私が座っていた小さなベッドの脇には、小さな扉があった。
私が赤ちゃんと対面していると、
その扉から夫が息を切らしてやってきた。
夫は実家に着いたとたんに病院から連絡が入り、夕飯も食べずにやってきたそうだ。
『…………産まれちゃったよ………』
と、力なく言う私。
夫は目を合わせようともせず、
赤ちゃんを見ようともせず、
小さくうなずいて、
私の隣に座った。
夫は無表情のまま、
『…………俺にも抱かせて。』
と言った。
私は言われた通り、
夫の手のひらに赤ちゃんを乗せた。
夫は、
そのままボロボロと泣いた。
私たちは、
お互いに自分を責めた。
そうでもしなければ、
気が狂ってしまいそうだった。
すでに消灯の時間が過ぎていたため、
その後、
夫は自宅に帰り、
眠れない夜を一人で過ごした。
私はほんのわずかの時間だったが、
赤ちゃんと一緒にいられた。
赤ちゃんはガーゼでおくるみのように身体を包まれ、
小さな木箱に入れられ、
二時間ごとに冷蔵庫で冷やされる。
会いたくなったらナースコールを押すと、看護婦さんが赤ちゃんを連れてきてくれる。
私は赤ちゃんを木箱から出し、
自分の横に寝かせた。
その小さな、小さな手のひらに、
私の指を乗せてみる。
ふにゃふにゃの柔らかい手。
どんなに小さくても、可愛いわが子。
いつまでも、いつまでもこうしていたかった。
今夜は一緒に寝ようね。
あなたと一緒に過ごせるのは、
これが、最初で最期だから………
二日後、
私は赤ちゃんとともに退院した。
退院時先生に、『乳腺炎にならないように、母乳は毎日絞り出してくださいね。』と説明された。
これから、
火葬場へ連れていかなければならない。
その前に、
どうしてもノンに赤ちゃんを会わせたかった。
私と夫は、ノンが待つ私の実家へ車を向けた。
実家へ着くと、
『ノン、あなたの弟だよ。』
と言って木箱を開けた。
ノンは木箱をのぞきこむと、
『…あっ、赤ちゃん、寝てるよ!』
と言った。
その無邪気な言葉が、
まわりの涙を誘った。
『…ノン、赤ちゃんはこれからお空に行くんだよ。会えなくなるけど、ノンは覚えていてあげてね。』
ノンは少し考えて、
『……うん。わかった!』
と答えた。
私と夫は実家を出て、花屋に向かった。
私は青いトルコキキョウを買って、木箱に入れた。
その後、トーマスのミニカー、チョコレートなども買って、赤ちゃんの横に並べた。
新生児用の肌着を着せて、ガーゼをお布団がわりにした。
火葬場へ着いても、私はなかなか動くことができなかった。
これが最期の別れ……
もう、本当に会えなくなってしまう。
『………ノンが待ってるから……』
夫の言葉で、
私はやっと車から降りた。
火葬場の中に入ると、別室に案内された。
そこに用意された大きな祭壇に、
小さな小さな木箱を置く。
薄暗い部屋。
窓のひとつもない。
喪服の二人の職員が見守る中、
お焼香をして、
手を合わせて終わりだ。
あっけなさすぎる。
これだけで子供を置いて帰るのか。
私はそんなに出来た人間じゃない。
この子はまだ小さすぎて、
骨も残らないという。
完全にこの世からいなくなる。
嫌だ!
置いていきたくない!
この子と一緒に帰りたい!
いつまでも、
その場にしがみつく、
あきらめの悪い私を、
夫がかかえ、
なかば無理矢理、
外に出された。
車に乗っても、
涙を止めることができない。
私に押し寄せるのは、
後悔と、
自責の念。
六ヶ月で記入が止まった、
真新しい母子手帳を、
私は、
いつまでも、いつまでも、
抱きしめていた。