「ズボン」 の語源説をさらってみる。 | げたにれの “日日是言語学”

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〓「ズボン」 の語源を聞いたことがありますかい? たいていの “国語辞典” には、

   フランス語 jupon から

って書いてある。この “jupon” なる単語がヤッカイでして、

   【 jupon 】 [ ジュ ' ポん ] ペチコート

なんどす。
〓青年諸君の中には、「ペチコートってナンだ?」 という向きもござんしょう。英語で petticoat [ ' ペティ , コウト ]。スカートの下にはく、スカートと同じ形状の下着で、保温および、上に着けるスカートの形をきれいに出すための土台の働きをしました。米語では half slip。現代では、使うことも少ないでしょう。

〓きのう見たとおり、 jupon というのは、アラビア語 جبة jubba 「ジュッバ」 の指大形です。「 jupe + 指大辞 -on 」 で派生しているんですね。こいつは、もともと、ペチコートなんぞを指したんじゃありません。
〓14世紀初出ですが、



   騎士が鎖帷子 (くさりかたびら) の上に着る綿入りの陣羽織


を指しました。写真は昨日分をご覧ください。ほぼ、時を同じうして、ノルマン人の支配していた英国にも jupon で登場しているようです。
〓腰をしぼっていないダボッとしたシルエットは、女性のシュミーズを思い起こさせます。

   enjuponner [ アんジュポ ' ネ ] (男性が)「胴着を着る」。1532年

〓16世紀には、まだ、 jupon = 「ペチコート」 になっていないことがわかります。

   juponné [ ジュポ ' ネ ] (女性が)「ペチコートをはいた」。1800年

〓1800年には、 jupon の義が 「ペチコート」 に転じていることがわかります。どうやら、1532年~1800年のどこかで、 jupon の意味が転じているんですね。

〓まあ、それはいいとして、明治元年が 1868年ですから、フランス語の jupon が日本語で “ズボン” になったのだとしたら、当時のフランス語の jupon の語義は、どう逆立ちしたって 「ペチコート」 以外のナニモノでもありません。

〓どうも、アタシは、この説が好きになれませんで、おそらく、正しくないだろうと思うんですね。根拠は? ありません。直感です。1日に2つや3つの語源説の真偽をただしていると、「こりゃあないな」 というのを感じるんですね。
〓「直感」 では申し訳ないので、同じ時代に、フランス語から日本語に借用されたコトバを並べてみましょうか。

〓「ズボン」 というコトバの初出は、次のとおりです。



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   當今 (このごろ) の放歌 (はなうた) にざんぎり天蓋 (あたま) を敲 (たた) いて
   みたれば文明開化の音がすると実 (げ) にや西洋各国と交際 (まじわり)
   うちひらけしより半髪青天 (はんぱつせいてん) 因循姑息 (いんじゅんこそく)
   ぞろり着流す長袖は餘処 (よそ) の見る目におどろしく

   「チョッキ」 「マンテル」 沓 (くつ) 「ズボン」

   袢天腹掛股引 (はんてんはらがけももひき) の使者も腰の手ぬぐひを

   二重 (ふたえ) まわりの後結び (しりむすび) (かの) 兵児帯 (へこおび)

   挟まれては太平楽のちうッぱらも洋語 (ようご) に舌を巻込まれ
   底ともしらぬ大洋を苦もなく航 (わた) る萬国めぐり沖をこへ……


                               『西洋道中膝栗毛』 第九編 上 冒頭部分 1871年 仮名垣魯文
   ────────────────────



     hizakurige_boutou      hizakurige.suesu

      『西洋道中膝栗毛』 第九編 上 冒頭部分。      このような挿絵の入ったページもあった。

 



〓これは仮名垣魯文 (かながき ろぶん) が、明治3年から9年 (1870~1876) にかけて出版した滑稽本で、『東海道中膝栗毛』 にならい、弥次郎兵衛 (やじろべえ)、北八 (きたはち) の二人にロンドン見物をさせるというものですが、魯文じしんは洋行などしたことがなく、

   西洋事情を啓蒙的に広める作品というより、
   西洋流行りに便乗した、単なる滑稽本


です。
〓ですので、 「ズボン」 がこの本で初出であったとしても、その少し以前から、世間一般ではよく知られていたコトバであったはずです。


〓実際、 「チョッキ」 のほうは、4年前の 1867年に初出があります。「マンテル」 は、オランダ語の mantel が語源で、この仮名垣魯文の使用したものが初出です。
〓「チョッキ」 のほうは、面白いことに語源がテンでハッキリしていません。おそらく、「ズボン」 に類する 「巷間から生まれたコトバ」 ということでしょう。
〓名のある学者などが紹介した外来語は、たいていの場合、その語源は一目瞭然なのが普通です。

〓この明治4年に登場した 「ズボン」 の前後で、どんなフランス語が借用されているか見てみましょう。なお、当時はフランス語から、盛んにメートル法の単位が借用されています。それらは、( ) 内に入れ、借用件数に含めないことにします。


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  1860年 (安政7年、万延元年) 0件 (デカグラム、ヘクトグラム)
  1861年 0件
  1862年 1件 「ピアステル」 piastre (ピアストル)
  1863年 0件
  1864年 1件 「リキウル」 liqueur (リキュール)
  1865~1867年 0件
  1868年 (明治元年) 1件 「ブリガード」 brigade (旅団)
  1869年 3件 「サンテイム」 centime (サンチーム)、「ヒシオロジー」 physiologie (生理学)、

          「フルバール」 boulevard (ブールバール)
  1870年 1件 「をうてころりや」 eau de Cologne (オーデコロン)

  ……………………………………………………
  1871年 「ズボン」 の記録された年。
        2件 「シャスポー銃」 chassepot「シャッポー」 chapeau (帽子)

  ……………………………………………………

  1872年 3件 「アブサン」 absinthe「ヲランヂ」 orange (オレンジ)、

           「リベルテイ」 liberté (リベルテ、自由)
  1873年 1件 「エスカドロン」 escadron (騎兵中隊)
  1874年 5件 「アントロポロジー」 anthropologie (人類学)、

           「エステチーキ」 esthétique (エステティーク、美学)、

           「エトノロジー」 ethnologie (人種学)、「バルラッド」 ballade (バラード)、

           「モーラル」 morale (モラル)
  1875年 1件 「サーブル」 sabre (サーベル)
  1876年 0件
  1877年 4件 「カッフェー」 café (カフェー)、「サロン」 salon

           「ジャーカル」 jacquard (ジャカード織機)、「バザル」 bazar (市場)

           (アール、キロ、キロメートル、グラム、デカ、デシ、
           デシメートル、ヘクト、ヘクタール、ヘクトリットル、 ミリ、リットル)

  1878年 1件 「ボンボン」 bonbon
  1879年 0件 (ミリメートル)
  1880~1882年 0件
  1883年 1件 「ビフテキ」 bifteck

   ────────────────────


〓どうですか? 1871年に、フランス語の jupon 「ペチコート」 という単語が借用されて、「ズボン」 になったと信じられますか? 前後の単語を見れば、学術用語、軍隊用語が目立ちます。服飾では、わずかに chapeau 「帽子」 があるのみです。
〓それと、「恐ろしく意味がゆがめられて借用された単語」 というのが見当たらないんですね。

   「ペチコート」 を 「ズボン」 と間違えるなんて
   明治時代のヒトはマヌケだなあ


というのは、偏見じゃないかしら。どうでしょう。




  【 「ずぼん」 と足が入る 「ズボン」 】

〓2005年1月26日、フジテレビの 「トリビアの泉」 で、いっぷう変わった 「ズボン」 の語源説を紹介していました。

   ────────────────────
   ズボンの語源は、ズボンをはくときに、
   足が 「ずぼん」 と入るから
   ────────────────────

っていうんですよ。見たヒトもいるでしょ。アタシは初耳でした。出典は、 『言泉』 という国語辞典です。これは明治時代の国文学者 落合直文 (おちあい なおぶみ) 氏が編纂した 『ことばの泉』 という辞典に、芳賀矢一 (はが やいち) 氏という明治・大正時代の国文学者が補遺をおこなったもので、昭和2年に初版が出ています。


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   ずぼん 洋袴 【名】 『幕末の頃、幕臣大久保誠知といふ人のこれを穿けば、
   ずぼんと足のはいるとて言い初めたる語なりといふ』
   洋服の下部。足に穿つもの。形、股引に似たり

   ────────────────────


〓要するに、幕末の幕府軍が、軍備を西洋化するなかで、西洋式の軍服を真似ようとして 「ズボン」 を取り入れたわけですね。幕末から明治にかけて武士が着用した “和式ズボン” のことは、

   ダンブクロ 【 段袋、駄袋 】

と呼んでいました。もともと、荷物を入れて運ぶ布製の大きな袋を 「ダンブクロ」 と言っていたんですが、それを 「ズボン」 に宛てたんでしょう。少なくとも 1853年 (嘉永6年) には使われていました。
〓その 「ダンブクロ」 を “ズボン” と称したらよかろう、と、大久保誠知なる人物が言ったわけです。幕府軍があるころのハナシですから、江戸末期、明治以前でしょう。

〓どうも、この説がですね、ネットでツラツラツラッと見ると評判がよろしくない。後世につくられたダジャレみたいな言い方をされている。
〓しかしね、アッシは、どうも jupon 説よりも、この 「ズボンと入る説」 のほうが、かなり真実味があると思うんですね。

〓さてね、どれが正しいかしらん。



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