共に

吉永小百合と樹木(きき)()(りん)とは長いお付き合いがあったようで希林さんの娘さん内田()哉子(やこ)

との対談を読みました。

吉永小百合は19歳の時岡田太郎さんを知ったが仕事を通しての出会いでその頃はどうこう思わなかったけれど相談しやすい人だとは思ったとのこと

高校は都立、出席日数がたりなくて芸能人が大勢通っている私立高校に編入したが校風が合わなくて高校は卒業しておらず大学検定、早稲田の第二文学部夜間を2年かけて大検の勉強をして早稲田大学に入り4年で卒業した。

同級生に恵まれ当時の友人とは今でも仲良くしているそうです。

フジテレビのデレクター岡田太郎さん43歳吉永小百合28歳15歳の年の差

岡田さんには離婚歴があった。吉永小百合の事務所にはスタッフが20名ほど居て大きな事務所を構えてしまった以上自信のない仕事も嫌な仕事もやらなければいけなく悩んでいたら声が出なくなってしまい声のスペシャリストの先生に診てもらったら脳が声を出す命令をしなくなっている今の生活を変えない限り戻りませんと言われ

太郎さんが相談しやすかったから相談したら肩の力が抜けたそうでその前は太郎さんに自身の恋愛相談などしていたのだけどもしかしたらこの人しかいないじゃないかって思う

ようになり、吉永小百合のほうが太郎さんに心を寄せていった。太郎さんはバツイチだからもう結婚はしないつもりだったから「恋愛でいいじゃないの」と言ったようだがこのままだと自分がだめになると思い!名前を変えることが大事だと!半ば無理やり押しまくり

結婚

名前を変えることよって背負っているものを一度捨てて違う世界に入れると思ったから

だそう。太郎さんに相談することなく吉永小百合のままだったら仕事を辞めていたかもしれなくて人間としてのスタートが出来た。それからはいつも一緒 旅、ラグビー観戦、

スキー 吉永小百合本人はかけがえのない親しみを込めてか太郎さんではなく太郎と呼んでいた。

夫婦の子供は太郎さんがあまり欲しがらなかったのと吉永小百合自身が親との関係をいい形にできなかったから子供は持たない事にしようと二人で決めた。小百合さんは三姉妹とのことお父さんは優しい人お母さんは強い人だったようです。

94歳胆のうがんで太郎さんは亡くなった。太郎さんの遺骨は分骨してもらい仏壇に置いてある。本人は老衰ではなく癌と戦い亡くなったと伝えてと言いお葬式には人は呼ばないでほしいと言った。大好きな人を失い寂しい日々のことと思います

私も夫がこの世に存在しない現実が辛い

私を残して逝った夫も無念だったと思う

共に生きた大切な人を心にとどめつつその日まで生きる。

吉永小百合の奥ゆかしさに好感度