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アメリカ兵が30年ごしに、自らが殺したベトナム兵の娘に会いに行くというドキュメンタリータッチのテレビ番組を見ました。

話によると、若き米兵が殺したベトナム兵の胸のあたりに、一枚の写真があり、そこには少女が写っていた。

兵士にも家庭があったのだと
殺したことを後悔し続ける毎日を過ごす。

そして、ある日どうにかして娘に会い一言告げ、自分の苦悩の日々に終止符を打ちたいと考えた。

自分の犯した罪を償う為に、会って謝罪する。

テレビ番組は、戦場で敵を殺さざるを得なかった米兵が、ずっと後悔をし、会いに行くことを情が深いと、肯定するかのようにつくられていた。

米兵の気持ちはわかるが、
僕には、単純に、自分が楽になるための自分勝手な行為としかみなせなかった。

人生には、言うべきこと、公にすべきことがたくさんある。
しかし、同様に言うべきでないことことも確実にある。

多くの人がする過ちは
自分は説明責任を果たしたと
自己正当化し、相手の気持ちを
優先しないことである。

残された娘にとって、なんのメリットがあるのか。
米兵のひとりよがりではないか。

米兵は犯した苦悩を背負い続ければいいと僕は思った。

男女の恋愛だって簡単に当てはめられる。

言うべきこと、言うべきでないこと。
この判断基準が自分よりになっていないか。

隠し事と言えば、聞こえは悪いが、隠し事が二人の行く末を明るくするのならいいのではないか。

とか言って、隠し事を正当化しようとする僕がいるのか。

Anyway,最後まで相手の気持ちを優先するのは、かなり難しいということです。

テレビ番組の結末はというと
実はハッピーエンドでした。

あー、わからない。

人が求めることがわかる大人になりたい。



昨日、終電でクタクタと油断してる内に、お気に入りの革のカバンにマジックでデカデカと「あほ」と書かれました。

シンナー臭いなと周りを見渡すと、僕のカバンに黒い文字が。

悪事をはたらく人もだが
それに気づかない僕もマヌケです。

しかし、僕の何が気に入らなかったのだろうか。

顔の濃さ。
乗り遅れそうになって走った後の汗ばみ。
バイト先の皿洗い後の生臭さ…

まぁ確かに、気分がよくなる要素は持ち合わせていなかったかもしれませんね。

てことで、僕にも非があるということか。

どの瞬間で、他人が疎ましく思うかはわからない。
言動、体動には細心の注意を払わないと。
そんな注意も心に余裕がないとできません。
眉間にシワを寄せない、ゆとりある夏休みを送ろう。


しかし、今度見つけたら
ポコポコにする。

犯人はいまだ逃走中。
今日は時間があったので美術館をはしごしました。

堂島で開催されている
Ecosophiaというアートと建築のイベント



国立国際美術館でのアート展

はっきり言って、いつものことですが訳のわからない作品ばかりでした(笑)

ただ、表現の豊富さと無限の解釈に包まれて、なんだか自分のキャパが膨らむ気がします。

でも、今日は疲れました。

人って、何かわからないものがあると必死に意味を探すんだと思います。
その時、脳みそをフル回転させるんだと思います。

そして、わからないものが続き過ぎると、パニックしちゃうんでしょう。

美術作品も適度な数がいいんじゃないでしょうか。
脳みそが処理しきれる量って限度があるんでしょう。

でも、大切なのは意味を探す必要はないって思える心を持つこと。
理解出来なくても、受け入れてみること。

軽快なスタンス、腰を構えたスタンス、適宜使い分けていかないとね。

ただ、連れと美術館に行ってやって欲しいゲームがあります。

作品の題名当てゲームです。

センスを競えるし
本当の題名を知ったときの
自分達の外した感覚
クセになりますよ