にくまん堂の極楽日記

にくまん堂の極楽日記

にくまん堂 24時間営業中!
川崎フロンターレの話題を中心に、おっさんの徒然なる日常を書き綴るブログですずら(●´ー`●)

小林悠の引退発表がありましたずら。

 

中村憲剛氏と同じ様に、40歳まで頑張るのかと思っていたのでちょっぴり残念ではあるずらけど、来るべき時が来たなっていうのが率直な感想ですずら。

というか、憲剛コーチが監督の元で、現役選手を終わらせるというストーリーをフロサポたちは夢見ていたので、それが叶わず残念な思いはあります…いや、今年いっぱいまでプレーするって言っていたので、可能性はあるんずらけどね。でも、長谷部監督と憲剛コーチの体制で戦っている今シーズンは、きっと監督解任になる様な展開にはならないだろうずら。それほどチームは攻撃面で改善が図られており、ACL出場権の獲得を窺えるような調子だったりしますずら。

 

何にせよ、現役選手のリミットを2027年1月1日に設定したので、それまでは怪我なく出場機会を狙い続けるコンディションでいてくれることを願うばかりずら。

近年は怪我との戦いに終始しており、若手や新戦力との競争にすら辿り着けていない状況だったりしますずら。

功労者の引退が近づいているということで、いろんなバイアスがかかって出場機会は得られそうずらけど、中村憲剛氏が最後の天皇杯決勝で出場できなかった前例もあるので、あまり楽観視は出来ませんずら。

ある意味で非情な鬼さんとは違い、長谷部監督は空気を読んで、どんな状況でも出場させそうな気はするずらけど、とにかく残りの3ヶ月間でプレーしている勇姿をスタジアムで見届けたいところですずら。

 

ちなみにそのチャンス、本人が引退記者会見で言及していたずらけど、10月3日のU21リーグで観られる可能性がありますずら。

東京V相手に等々力で戦うこの1戦、オーバーエイジ枠を積極的に使うクラブの方針もあって、その可能性は小さくはないんずらけど、本人がコンディションをどれくらい上げられるのかは未知数だったりしますずら。

全体練習には参加しているのを、YouTubeなどの映像で何回か確認しているずらし、試合に出れる状態だとは思うんずらけど、U21リーグは若手の成長を施す目的がメインの大会なので、その趣旨はブレずに外さないでおいて欲しいところずら。

 

さて、クラブはいつものように引退関連でひと商売しようと、早速特設ページを開設していましたずら。

 

 

 

 

憲剛コーチの引退時には、いろんなグッズを作っていたずらし、今回も早々にキービジュアルも作って、いろんなグッズの制作を企画していることは想像に難くありませんずら。

引退をクラブ側に申し出てからどれくらいの時間が経ったのかは分からないずらけど、グッズ担当者はどれくらい前から準備を始めていたんずらかね。

まあ、引退しそうな選手は何人もいるずらし、担当者はそれぞれの部門で、彼が引退する時はこんなことをやろう、こういうビジュアルで送り出そうなんて、漠然とした妄想は日々行なっているとは思いますずら。

憲剛コーチの時は、あと2〜3年やれそうなパフォーマンスを見せていただけに、まだ引退はしないだろうって油断していたとは思うずらけど、今回の悠に関しては、カウントダウンが始まっていた感はあったので、多少はイメージを膨らませていた人はいるだろうずら。

 

と、そんな商売がらみの話をしてしまうと興醒めしてしまうので、ファンやサポーターは純粋に残りの時間を楽しむことにしましょうずらか。

 

で、早速その楽しむコンテンツがJリーグから提供されていましたずら。

 

 

 

【未完成】小林悠 全ゴール集 ”現在184得点”

 
未完成という見出しで、彼の全ゴール集184得点の映像が公開されていましたずら。
Jリーグというか、フロンターレのオフィシャルチャンネルで公開されていたずらけど、天皇杯の映像が使えていないのはJリーグ管轄外ということなんだろうずら。
まあ、急いで作成したので、JFAやNHKあたりとの調整が間に合わなかっただろうずらし、そんなところで未完成の文字を入れたんだろうずら。
全ての調整が済んで、本当の完全版がいずれ公開されるんだろうずらけど、きっとそれはDVDやブルーレイでのパッケージ販売に繋げるんだろうずらね。
 
ちなみに、その映像が無かった天皇杯での初ゴールを見ようと思ったんずらけど、オラのアーカイブには2010年の天皇杯2回戦は残っていませんでしたずら。3回戦ならあったんずらけど、もしかしたら中継自体が無かった可能性はあるずらね。
 
 
加入年の2010年、当時のホームページに掲載されていたトップページの画像を紹介しますずら。
ナビスコカップということで、きっと若手の出場機会もあるだろうと、当時はまだデビューを飾っていなかった小林悠を使って試合の集客をしていたんずらけど、残念ながらこの試合で悠の出番はありませんでしたずら。
まあ、この3日後のJ1第22節で85分に途中出場を果たしているんずらけど、このプレーしているっぽい写真があるということは、それ以前にデビューを飾っていたのかもしれないずらね。
ちょっと手元に正確なデータが無いのではっきりしたことは言えませんずら。
 
というか、こうやって見るとデビュー当時から見た目は変わらないずらね。
試合以外のところでは前髪を下ろした髪型で、茶髪のチャラさが残っていて印象が違うずらけど、ベースのところはそこまで変わっていないのが分かりますずら。
当時はその見た目から、ちょっとした王子様キャラとして、悠さまなんて呼ばれていた時期もあったずらけど、いつの間にかチームを引っ張るエースとなり、キャプテンを務めて初優勝を果たした2017年頃にはその呼び方をする人もほとんどいなくなった記憶がありますずら。
 
で、そんな小林悠のJデビュー?を見てみようと、古いDVDディスクを引っ張り出してきて再生しているんずらけど…
なんか、小林悠よりも、他の要素が盛り沢山すぎて、別の意味で面白すぎる1戦となっていましたずら。
 
2010年J1リーグ第22節の横浜FM戦となるんずらけど、まずは監督が高畠勉さんと木村和司さんという、「そういえばそうだった!」感満載のベンチとなっていましたずら。
そして、出場選手に目を向けると、こちらも見どころ満載となっており、今は故人となってしまった松田直樹と横山知伸がスタメンでピッチに立っているのがもう堪らなかったずら。
憲剛は途中からの出場だったずらけど、俊輔との中村対決もあったずらし、その他にも、横浜FM側には後にフロンターレのユニフォームに袖を通すことになる、山瀬や狩野健太がいるというのも見所ですずら。
 
まあ、試合の方は1−3で負けてしまい、リーグテーブルでも順位が入れ替わるという屈辱的な試合ではあったんずらけど、今見てみると、ただただ良い思い出が詰まった楽しい試合映像でしたずら。
 
 
当時の録画環境とDVDダビングということで、かなり画質が粗いキャプション、というかスマホでTV画面を撮った画像となってしまうんずらけど、等々力のピッチに立つ悠の後ろ姿となりますずら。
掲げられているボードの17番は、ディフェンダーの菊池となりますずら。
 
 
で、びっくりしたのがこの画像で、よく見ると出身地が青森県になっていますずら。
てっきり町田市の出身だと思っていたんずらけど、生まれと育ちが違うということなんずらかね。WIKIとか公式のページも見たずらけど、東京都町田市となっていたずらし、このテロップの正確性に関しては謎が残りますずら。
 
さて、とりあえず10月3日のU21東京V戦で出場してくれることを願ってはいるずらけど、とにかく無理はせず、トップチームの公式戦に絡めるように調整していって欲しいところずら。
最悪なのが、U21で調整するはずだったのに、気持ちが先走ってしまい、この試合でまた怪我を再発してしまうことですずら。
チームメイトは、彼の花道を飾ろうと、天皇杯の元日決勝を目指して戦ってくれるとは思うんずらけど、理想なのはその試合に出て得点を決め、天皇杯をキャプテンマークを巻いて掲げるというハッピーエンドですずら。
そんな上手くいくはずがないとは誰しもが思っていてるところずらけど、それと同時に、彼ならそんなストーリーで現役生活を締めくくるんじゃないかという期待感が捨てきれませんずら。
 
とにかく、残りの3ヶ月と、引退記念グッズに期待するとしますずら。まあ、高いやつは買わないとは思うずらけど。
 
では、今回の雑記はこれくらいで終了しておくとしますずら(●´ー`●) ノ