓フランスの 『ラルース』 には、早くも soutien-gorge で 1904年 (明治37年) に採録されています。



〓しかし、どういうワケなのか、英国では brassière と呼ばれることになりました。


〓それというのも、英語でも 18世紀から 「女性用の上半身に着る下着」 underbodice をフランス語と同様に brassière と呼んできたからです。胸から上を覆う肌着なので、用途は違っても、「覆う部分が同じ」 なんですね。
〓つまり、英国人が、フランス人に相談もせずに、フランス語の brassière を 「ブラジャー」 の意味に転用したのです。ですから、



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   フランス人は、brassière という単語が 「ブラジャー」 を意味するなんて、
   
ユメにも思っていなかったし、フランス語で brassière
   「ブラジャー」 を意味したことなんて一度もない

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のです。


〓おそらく、英国人は soutien-gorge という長ったらしい単語を見て、「ダメだこりゃ」 と思ったんでしょう。『オックスフォード・イングリッシュ・ディクショナリー』 は、1912年 (大正元年) に brassière を採録しています。




〓以上のイキサツを単純にまとめるなら、



   brassière は “英製フランス語”


ということですね。


〓ここで、もう一度、日本の英和辞典の語源の記述を思い出してみましょう。

   [ 語源 ] フランス語 brassière

〓う~ん、どうなんでしょう。不親切この上ないですね。



〓ときどき、 bassière の語源を、フランス語の 「鎧の “小手” の意味」 と書いてあるものを見ますが、これは誤りです。古フランス語の braciere にそのような意味はなく、「鎧の “小手”」 を意味したのは bracelet のほうです。
〓後世に、 jambière [ ジョんビ ' エール ] 「鎧の “すね当て”」 にならって brassière を流用したものでしょう。



〓今日は、「ブラジャー」 の語源が、フランス語の “腕” であり、なぜ、“腕” が 「ブラ」 に転じたか、というオハナシでござりました。