剥皮寮 ボーピーリャウ(龍山寺近く) | ひょっこりひょう「たいわん」島/(台湾ブログ)

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剥皮寮 ボーピーリャウ(龍山寺近く)

剥皮寮 ボーピーリャウ(龍山寺近く)

MRT龍山寺を下車し 出口正面に位置する龍山寺前の雑踏を左に折れ交差点に現れてくるのが「剥皮寮 ボーピーリャウ」という歴史的街並みを残した建築物を保存した地区になる。
龍山寺前を右に折れれば アーケードの華西街観光夜市があり人波がそちらに流れ この剥皮寮 ボーピーリャウはひと気はまばら それは建物の数は残っているものの人の生活のない建物の保存となり 街並みのみ再現という形で いろいろな展示スペースとして利用されているものの ショッピングやグルメはここにはない為だ。
剥皮寮という名称の由来は定かではなく 皮革産業の皮を剥いだ場所とも 船舶用の木材業が多かったらしく樹木の皮を剥いだ場所とも言われている。
また日本語の「福皮寮」の「ふくひりょう」「福地寮」の「ふくちりょう」「北皮寮」の「ほくひりょう」の3つの発音が 台湾語の音に似ていて 「北皮寮」の台湾語読み「剥皮寮」となったという説もあるようだ。
また歴史的に日本が領有しに進軍した時に 清朝の最後の悪あがきで 一瞬誕生した唐景崧の台湾民主国がここが起点だったとか。


この歴史的建物群が保存されたのは偶然の産物でもあった。それは剥皮寮は「老松國小」という小学校の一角の側面にあり 戦後都市計画で老松國小の拡大予定地として決定された為に 新たな建物の増改築が禁止され古いまま残ったことにある。
小学校の拡大予定で壊される前に 保存の声が住民から上がるようになったのだ。都市計画に入らなければビルの一つもこの一角に建っていただろう。
土地が学校の予定地だったこともあり教育行政の所管なのだろう 利用は教育園地という位置づけで 今の形で保存されている。そのためあまりに教育的であり観光的な配慮が欠けて売店もなし 人影がまばらなのだ。 

以上
2012/7/8(日)投稿

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