「ねずみ」 づくし。 | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

『古事記』 の上巻 (かみつまき) には、次のごとく 「ネズミ」 が出てまいります。日本語で書かれた文章で、初めて “ネズミ” というコトバが書かれた例です。

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(かれ)、詔 (の) りたまひし命 (みこと) の隨 (まにま) に、須佐之男命 (すさのおのみこと) の御所 (みもと) に参到 (まゐいた) れば、其の女 (むすめ) おとめ座 須勢理毘売 (すせりびめ) 出で見て、目合 (まぐはひ)(し) て、相婚 (あ) ひたまひて、還り入りて、其の父に白 (まを) しけらく、


   「甚 (いと) 麗しき神来ましつ」 ドキドキ


とまをしき。爾 (しかる) に其の大神出で見て、


   「此は葦原色許男 (あしはらしこを) と謂ふぞ」 むっ


と告 (の) りたまひて、即ち喚び入れて、其の蛇 (へみ) の室 (むろや) に寝しめたまひき。


(ここ) に其の妻須勢理毘売命、蛇の比礼 (ひれ) を其の夫 (ひこぢ) に授けて云 (の) りたまひけらく、


  「其の蛇咋 (く) はむとせば、此の比礼を三たび挙 (ふ) りて打ち撥 (はら) ひたまへ」


とのりたまひき。故、教の如 (ごと) せしかば、蛇自ら静まりき。故、平 (やす) く寝て出でたまひき。亦来る日の夜は、呉公 (むかで) と蜂との室に入れたまひしを、且 (また) 呉公蜂の比礼を授けて、先の如教へたまひき。故、平く出でたまひき。


いて座 亦鳴鏑 (なりかぶら) を大野の中に射入れて、其の矢を採らしめたまひき。故、其の野に入りし時、即ち メラメラ 火を以ちて其の野を廻 (もとほ) し焼きき。是に出でむ所を知らざる 叫び 間に、鼠来て云ひけらく、


   「内は富良富良 (ほらほら) 外は須夫須夫 (すぶすぶ)


といひき。如此 (かく) 言へる故に、其処 (そこ) を蹈 (ふ) みしかば、落ちて隠 (かく) り入りし間に火は焼け過ぎき。爾 (ここ) に其の鼠、其の鳴鏑を咋ひ持ちて、出で来て奉りき。其の矢の羽は、其の鼠の子等 (こども) 皆喫 (くら) ひつ。
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〓のちに 「大黒さま」 と同一視される 「大国主」 (おおくにぬし) が、

   「根の国」

と呼ばれる 「スサノオノミコト」 の国を訪れました。「根の国」 は、今の出雲に比定され、“根” と言われるように、「根源の地」 のような意味合いがあったと、民俗学者たちは考えてきました。
〓また、「根の国」 と言う名から、“地下の国” そして “黄泉の国” というとらえられかたもしてきました。しかし、

   「根の国」 = “あの世” というわけではない

ようです。
〓その 「根の国」 を訪れた 「大国主」 は、スサノオノミコトの娘である 「スセリビメ」 と、たがいに一目惚れしちゃったんですね。
〓明石家さんまさんは、「娘が男を連れてきたら……なんて考えられへん」 なんて、よう、言うてますが、

   「もんのすごくイケメンの神様がいらしたのよん ドキドキ

と語る娘のスセリビメに、パパは心おだやかでない。片マユがツリ上がったまま、トホウにくれちゃった。
〓そこで、スサノオノミコトは、一計を案じて、大国主を、「蛇のいる部屋」 だの、「ムカデや蜂のいる部屋」 だのに寝起きさせるんですよ。ヤマタノオロチを退治したオッサンも、こと娘のことになると姑息も姑息。
〓娘にすべて見抜かれていて、蛇やムカデや蜂をよける秘密道具 「ひれ」 を大国主に渡していました。「ひれ」 というのは、

   波、風を起こしたり、鎮めたり、あるいは、蛇・毒虫などを追い払う呪力を持った布のこと

です。
〓ナントナク、ギリシャ神話の 「アリアドネーの糸」 を思い出します。アリアドネーは、クレタ島のミノス王の娘です。兄弟には、ヒトと牛との子である ミーノータウロス おうし座 という獣人がいました。
〓ミノス王は、大工のダイダロスに命じて、迷宮 「ラビュリントス」 をつくらせ、その中に、ミーノータウロスを幽閉します。そして、生贄として、9年に一度、アテーナイから、7人の青年と7人の乙女を送らせていました。

   Λαβύρινθος Labýrinthos [ ら ' ビュリンとス ]

は、英語では labyrinth [ ' らビリンす ] となります。日本語で、迷宮を “ラビリンス” ということがあるのは、ここから来ています。
〓3度目の生贄が送られるときに、アテーナイの勇者 テーセウス 柔道 が、ミーノータウロスを退治すべく、みずから志願していました。このテーセウスをひと目見たアリアドネーは、ビビビッと恋に落ちちゃった。 ラブラブ! それで、異父兄弟よりもイケメンを取った。テーセウスに、魔法の剣と 「糸玉」 をあたえたんです。
〓つまり、一度入ったら出られない迷宮から生還できるように、入り口から糸玉をほぐしながら進んでゆくように助言したわけですよ。
〓こういうハナシというのは、洋の東西を問わないんだな。

〓大国主が、蛇にもムカデにも蜂にも倒れずに生き残ったので、業を煮やしたスサノオは、

   広い広い原中に 「鳴鏑」 (なりかぶら) という音を立てて
   飛ぶ矢を射ておいて、大国主に 「取って来い」 と命じた



わけです。広い野っぱらで、大国主が 「鏑矢」 を探していると、またも姑息や姑息。スサノオノミコトは、野に火を放ったのですよ。メラメラ
〓TVドラマならクライマックスですがな。画面は、アカルイマックスですけど。大国主も、

   「なむさん、これまでか」  ショック!

と観念したかもしれない。すると、ここに「ねずみ」 なるものが登場するのです。日本語で初めて登場した 「ねずみ」 です。

   「コッチですコッチです」

と言ったかどうかはわからない。「外から見ると小さくて入れないような所ですけど、中はガランドウなんですよ」 という意味のことを言いました。「ウチはホラホラ、ソトはスブスブ」。岩屋でもあったのかしらん。大国主がその中に隠れているあいだに、野火は鎮火しました。
〓そこにネズミが、例の鏑矢 (かぶらや) を持ってきました。でも、矢の羽根は、子ネズミが囓ってなくなっちゃってた、というサゲまでついてます。

〓この 「ネズミ」 という生き物、

   根住み

ではないか、と言われています。根の国の生き物。地下に住む生き物。
〓そんなイキサツで、後世、「大黒さま」 のお遣い姫はネズミということになりました。


     
     大黒様とねずみ


〓お隣、韓国では、ネズミを chwi 「チュイ」 と言います。少し古い発音では、

   chü [ ʧy ] [ チュ ]

と言いました。「ネズミの鳴き声」 に由来するんでしょうか。「鼠」 の漢字音は

     [ sɔ ] [ ソ ]

です。中国語での中古音から現代普通話までの音変化は、

   【 鼠 】 [ ɕ i o ] [ シオ ] → [ ɕ i u ] [ シウ ] → [ ʂ i u ] [ しウ ] → [ ʂ u ] [ シュー ]

であり、「チューチュー」 言う音が出てきたことはありません。なので、韓国語の  が、漢字音に由来する可能性はあまり考えられません。


〓印欧語では、

   *mūs- [ ムース ] ネズミ

と言っていました。
〓この単語は、広く印欧語に見られます。

   *mūs- [ ムース ] 印欧祖語
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   *mūs- [ ムース ] ゲルマン祖語
   mūs [ ' ムース ]   pl.  mȳs [ ' ミュース ] 古英語
   mouse [ ' マウス ]   pl.  mice [ ' マイス ] 現代英語
   Maus [ ' マウス ] ドイツ語
   muis [ ' モイス ] オランダ語
   mus [ ' ミュース ] スウェーデン語
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   myšь [ ' ムィシ ] 古スラヴ語
   мышь mysh [ ' ムィし ] ロシア語
   миша misha [ ' ミーしゃ ] ウクライナ語
   mysz [ ' ムィし ] ポーランド語
   мишка mishka [ ' ミーシカ ] ブルガリア語
   myš [ ' ミシ ] チェコ語、スロヴァキア語
   miš クロアチア語
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   mus [ ' ムース ] ラテン語
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   μῦς mȳs [ ' ミュース ] 古典ギリシャ語
   μυς mis [ ' ミース ] 現代ギリシャ語 (現代語では “筋肉” の意)
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   موش mūsh [ ' ムーシュ ] 現代ペルシャ語
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   मूष mūṣa [ ムーしゃ ] サンスクリット


   मूषिक mūṣika [ ムーしカ ] サンスクリット



〓この語彙表を見て、奇妙なことに気づきませんか? そうです。ラテン語のあとに、ロマンス語の単語が1つもない。たとえば、フランス語では、

   souris [ スゥ ' リ ] 現代フランス語

と言います。なぜか?
〓それには、ラテン語の変化を知る必要があります。

   mūs [ ' ムース ] 主格
   mūrem [ ' ムーレム ] 対格
   mūris [ ' ムーリス ] 属格
   mūrī [ ' ムーリー ] 与格
   mūre [ ' ムーレ ] 奪格
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   mūrēs [ ' ムーレース ] 複数主格・対格
   mūrum [ ' ムールム ] 複数属格
   mūribus [ ' ムーリブス ] 複数与格・奪格


〓斜格では、なぜか、語幹が mūr-  になっています。どうしてか?
〓ラテン語では、古典ラテン語が成立する以前に、

   母音間の -s- が [ z ] に有声化し、そののち、ロータシズムによって、[ r ] 化する

という現象が起こっていました。「ロータシズム」 rhotacism を詳しく説明しているヒマがないので、わかりやすく言うと、「カドのウドン屋」 が 「カロのウロン屋」 になってしまう現象に似たものです。
〓そのため、「ネズミ」 というラテン語彙で、本来の 「語幹」 を保存しているのは主格だけになってしまいました。

〓ところでですね、ラテン語には、

   mūrus [ ' ムールス ] 壁

という単語がありました。この単語は、どう変化するでしょう。

   mūrus [ ' ムールス ] 主格
   mūrum [ ' ムールム ] 対格
   mūrī [ ' ムーリー ] 属格
   mūrō [ ' ムーロー ] 与格、奪格
   ──────────
   mūrī [ ' ムーリー ] 複数主格
   mūrōs [ ' ムーロース ] 複数対格
   mūrōrum [ ' ムーロールム ] 複数属格
   mūrīs [ ' ムーリース ] 複数与格・奪格



〓同じ語形が、mūrī, mūrum にあらわれてますね。 「壁」 と 「ネズミ」 という単語が似ているのは、どうにもまずい。こういうふうに、よく似た単語がバッティングすると、どちらかが消える、というのが、言語の一般的法則です。フランスの民衆の話す 「俗ラテン語」 では、mūs は、

   sōrex, -ricis [ ' ソーレクス ] 地ネズミ

という単語で代用されました。以下に、現代ロマンス語の 「ネズミ」 と 「壁」 という単語を並べてみましょう。

   topo [ ' トーポ ] イタリア語。ネズミ
   muro [ ' ムーロ ] イタリア語。壁

   ratón [ ラ ' トン ] スペイン語。ネズミ
   muro [ ' ムーロ ] スペイン語。壁

   souris [ スゥ ' リ ] フランス語。ネズミ
   mur [ ' ミュール ] フランス語。壁

   rato [ ' ラット ] ポルトガル語。ネズミ
   muro [ ' ムールゥ ] ポルトガル語。壁



〓愉快ですね。「ネズミ」 という単語はテンデンバラバラなのに、「壁」 という単語は揃っている。西ローマ帝国崩壊後に、各地で、勝手に言い換え語を選んだことがわかります。
〓イタリア語の topo は、ラテン語の talpa [ ' タるパ ] 「モグラ」 の転用です。「トッポ・ジージョ」 の “トッポ” が、この topo です。ホントウは、「トーポ・ジージョ」 “Topo Gigio” なんですね。
〓フランス語は、先に書いたとおりです。スペイン語、ポルトガル語では、rat の仲間が出てきていますね。

〓英語で言う rat のタグイの語彙は、mouse の系統より、はるかに新しく、語源は定かではありません。ゲルマン語で、中央アジア産の 「黒くて、より大きく、人家・店舗・船舶に被害をもたらすネズミ」 を指したようです。

   *rattōn [ ラットーン ] ゲルマン祖語
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   ræt [ ' ラット ] 古英語
   rat [ ' ラット ] 英語
   rato, ratta [ ' ラト、' ラッタ ] 古高地ドイツ語
   Ratte [ ' ラッテ ] ドイツ語
     Ratze [ ' ラッツェ ] ドイツ語方言形
   rat [ ' ラット ] オランダ語
   rotte  低地ドイツ語、デンマーク語
   råtta  スウェーデン語
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   ratto [ ' ラット ] イタリア語
   rata [ ' ラータ ] スペイン語
   rat [ ' は ] フランス語
     rate [ ' はット ] フランス語。「雌ネズミ」
     raton [ ' は ' トん ] フランス語。「子ネズミ」
   rato [ ' ラット ] ポルトガル語
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   rotta [ ' ロッタ ] フィンランド語
   rott  エストニア語


〓フランス語では、1175年に、初めて rat [ ' ラット ] という語形で記録されています。


〓というようなわけで、年の初めに 「ねずみ」 というコトバについて、いろいろと考えてみました。
〓では、みなさん、本年もどうぞ、よろしうにお願い申し上げまちゅう。