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にのりんぐ

ninoとみんなでつくる輪(りんぐ)

こう見えて、実は昔ピアノを習っていた。



確か、4歳くらいの時からだった。


5つ上の姉、3つ上の兄がピアノを習っていたことから、

何気なく自分も始めたんだと思う。

ちなみに3つ下の弟もその後始めて長くやっていた。


何気なく始めて、何気なくやっていた、

というのが実際のところだったような気がする。

それほどのめりこんだわけではなかったし、

ピアノ弾くの大好き、という感じでもなかった。


まぁ、それなりの期間やっていたというくらいで、

“腕” がどの程度だとかいう次元ではないと思う。




ピアノをやめたのは、小学4年、10歳の時だった。


ちょうどその年からソフトボールチームに入り、

本格的に野球の道に足を踏み入れたところだった。


その年頃の男ばかりの集団だから、

“おまえ男のくせにピアノとかやりよーと?”

といった感じのことを言われるのが常で、

ピアノのことを理由にソフトボールの試合を休む時なんか、

すごく言い出しにくかった記憶がある。


両親は続けるよう説得してくれたし、

ソフトボールチームの保護者の人たちも、

せっかくだから続けたらいいのにと言ってくれていたんだけど、

上のように言われるのが嫌だったし、

僕自身それほど好きでもなかったっていうのもあって、

結局やめた。





けど、今思えばとてももったいなかったなと思う。

ピアノ弾けたら凄くかっこいいよね。


あのまま続けていたら、今頃YOSHIKIみたいになってたかもしれない。



めちゃくちゃ上手くなくても、それなりに弾ける曲があれば、

ちょっとした何かのイベントの時とかにさり気なく披露できたりする。



例えば友人の結婚式で、

「Forever Love」 なんかさらりと演奏したら

盛り上がるだろうなー・・・・


(X 好きではない人には押し付けがましいかな・・・笑)




スポーツでも音楽でも、

子供にあれをしなさい、これをしちゃいけないとかいうことは

僕自身が一切言われたことがないから、

自分の子供にも言うつもりは全くないけど、

ピアノは是非勧めたいと思う。


あと、できれば野球もね・・・・




もし子供がピアノ始めたら、

パパも一緒にもう一回復習していこうかなぁ。


そんで、X のバラードとか弾けるようになりたい。

遠い道だが・・・・(;^_^A



最近、車の中で聴く音楽がマンネリ化していたので、

随分と久しぶりにCDを借りに行ったんですよ。


何を選ぶって特に狙いがあるわけでもなく、

しかも若い時に比べて流行りのものに疎くなったので、

新しい音楽はよくわからないから、

ついつい昔聴いたことがあるような音楽に落ち着いちゃうんですよね。


かと言って、特別この歌手のこのアルバムが聴きたい、

っていうのがあるわけでもない。

でも、何か新しいCDを聴きたい・・・・



そう思いながら店内をうろうろしていて辿りついたのが、

オムニバスアルバムのコーナー。


色々なテーマでまとめたのがあるんだけど、

特に90年代のヒット曲を集めたものだと、だいたいどの曲も知ってる。

一番、流行の音楽をよく聴いてた頃じゃないかなぁ。



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クライマックス 90’s ファンタスティック・ソングス/オムニバス
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ある程度売れた曲を集めてるわけだから、

ほぼ外れがないってのがいい。

車の中で聴くにはもってこい。




で、実際車内で聴きながら何気なく思ったんだけど、

こういうのって、付き合い始めのカップルとか、

これから付き合いたい二人なんかには、

話題が尽きなくていいんじゃないだろうか、と。



例えば・・・・


(沢田とまるこのドライブデート)



~♪その1♪~


まるこ

 うわー懐かしいですねこれ!

 これ流行ったのって高校生くらいの時じゃないですっけ?

 あのドラマの主題歌でしたよね!?


沢田

 そうそう、確かあれだよね、あのほら、キムタクと山口智子が出てたやつ!

 ドラマの名前なんだっけなー、ほら、えっと・・・・あー思い出せん!


まるこ

 ですよねーなんでしたっけ?

 こういうのってなかなか出てこないですよね! あー気になる!

 ・・・・あ、分かった!「ロングバケーション」 ですよね!!


沢田

 あーそれだそれだ!“ロンバケ” やね!

 めっちゃ流行ったよね~!



※ ドラマの話題で盛り上がる



~♪その2♪~


まるこ

 わーこれも懐かしいですね!

 この曲すごく好きだったんですよね。CD持ってますよ。


沢田

 この時のCDって長方形のやつよね(笑)


まるこ

 そうですそうです!長方形!(笑)

 私、カラオケあんまり得意じゃないんですけど、この曲はよく歌ってたんですよ~


沢田

 そうなん?

 まるこちゃんのこの曲聴いてみたいな~

 じゃぁさ、今度一緒にカラオケ行こうよ。



※ 自然な流れで次のデートゲット。



~♪その3♪~


まるこ

 あーこれ、あの映画の主題歌でしたよね?

 あの映画大好きで、私、映画館で観た後DVDも買いましたよ。


沢田

 あーあの映画俺も観たよ。

 かなりよかったよね!


まるこ

 わー沢田さんも観たんですか!?凄くいいですよね~

 私、主人公の二人が付き合う直前に車の中でいい感じになって

 キスしちゃうシーンが凄く好きです。

 ロマンチックで・・・・


沢田

 え・・・・・・


 (え、まるこちゃん、付き合う直前の二人が車の中でキスって、

  まさに今の俺たちみたいじゃん。

  まるこちゃんあえてそのシーンのこと言うってことは、

  これってもしかして、俺、オッケーってこと?車の中でキスしちゃっていいの?

  キスしてほしいっていうメッセージ??)


まるこ

 (や、やだ、何この沈黙・・・

  わーあたし変なこと言っちゃったかな・・・

  もしかして沢田さんちょっと意識しちゃってるのかな・・・

  そんなつもりで言ったんじゃないんだけど・・・

  で、でも、ドライブデート楽しいし、

  沢田さんなら・・・今なら・・・あたし、いいかも・・・!!)



沢田

 まるこちゃん・・・・


まるこ

 沢田さん・・・・



♪車の中でかくれてキスをしよう 誰にも見つからないように

 君は泣いてるの それとも笑ってるの 細い肩が震えてる♪


             ―――「車の中でかくれてキスをしよう」 Mr.Children






初々しい二人には、オムニバスアルバムでこんな妄想作戦どうでしょう。





ちなみに僕の経験談はというと、

独身時代、妻との初ドライブデートで車内で聴いていた音楽は・・・


X のライブ収録CDでした。



俺、X めちゃくちゃ好きなんよ~、とか一人で話してて(笑)



よくぞついてきたもんです。



僕がブログを始めてから、まる6年の時間が経った。


僕が管理人となって野球部のホームページを創立したのに合わせ、

「部員の日記」 のひとつとして旧ブログ 「にのろぐ」 が誕生したのは、

大学3年の冬、2005年1月20日のことだった。


実は誕生当時のブログ名は 「にのろぐ」 ではなく、

にの日記」 という安易なネーミングだった。

その後、「nino's diary」 と、これまた安易に英語に変えただけという名前になり、

ほどなくして 「にのろぐ」 といういい感じの名前に落ち着き約5年、

そして 「にのりんぐ」 に舞台を移し約1年、

計6年の歴史を築くこととなる。



ちなみに、ブログ誕生時のエントリはこちら。


「ブログ始めてみました」

http://ameblo.jp/take-18-h/entry-10000542160.html



  ブログを使って日記をつけてみます。
  画像もできるみたいで。

  第一回目、試しです。



・・・何の変哲もなく、ただお知らせだけ。

よく見ると、自分でコメント欄にコメントを書いている(笑)




ただの日記として始まり、

というか今もただの日記に変わりはないんだけど、かれこれまる6年。


他愛のないこと、

楽しかったこと、

面白かったこと、

笑ったこと、

人を笑わせるようなこと、

幸せなこと、

凹んだこと、

つぶやきたいこと、

声を大にして言いたいこと、

熱いこと、

あったかいこと、

悔しいこと、

たまにかなしいこと、

野球のこと、

飲み会のこと、

恥ずかしいこと、

気持ち悪いこと、

かっこいいこと、

かっこ悪いこと、

極めて稀に下ネタ、

出会いや別れ、

人とのつながり、

etc...∞


野球漬け、酒浸り、勉強ダメダメの学生時代から、

国家試験にどうにか受かり、医者になり、

結婚し、子供が生まれ・・・・


そんなたくさんの出来事、それにまつわる自分の思いを

自分の言葉で偽りなく綴ってきた。



考えてみると、6年間って凄い。

ランドセルに背負われていたピッカピカの小学1年生が

学ランを着るまでに成長するくらいの時間だ。


つるんつるんぴよょーんだったお●ん●んも太く長く逞しく成長し、

今にも毛を生やさんとするくらいの変化を遂げる時間だ。



僕はこの6年間で、そのおち○ち○に負けないくらい

成長できているだろうか・・・





ぴったり6周年からは少し過ぎたけど、

読者の皆様へ、日頃のご愛読に感謝。


ありがとうございます。

今後ともよろしくお願い致します。



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12日ぶりの我が子。

大きくなってる!(゜▽゜)


友人がお祝いにくれたポンチョをさっそく着せてみました。


しゃっくりが止まりません(笑)

こないだの日曜日、1月16日は、

僕ら夫婦が一年前に結婚式を挙げた日でした。


すっかり忘れていて、翌日妻にメールしましたけどね。



入籍をした12月25日がちゃんとした「結婚記念日」 なので、

「結婚式を挙げた日」 の方に関しては

妻もそんなに重視していなかったようでした(笑)


ちなみに、12月25日にはちゃんとケーキを用意して祝いましたよ。

(その日のエントリ参照)





さて、去年の1月16日に僕らは結婚式を挙げました。

自分で言うのもなんですが、

それはそれはいい披露宴だったと思っています。




今回は、その感動の披露宴の後の二次会、

そしてそれ以降の話です。




二次会は、披露宴会場から程近い

カフェレストランみたいなお店でやりました。


若い人ばっかりで、披露宴と比べてゆる~い感じの、

まぁよくある結婚式二次会の雰囲気です。



二次会の司会は、研修医の同期の中で最も仲の良い一人に頼みました。

彼は、僕らカップルも世話になったし、仕事もできるし、

面白くていいやつだし喋りも達者で盛り上げ上手で、

そういうのを頼むには最適、って感じのやつなんです。



二次会の打ち合わせのためにこの店に一緒に行ったんですけど、


「一次会は新郎新婦が招待客をもてなすんだから、

二次会は俺らが新郎新婦をもてなす会なんだよ」


なんてことをさらりと言われた時には、真面目に感動してしまいましたよ。




そんな彼に、二次会は安心して任せていました。



そして当日。

感動の披露宴を終えた僕ら二人は

皆が待っている二次会会場に向かいました。


二次会会場では、

披露宴から来てくれてた人も、

二次会から参加してくれた人も、

僕たちを温かく迎えてくれて、いい感じにスタートしました。


野球部の後輩が芸を出してくれたり、

豪華景品が当たるビンゴゲームをしたり、

和気藹々と進んでいま、し、、た、、、が・・・・・



どうもね、この司会の彼が、

けっこーな感じで酔っ払ってきてるんですよ。



脈絡なく唐突に誰かの名前を叫んで連呼したり、

司会の仕事を離れて研修医同期や後輩の群れで飲んでたり、

初対面である僕の野球部の先輩にやや失礼な感じで接していたり、

・・・・etc


まーなんていうか、いわゆるひとつの、

“べろんべろん” っていうやつですね。



ビンゴの最後のあたりから締めの挨拶の時なんかは、

見かねた他の同期たちが代わる代わるマイクを持って、

どうにか進行しようとしてくれたりしていました。



その頃には、僕の気分はもう冷え冷えでした。

二次会に来てくれた他の多くの人に申し訳ないと思いながらも、

作り笑顔すら作れず、ひきつった顔のまま最後の挨拶まで終えました。





いままでいくつかの結婚式・二次会に出席させてもらっていますが、

間違いなくダントツワーストの二次会ですね。


酔っ払って緩みまくった満面の笑顔の彼の隣で、

引きつって笑えていない僕が写ったその時の写真を見ると、

苦笑いが浮かんできます(笑)






そうして終わった二次会の後は、

それぞれの仲間内で集まって三次会をやってる友人たちの所に

顔を出す気になれるはずもなく、

僕ら夫婦はそのままトボトボとホテルに帰りました。



あー、俺の結婚式、こんなささくれた気分のまま終わるのか・・・

と思いながら、

人生最高の日になるはずだった一日を終えようとしていたら、

大学の友人からメールが入り、

三次会(彼らにとっては四次会?五次会?)に呼ばれました。



僕らのホテルから程近いカラオケ屋の

指定された番号の部屋に入ると、

大学の同級生、野球部の先輩・後輩が勢揃いで

僕ら二人を迎えてくれたのです。


しかも、僕らの到着と同時に用意されていたカラオケの曲は、

X JAPAN の 「Forever Love」!



先輩も後輩も同級生も、皆でてんやわんやになって歌って、

裸になって、ぐっちゃぐちゃになって。

全員でXジャンプしたり!(笑)



そんな中で、野球部の先輩の


「ここ、▲▲のシダックスやで!!」


っていう言葉が、妻も一緒に皆の中に迎えてもらったみたいで嬉しくてね。


※ ▲▲=僕らが大学時代を過ごした町の名前。

  よく先輩たちとシダックスにカラオケに行っていたので。




いやー本当にこのカラオケは感激でした。

・・・その前の二次会があんなだっただけに(笑)



人生最高の一日になるはずだった日は、

大どんでん返しで、まさに人生最高の一日になったのでした。







さて、その二次会司会を勤めてくれた彼ですが、

長年付き合っていた彼女と昨年秋入籍し、

今度の3月の結婚式には僕を招待してくれました。


ちなみに、二次会の司会は頼まれていません(笑)



そして、(前にも書いたけど)その彼女は当ブログの大切な読者様です。



●子ちゃん、改めておめでとう!

旦那が酒で身を滅ぼさないように、温かく見守ってあげてね。

3月の結婚式、楽しみにしています。



僕が昨年の秋に担当していたある患者さんの話。




僕よりも若い、現役大学生の女性だった。


実家を離れた遠い土地で、一人暮らしをしていた。

その遠い土地で事故に遭い、現地の病院に救急搬送された。


その病院で各種検査をされ、脳神経予後は絶望的と判断されていた。

つまり、もう目を覚ますことはないということだ。


心臓は動いている。

だけど、自力での呼吸はなく、人工呼吸器で呼吸は保たれている。

目を開けることはない。

手足は全く動かない。

自分の力でものを飲み込むことはできないから、

胃管という管を鼻から入れて、栄養を流し込む。

etc・・・




僕が勤務する大学病院のある県内に実家があるということで、

夏の終わりかけのある日、彼女はこの救命センターに転院搬送された。




前医で十分に検査をされ、情報をもらってはいたが、

うちの病院に初めて来た以上、ある程度の検査は行う。


頭部CT、脳波など、いわゆる脳死判定の一項目となるような検査だ。

もちろん、その結果は前医のものと同じだった。


検査を行ったら、その結果を家族に伝える。

これも医療者としての必然だ。



家族は、前医でも同様の説明を受けているはずだった。

それでも、僕らはその結果を事実の通りに伝えなければならない。



できるだけ感情を抑えて、僕はその事実を伝えた。



「この状態から目を覚ました例は、今までにないんですか?」


前の病院で十分に説明を受け、時間も経っているはずだったが、

母親は涙を流しながらすがるように尋ねた。



「ありません」


と答えるほかなかった。




今までで一番、辛い病状説明だったかもしれない。





彼女の体を治すことは誰にもできなかった。

ただ、“治療” はできなくても、“管理” を行うことは必要だった。


人工呼吸器の調整、気管チューブからの痰の吸引、

点滴や栄養の調整、体位交換や清拭など、

この救命センターでできる範囲の管理を行った。

(その多くは看護師さんの力によるものなのだけれど)




それからしばらくして、

この救命センターよりも実家に近い中核病院へ転院した。






転院から一か月程経った頃だっただろうか、

転院先の医師から、彼女が亡くなったと連絡が来た。








それから今日まで、しばらくの時間が経った。

この救命センターの僕宛に、今日、彼女の父親から手紙が届いた。


僕や、他の医師や看護師への感謝の気持ちを書いたものだった。

何度も繰り返し、感謝の言葉が綴られていた。



彼女が亡くなっているのにこう言うのは憚られるけれど、

そういう風に思ってもらって、本当によかったと思った。



彼女を治すことは、僕にも、誰にもできなかった。

僕にできたことは、医師としてというよりは、人として、

誠実に彼女や家族に対することだった。


それでも、十分にそうできたかというと自信はないけれど。




彼女の死は避けられなかったし、

両親にとって何よりも辛いものであることは変えられない。


ただ、これから長く続く両親の人生の中で

娘の死を受け止めるということについて、

わずかながらプラスの方向に作用したのかもしれないと思うのは

おこがましいだろうか・・・




多くのことを感じ、学ばせてくれた手紙だった。




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太宰府天満宮なう。
遅ればせながら初詣。

屋根にうっすら雪が降りて綺麗です。


家族の健康をお願いしてきました。
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チチのチチがチチをあげました。
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妻実家にうちの両親来訪なう。



今日はうちの母の60歳の誕生日。

おめでとうございます。
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妻実家なう。


妻と息子は産後しばらく実家に滞在中。
そんで僕は1月2日から仕事だったため、
8日ぶりの我が子との対面。


だいぶ顔がはっきりしてきました。
パパ似ともっぱらの評判(゜▽゜)