〓今日は、ヘタバッタ。日が暮れてから書き始めましたが、無事に書き上げられるだろうか。標題を書いてみたものの 「ノープラン」 なんでゲス。
〓「ボージョレー・ヌーヴォー」 がナンであるのか、アッシがここで書いても仕方ありませんね。ウィキペディアでもナンでも引いてくだされば、定義が書いてあります。
〓アッシの作業は、いつでも 「そこに書いてないこと」 です。
〓「ボージョレー・ヌーヴォー」 の表記がいろいろなので、悩んだことはありませんか? のばし棒 “ー” を入れるべきか、入れざるべきか、that is the question。
〓日本語表記が “のばし棒” で混乱するのもムベなるかな、と言えます。問題のコンポンは、仏文学者のカタカナ転写法にあるのですね。仏文学者たちは、現在に至るまでの経験の中で、おおむね次のような規則をナントナク決めたらしい。
(1) フランス語で長母音の場合には “ー” を使う。
例 rose [ ' ro:z ] [ ' ローズ ] “ローズ” 「バラ」
Pierre [ ' pjɛ:r ] [ ピ ' エール ] “ピエール” (男子名)
(2) 原綴を反映させるため、複数の母音字で表記される短母音には、
“ー” を添え、1つの母音字で表記される短母音にはこれを付けない。
例 beauté [ bo ' te ] [ ボ ' テ ] “ボーテ” 「美しさ」
Baudelaire [ bod ' lɛ:r ] [ ボド ' れール ] “ボードレール” (姓)
※「ボー」 は名目上の長音であり、「レール」 は、フランス語本来の長音である。
〓つまり、仏文学者が “正式に” カタカナ転写すると、
Beaujolais Nouveau [ boʒɔlɛnu ' vo ] [ ボジョれヌ ' ヴォ ]
→ 「ボージョレー・ヌーヴォー」
となるわけです。現在では、原語に忠実にカタカナ表記しようとする傾向もあり、その場合は、発音記号でもわかるとおり、
→ 「ボジョレ・ヌヴォ」
です。しかし、みんなさん、ご承知のとおり、世間で通用しているのは、この中間のいろいろなハチャメチャな語形です。もちろん、上の2つの語形以外に関して言えば、
「どの表記を選ぶのがよいか、などと考えるだけムダ」
です。判断の根拠がナニもないわけですから。
ボジョレー・ヌーヴォー 533,000件
ボージョレ・ヌーヴォー 164,000件
ボージョレー・ヌーヴォー (仏文式) 60,700件
ボジョレ・ヌーヴォー 53,300件
ボジョレー・ヌーヴォ 45,100件
ボージョレ・ヌーヴォ 19,600件
ボジョレ・ヌーヴォ 15,700件
ボジョレー・ヌヴォー 1,950件
ボージョレー・ヌーヴォ 1,110件
ボジョレ・ヌヴォー 188件
ボージョレ・ヌヴォー 50件
ボジョレ・ヌヴォ (原音どおり) 47件
ボージョレー・ヌヴォー 23件
ボジョレー・ヌヴォ 6件
ボージョレ・ヌヴォ 2件
ボージョレー・ヌヴォ 0件
※ 2007年11月16日 Google による検索
〓おもしろいですね。いずれにしても nouveau は 「ヌーヴォー」 が一番人気です。やはり、「アール・ヌーヴォー」 などで語感が定着しているからでしょう。
〓もう1つオモシロイのは、
正式な 「ボージョレー」 よりも “ー” が1つ少ない
「ボジョレー」 か 「ボージョレ」 に人気が集まっている
ことです。やはり、
「ボージョレー」 は日本語として問題がある
らしい。日本人は、4拍の単語を好むようですね。「はねるのトびら」 で “短縮鉄道” なんぞを見ていると、つくづく 「日本人は4拍が好きなんだな」 と思います。「ボージョレー」 は5拍でスワリが悪い。だから、“ー” のどちらかをトッパラッて、
「ボージョレ」、「ボジョレー」
とすると好調になる。次に続く 「ヌーヴォー」 も4拍でマコトに好都合。
〓外来語というのは、必ずしも 「正しい語形」 が定着するとはかぎらない。事情をさぐると、日本語の性質が見えてきます。
【 「ボジョレ」 の意味 】
〓 nouveau [ ヌ ' ヴォ ] はよござんすね。英語の new にあたる、ごく普通の形容詞です。フランス語は形容詞をあとに置くんでしたね。
〓 nouveau は男性単数形です。女性形は nouvelle [ ヌ ' ヴェる ]。「ヌーヴェル・ヴァーグ」 Nouvelle Vague の 「ヌーヴェル」 です。
〓女性形が nouvelle であるからして、男性形は本来 nouvel なんです。現代フランス語でも、
nouvel an [ ヌヴェ ' らん ] 新年
のような場合に l が復活してきます。後続の母音によって、l が保存されたんですね。そうでない場合、l は軟口蓋化して ── 英語の feel の l のごとく [ w ] の響きを帯びること ── 結果、u になってしまいました。あいだの -a- は 「渡り音」 (わたりおん) です。英語の feel だって、実際には、
feel [ ̍ fi:ᵊɫ ] [ ' フィーァる ]
と発音されているんですよ。フランス語では、それを文字に書いちゃった。
〓 Beaujolais というのは、地名に由来する形容詞を 「男性名詞」 として扱い、「地方名」 として使ったものです。
Beaujeu [ bo ' ʒø ] [ ボ ' ジュ ] ボージュー
〓「ボージュー」 というのは、フランスの都市の名前です。Beaujeu という都市は、アルプ=ド=オート=プロヴァンス県 Alpes-de-Haute-Provence にもありますが、「ボージョレー・ヌーヴォー」 の産地で知られるのは、
Rhône 「ローヌ県」 の北部
にある都市です。
〓実は、Beaujolais 「ボージョレー」 というのは、ボージュー家という貴族の領地でした。9世紀から、1400年に、ボージュー家が跡継ぎなく断絶するまで、ここは、フランス国内でも半自治権を有する地域でした。
〓現在のローヌ県は、おおよそ、北部の 「ボージョレー」 (ボージュー家の領地) と南部の 「リヨネー」 Lyonnais (中心都市は Lyon リヨン) とが合併した形でできあがっています。
〓つまり、ボージョレーというのは、現在のローヌ県の北半分であり、もとは独立した地域だった、ということです。
〓 Beaujeu 「ボージュー」 という地名は、もとは、
Villa Bogenis 「ヴィラ・ボジェニス」
=「Bojo, Bogen あるいは Bogenis の農園」
と言いました。これは、半ラテン語、半ロマンス語的な地名です。
〓878年に書かれた文書に、「ボジェニス」 はケルト語で、
「美しい白い牛」
の意味だ、と書かれているそうです。
〓もちろん、フランスの地で、もともと話されていたケルト語の全容など知りようがありません。おそらく、そのような音だったのでしょう。
〓いずれにせよ、Bogenis 「ボジェニス」 は、アルピタン語 ── この地で話されるロマンス語 (フランス語の兄弟の言語)。「フランコ=プロヴァンス語」 とも言う ── で、
Bôjor, Biôjœr [ ボ ' ジョ、ビオジュ ]
※ ô は開音をあらわす。語末の -r は読まない。
という語形に訛りました。これをフランス語に置き換えたのが、
Beaujeu [ ボ ' ジュ ]
です。語頭の [ bo- ] を Beau- と綴るのは、“ケルト語で 「美しい白い牛」 の意味” という伝承が反映されたのかもしれません。
〓Beaujolais 「ボージョレー」 という語には、見落としがちな、意味不明の -l- があらわれていますが、これは 「息子」 をあらわす指小辞 -el ではあるまいか。ラテン語の指小辞 -ellus に由来します。
〓属格らしい Bogenis の主格形がいかであるかは不明ですが、
Bojo- + -el → Bojol
のような造語でしょうか。
〓語末の -ais は、français などと同様、ラテン語の -ēnsis [ ' エーンスィス ] にさかのぼる、「地名に付けて、形容詞をつくる接尾辞」 です。
〓けっきょく、キッパリとした語源みたいなものはわからないようです。まあ、それが語源ってもんですけど。878年の文書が確かなら、「ボージョレー」 のもともとの意味は、「美しい白い牛」 ですね。