わたしの今の仕事は
保険会社の契約内容確認活動を専門とするスタッフ社員です。

時給で雇われているパートみたいなものなので契約は取りません^^;
試験は次々受けさせられますが・・


お客様のお宅を訪問させていただいて驚くのですが

その契約している保険商品の資産性の高さです。

50代~60代の女性たちが
子供のため、孫のため、自分のためにかけた現金として使える保険、
すばらしいです!

先日、我が家の保険を見てみたのですが、
月々、高い保険料を払っているわりには
ほとんど使いもしない掛け捨ての医療保険ばかりで
なんじゃこりゃ?!と思ってしまいました・・


賢い女たちは知っています。

自分の人生を支えてくれるものは、ご主人でも、親でも、兄弟でもなく
『お金』だと。


とうの昔に、ご主人と別れた人
死別した人
良い夫婦関係を築きながらも自立している人

わたしが訪問させていただくのは50代以上の人が多く
中には高齢でも、まだ現役で役員をしているような素敵なおじいちゃんもいらっしゃいますが
特に印象に残るのは、
自分の力でしっかり生きている中高年の女性たちです。


彼女たちは、たいがい、大変な人生を歩まれて来られて

たいがい良く働き、家族の世話も、子供の教育も、すべてをして来られて
そして中には、お子さんを亡くされるなど
よくそんな痛みに耐えて生きてこられたと思うほど
ドラマチックな人生を生き抜いて来られた方も居ます。

みなさん、平気そうに話されますが、やはり目には涙がにじんでいます。

わたしももらい泣きしてしまうこともしばしばです。


世の中には、こんなに鮮烈に、自分と運命と向き合い生きている人がたくさんいるのに
自分は、損得とか、善悪とか、人間関係とか狭い世界で生きてたな~と
自分の小ささを思い知ります。


その強く生きておられる女性たちのかげに
最強の保険セールスレディたちがいます。

わたしは支社の中にいるので、営業の女性たちとは直接の面識はないのですが
お客様の保険を見ていると
その内容の良さに驚き、彼女たちがいかに真剣にお客様と向き合い
お客様のためを思い契約させたかがわかります。

お客様の話から、そのセールスレディたちが
やはり並みの人生をおくってはいないことがわかります。
皆さんとてもドラマチックで激烈な人生を歩んでいました。


よく働き、動き、子供を育て、人と関わり、たくさんお金を稼ぎます。
そんな彼女たちに頼る男たちも多く
切り捨てて、または距離をおいて生きています(笑)


なにより自分を愛し、子供を愛し、人生を愛しています。
あっぱれです。

わたしもそんな風に生きてみたいと(保険でなくとも)
その人間力の高さに触発されます。



自分に許していないことありますか?

わたし、たくさんありました。

一番グサッと刺さったのが

『なにものでもない自分』を許すこと(汗っ)


ずっと、何者かでなくちゃいけない!と思い込んでいました。

社会に認められた人間
社会のお役に立つ人間
リーダーである人間
社会に必要とされている人間
役割分担を持った人間
etc・・

なにものかでなくちゃ、愛される資格がない(><)とまで思っていました。


でも今日あることをきっかけに

『なにものでもない、わたし』なのに
いっぱい愛されていたことに気づきました。


たくさんの人からです。

好きだった彼からもです。


わたしも誰かを好きになるとき
『ありのままのその人』が好きでした。

肩書きなんかいらない
背景もいらない

その人の在り方・発するもの・光


うまく説明できないけど
一緒にいると、楽しい、暖かい、嬉しい、エネルギーが満ち溢れる^^
安らげる、ありがとう、ありがとう、ありがとう

そんな要素で一緒にいました。


たぶん、これからも
『なにものであっても』
『なにものでなくとも』
わたしはわたし

いっぱい愛されている^^


そんなことに気づいてほっこりしあわせになりました。



わたし自身も母親ですが・・

『母親』という存在は、カオスですよね?

なに考えているのか分からないし、
なぜ、その行動をしたのか分からないし、
善なのか悪なのかさえ分からない(笑)


いえ、わたしも小さいころは・・かなり大人になってからも
母親を聖女のように『愛の化身』のように思っていました。

正しくは、母親なのだから、そうであってほしい。

なにがあっても、子供であるわたし(たち)を守り、愛して欲しい。
そう思っていました。


いま・・その幻想は脆くも崩れ去っています^^;


確かに、母親というのは子供を愛していると思います。

わたし自身、子供たちのことは本当に愛していて、できることはなんでもしてあげたいし、
子供たちには、しあわせになって欲しいとずっと思ってきました。

でも、子供たちも大人になると、
人間として成長してほしいし、もう見守るしかできません。

子供たちの前に沢山の問題が現れても
それはもう自分で超えなければいけない壁だし、課題なので。

いまは考え方、方法の提示、情報の提示などを話すだけです。
「大丈夫だから」の言葉を添えて^^

うちは女の子ふたりで、上は結婚してますし、下の子も社会人になりましたが

基本、ふたりとも強いです。(笑)
わたしのほうが、指導されることもしばしばです。。。


たぶん、核家族で、今の時代なので
沢山の情報を取り入れながら、時代に育ててもらったのが良かったと思っています。


問題は、古い時代に生まれた、母親たちで

自分の子供を自分の分身のように勘違いし、コントロールし、
自分のしあわせのために子供を使おうとする母親たちです。

父の介護で4ヶ月実家に帰っていたとき

自分の母親もそうであったことに気づき、愕然としました。
いえ、うすうすは気づいていましたが・・

それでも、話し合えば、ちゃんとこちらの意見を言えば分かってくれるかな・・
などど甘い考えで、何度も本音で話をしたのに
ダメでした^^;
本人が変わる気がないのに、人を変えることはできないことを思い出しました(汗)


いままでの社会通念、古い封建制度、時代がそうさせたのだと思います。

いえ、それもあるのですが・・

一番、ぎょっとしたのは
母親の中にある『エゴ』『欲望』がわたしの中にもあることに気づいてしまいました。


きっと、時代が変わってもそれは同じ・・


でも、母親という「枠」の中に閉じ込められて
役割を放棄できない真面目な人たちは
自分の中にある「エゴ」を受け入れられなくて
子供に自己投影してしまう・・ように感じます。

自己投影された子供は苦しいですよね。

「それ違うから、わたしじゃないから」

親は本当の自分を観ていてくれて、何があっても受け入れてくれるもの

と信じていたのに、裏切られたような気にさえなります。


わたしはこの頃は、
「わかった、あなたはそうやって正しい母親像を振りかざそうとするけれど、
わたしには、あなたの本心が見える。
欲望は間違っていることでもなんでもないけれど、
その問題は自分で解決しなければならなかったのに、
周りのせい、子供のせいにしてきた。
そのことは理解して欲しい」
と、心の中で言っています(^^)

面と向かって言うと、泣き出されたり、発狂されたりするから・・

わたしは主婦が働くのはいいことだと思っています。

社会に出ていると、少なくとも人生の終盤に差し掛かる前に
自分の問題点と向き合わなければいけないチャンスが何度もくるので


わたしは、自分の欲望に正直な母親でありたいな。

そうすると、子供たちは何度も裏切られて困惑するかしら?

・・うちは大丈夫そうです。

すでに
うちのお母さんはおかしい・・変だ・・
変わっている・・自由すぎる・・
自分勝手だ・・宇宙人だ・・などのささやきが聞こえているので・・

かわいそうな人間を見る目で
家族には見られています。。。


まだ社会的役割の範疇で生きているので
事件が起こるのはこれからかも・・

ごめんね、みんな~(^^)