ちょっと早いけど2月26日で『龍が如く3』発売からちょうど10周年![]()
改めて『3』がもう10年前とかヤバすぎ![]()
前に3のリマスター版のリリースの頃にも振り返ったんですが、今回はまた違う角度から振り返ろうと思って手持ちの資料を引っ張ってきたり、関連書籍の該当部分を改めて読んだりしました![]()
龍スポ懐かしい~![]()
最寄りのゲーム屋が微妙に遠いのであんまり貰いに行けなかったけど。
神室町ラジオとかもだけど、この頃は発売前の販促も凝ってて楽しかった。
発売前と言うと、『3』は「発売前が楽しかった最後の作品」というイメージで、公式サイトやトレーラーを何十回と見ながらワクワク感を膨らませていました。
自分もそうだったけど、特に『1』→『2』→『3』と順番に追った人ほど、「(前の2作と)なんか違う」感が強かった人は少なくなかったと思うので、「発売前に期待値を上げすぎるとダメ」「公式の言うことは話半分に聞いとけ」というのを学習したタイトルでした。
以後、発売前の心理的には常に「半信半疑」という感じで、待ちに待ったあの『0』でさえも『2』や『3』の頃ほどの前のめり感は無かったので、そういう意味で転機になったタイトルです。
その原因になったのが、言うまでもなくあのとっ散らかったストーリー。
何がどうだったか複雑すぎて今ではもう説明できないけど。
『龍大全』という本の横山大先生のインタビューを要約すると⇩
・アサガオパートは社内で反対意見もあったが名越横山でゴリ推しした。
・その後名越から「基地問題入れろ、国会議事堂で暴れたい、風間の親っさんも出せ」のリクエスト。名越は最後まで折れなかった。
個人的に横山氏を昔ほど批判しようと思えない理由は、『2』の大阪城パッカーンしかり、脚本云々以前に名越さんの要求がハチャメチャ過ぎるからで、しかも自分の意見は意地でも曲げないとなると上司として面倒な事この上ない。
龍シリーズの傾向として、ウケた作品の次回作でわりとやらかす事が多くて、初代『1』、『2』がウケた後の『3』もストーリーやゲーム面含めて「やりたいこと詰め込みました」感が良くも悪くも作用してきた部分はあり、実際名越さんも後年に出た龍関連の書籍で「政治や子供というエッセンスが龍が如くのブランドに向かないことを痛感」と反省していました。
でもその悪い意味での欲張り感を、『5』でもう一度繰り返してしまう訳だが・・・。
アサガオパートも、「さっさと神室町に行かせてよ」というのは1周目から思ったし、攻略本のインタビューでも「物語のどの部分に差し込むか難しかった」と言われてたので、スタッフ、ユーザー共に内心ミスマッチなイベントだと感じてたのは共通のようです。
ジャッジのインタビューでも書いてたけど、作品の身の丈に合ったハコの大きさとか世界観というのはあって、『3』の頃は1→2→見参と来て勢いがあったから、世界観広げすぎるとダメというのがファンもスタッフもまだみんな分かってなかった。
そう考えると、近作(ジャッジ)ではスタッフ…というより名越さんが入れたい社会的なテーマの落とし込み方も無理がなかったのは成長と捉えていいんだろうか?
『3』と言えば、ゲーム面での変化やミニゲームがドバッと増えて充実した作品でもありました。
ゴルフ、ダーツ、釣り、ビリヤード、アンサーアンサー、ボクセリオス、
そして大好きなカラオケ![]()
フルコンプ目指す人は大変だろうけど、私みたいにコンプ目指さない飽きっぽい人間には、たくさんある分ちょっとずつつまみ食いで遊べて楽しかった。
あとジャッジでの「さおりつく」を考えると、キャバつくの導入もデカかった。
遊びの意味でも『3』は転機になったタイトルだと思うけど、ストーリーと一緒で、こっちも悪い意味での欲張り感が『5』で顔を出してしまうという副作用はあったと今考えたら思います。
『′5』の方は従来の仕様にプラスして、膨大なストーリーやアナザードラマなどの大型要素が五都市分ある訳だから、正直あまりにもプレイスポットが多すぎて消化不良だった。
雪合戦とかコーチンレースとか、まともに遊んだ記憶ないもん。
昔ほど据え置きのゲームに時間かけられなくなってるので、メインストーリーやサブ以外の寄り道要素の分量は、正直ジャッジぐらいで丁度いいかな。
転機と言えば音楽面も![]()
『1』や『2』の頃の全体的にスリリングで重厚な曲調と打って変わって、『3』はバトルに集中してても耳に残りやすいぐらいのキャッチーな曲が多かったです。
以降の作品でも一聴しただけで「あっ、庄司さんの曲だ!」と分かるような曲が増えたという意味では、音楽的に『3』はかなりターニングポイントだったと長い目線で見れば思います。
対してジャッジの楽曲はじっくり聴くとどれもしっかりとした曲というのが分かるし、本編のシリアスな雰囲気を盛り上げる劇伴として機能してるんだけど、(特に3以降の)龍のサウンドと比べたらどうしても地味に聞こえてしまうというか、バトルに集中してるとどの曲もあまり耳に残らなかった。
比較的印象に残りやすいのはラスボス戦の曲(penumbra)と虎牙戦の曲かな。
前者は今までと違うバトルの雰囲気を盛り上げるスリリングな感じで好きです。
後者はジャッジの中では一番“龍っぽい”曲だけど、虎牙のバトルが嫌い過ぎて思い出すとアレルギー起こすから個人的に受け入れにくいかな。
⇧あとネットで見つけたこの曲。
『3』の海外版のed曲みたいだけど、こんな曲全然知らなかった![]()
分かる人は分かると思うけど、初代『1』の劇中で時々流れるピアノの劇伴曲のアレンジになってて非常に格好いい曲です![]()
ここまで長々と書きましたが、改めて振り返って思ったのは、『3』という作品が、長いシリーズの歴史の中で見て、あらゆる面で“転換点”だったこと。
PS2時代の『1』『2』を経て、ナンバリングとしては初めてのPS3作品で、メインのコレじゃない感に肩すかしを食らったのも今は昔で、むしろそれを補ってあまりある他の面での充実ぶり、プラットフォームが変わった恩恵による良いイメージの方が今では圧倒的に強いです。
PS2時代の固定カメラから、初めて360度神室町の街を見回せるようになったあの感動は今でも忘れられないし、サブストやゲーム面の豊富さもあって、シリーズの中でもなんだかんだかなり長く遊べた作品でした。
ジャッジをやってPS3→PS4の進化も驚いたけど、感動という意味ではPS2→PS3の変化の方が大きかったように思う。
ソフト面はここまで書いた通りですが、とにかくあらゆる面で『龍が如く3』というタイトルは、その後のシリーズ作品の基準を作り、大きな礎となった極めて重要な作品だというのが、10周年となった現在での個人的な評価です![]()




