planet of aru

■2002年1月。インド、ブッダガヤにて行われたカーラチャクラ。

これはダライラマ14世が世界中から集まった人々に対し灌頂の儀式をおこなうものだ。

皆に仏教の教えを説くもの、と言った方が簡単かもしれない。

しかしながら、このカーラチャクラの期間、ダライラマ14世は体調を崩し全ての日程を

キャンセルした。


私は勿論のこと、ここブッダガヤに集まった人々も落胆の色を隠せないようだった。

小さな町のツーリストオフィスでは「ダライラマ14世」を観るためだけに集まった人々は

予定を変更し次の目的地へのチケットの手配で溢れ返っていた。


私も同じく落胆していた。私もまたダライラマ14世を観るためだけに来た人間だった。

そして、そのダライラマ14世を観て、説法を聴いて幸福感に包まれる人々、そしてその会場の

雰囲気を味わいたかった。その稀有な現象を写真におさめたかった。


しかし、その願いは叶わなかったのだ。


当時、沖縄のハンセン病問題と沖縄戦を個人サイトにまとめあげていた。

そしてそれと同時に自分の中にある差別や偏見、偽善に気づき疲れ果てた時に

アメリカのフォトジャーナリストが撮ったダライラマの笑顔、ダライラマの周りに

集まる異教徒達の目の輝き、それを観て私もダライラマ14世に会いたくなったのだ。

心の底にたまったヘドロのようなドロドロとした何かをこのカーラチャクラで洗い流したかった。


助けが必要だったのだ。何かしら大きな力を。


それが叶わないものとなり、結果私はバスで国境を越えネパールの

ボダナートへと向かった。

チベット人達の村。世界一大きな仏塔があり、朝、晩と仏塔のまわりをチベット人や

ネパール人達が祈りを捧げながら時計廻りにまわっている祈りに満ちたボダナート。


私はそこで少しばかり心の平穏を持ち直し、少しづつ回復していった。


この旅の途中、とても不思議な出来事がいくつかあった。

今、ふりかえり思い直せば結果論になるのかもしれない。


それでも、私にとってはささやかだけれども素敵な出来事だった。







planet of aru-海が見える廊下


■沖縄本島北部にある国立療養所「愛楽園」

そこは昔ハンセン病にかかった人達が身を隠すように送り込まれた場所。


私はそこで元患者達からハンセン病がもたらした差別、弊害、後遺症、彼らが感じてきた物事を聞いた。


人権、差別、偏見。


決してなくなることはないであろうこの世界、しかしそれをふまえた上で

人権問題に取り組んで行こうと思わせてくれた場所。