■この画像は沖縄本島中部、勝連町に昔から伝わる念仏踊り「エイサー」
主に旧暦のお盆に踊られる。
沖縄のエイサーは地域によって衣装、踊りのスタイル、太鼓の種類がさまざまだ。
中でも私はこの画像の平敷屋(へしきや)東青年会のエイサーがとても好きだ。
素足で背筋をピンと伸ばし、手のあげるタイミング、足さばき、掛け声
全てにおいて美しい。
また、道化のチョンダターの演舞も素晴らしいのだが、
それは毎年違う演目になるので、見に行くのならリサーチが必要。
沖縄の古典音楽「秋の踊り」から始まる平敷屋のエイサー。
この曲を聴くと何故だがこちらまで背筋が自然に伸びてしまうのだ。
■沖縄県南部糸満市にある「沖縄祈念公園」
ここには第二次世界大戦時に命を落とした人々の名前が刻まれた
「いしじ」がある。
私の祖父の名前もここに刻まれている。祖父は空襲の時沖縄市で
命を落とした。中には生まれたばかりで名前もないままに亡くなった子供などは
「だれそれの三女」というふうに刻まれている。生きていた証として。
毎年、6月23日の「沖縄慰霊の日」には戦没者慰霊祭が行われる。
そして、その戦没者の近親者が花やお線香を持ってここを訪れ
刻まれた名前を指でなぞったり、好きだったであろうお酒をかけたり
お花を供え、その前で家族で思い出話しをする光景などが
ちらほらと見受けられる。
戦争体験者も高齢化がまし、痛ましいではあるが
貴重な戦争体験を語る人達が減っていくというのは
現実とはいえど、何か物悲しいものである。
体験者だからこそ語られる物事があるはずだ。
勿論、全て忘れてしまいたい人もいるだろう。
それでも、記録として色んな形で残して欲しい。
そして私も戦争で祖父を亡くした者として生き残った
体験者達からもっと離しを聴いておかなければと思う。
今年の6月にまた沖縄に行けるようにしなければならない。


