昨日は論点をひとつに絞って書いたので、
他にももう少し言いたかったことを大真面目に書き殴ります。
CS突破を決めた後の祝勝会。いわゆるビールかけ。
そこでのインタビューに答える本多。
CS勝利が決まり、ベンチで嬉し涙を流していた件について尋ねられ、
「あれは人間として当然のことです」
「涙流さないと嘘だと思いますんで」
・・・・・それは違うだろ、と。
誤解のないように言っておくと、
嬉し涙については、昨日書いた件と違って否定的な気持ちはない。
状況としても、感情を露わにしていい状況だとも思う。
ただ、ただ・・・
この言葉を聞いていると、涙流すことそのものが目的みたいになっている気がする。
それこそ、泣くから素晴らしいのか?という疑問が。
“泣いたから” 素晴らしいんじゃないでしょ。
涙そのものがどうこうじゃなくて、
その涙の向こう側にあるものこそが素晴らしいんじゃないの?
それがあるからこそ涙も輝くんだけれども、
伝える側、見てる側は、涙が、涙が、涙が・・・∞
まして、その本人が・・・・・うぅ~ん。
書いているとなんだか尚更情けなくなってきた。
続いて。
CS初戦でタイムリー内野安打を放った際、
一塁へヘッドスライディングをした多村。
例によって、中継の解説者も各局スポーツニュースのコメンテーターも、
「気迫の」、「執念の」・・・などといった枕詞をつけて、称賛している。
随分前にも書いたことがあるが、ヘッドスライディングは絶対にしない方がいい。
厳密に言うと、あれやこれや要因が揃えば、
駆け抜けるよりヘッドスライディングの方が速いという検証もあるらしい。
ただ、それは文字通りあらゆる要因が揃った場合であって、
それを常にコンスタントに発揮できるわけはないし、
ましてそのための練習に時間を割くなんてことは全くのナンセンス。
そして何より、怪我のリスクは絶対的に、圧倒的に高い。
当然、この場合の多村のヘッドスライディングも、
駆け抜けるよりも断然遅くなる形のものだった。
気迫でもなんでもない。
こちらも、祝勝会でのインタビューで、
――ビールかけとヘッドスライディング、どっちが気持ちいいですか?」
「どっちも気持ちいい!」
――ヘッドスライディング、かっこよかったですね!
「いやー、気持ちがそうさせたというかね」
などともっともらしく答えている。
やれやれ・・・・・
あんた、あれで怪我してたらどうすんの。
メリットのないヘッスラして、怪我だけして、
以降の試合、日本シリーズも出られなくなってたらどうすんの。
今までも、“怪我さえなければ” って言われ続けてきたんじゃないの。
ちなみに、その日の夜。
報道ステーション・スポーツコーナー解説の栗山氏。
「三塁手からの送球が本塁側に逸れて、
走者が走ってくる側に一塁手が動いているから、怪我をするリスクはさらに高い。
にもかかわらず果敢に頭から飛び込むこの気迫!
多村選手、素晴らしかった!」
といった内容のことを言っていた。
・・・・・そんな馬鹿な。
え?このヘッスラで怪我してたら、“名誉の負傷” とでも言われるんですか?
さわやか・明瞭・知的な解説で、彼には以前から好感を持っていたが、
大いに失望した。
あーもう。
なんなんだろうなまったく、選手もテレビも解説者も。
こんな風に感じるのって、少数派なのかなー?
昨日、批判を恐れずに書いた勢いで、今日も書き殴ってしまった。
連日、乱筆失礼しました。