昭和52年の夏
長崎の祖母がうちにいた時期
父が祖母を描いた絵でした。
祖母そっくりで良く描けていると思って
取っていました
少し暗い感じですね
祖母は、今なら 鬱のような状態だったとおもいます。
後年になって、これが戦争体験によるPTSDなのだということがわかりました。
一日中お茶を飲んでお茶菓子を食べるばかりの祖母
当時小学生だった私には不思議に映っていましたが、
原爆に遭って……と、
繰り言のように言っていました。
祖父は昭和45年頃原爆症の影響で早く亡くなって
辛い記憶ばかりを背負って暗くなったのだろうと思っていました。
父はとても祖母に親切でした。
祖母が来た日に合わせてケーキを買って帰ってきたこともあったり、いつも歓迎して
祖母が亡くなる晩年、重い認知症になってからも
うちで見ることに反対することなどありませんでした。
この時期私は病気をして家から出られなかった時期
父は油絵を描いてみると言い出し、
祖母の絵を描きました。
初めて絵筆を取ったにしては
よく描けていると思って取っていました。
少しでも祖母を明るくみせようと描いているのかなと、
ふすまは白いのに
なんで黄色なのだろう、と思ったものでした。
角度によって微笑んでいるようにも見えなくない
油絵は長く残るものなのですね
今ごろになって油絵を習っておけばよかったとも思いました。
祖母のことを憶えている人はいるでしょうか。
