心の悩み,相談に乗ります。

わたしはネット上で200人以上の相談に乗らせていただいた経験があります。

わたしでよければお話きかせていただきます

希望される方は苦しいこと辛いことをできるだけく詳しく書いてメールを送ってください。(どういうことが苦しいか辛


いかをできるだけ詳しくお願いします)

少しでもお役に立てればそれはわたしにとって最高の喜びです。

メールお待ちしてます。

spa326z9@energy.ocn.ne.jp

■はじめに――幸福を求めて


「生きていくって、なんてつらいんだろう。」

ふと立ち止まっては、こんなことを思う。仕事がうまくいかな
い、生活が苦しい、現実に直面して夢敗れる、失恋、孤独……
さらには逃れられない老い、病、そして死。どうしてこんなに
苦しみが多いのだろう。まるで苦しむために生まれてきたみた
いなものじゃないか。たいていの人間は、こんなことを考える
に違いない。でも、考えたからといって、それから離れること
ができるのだろうか。おそらくできないだろう。苦を背負った
まま、自分の心をごまかしながら生きていくのが普通であろう


 ところがわたしはそういう妥協ができなかったんだ。わたし
だって、わたしなりの苦を持っていた。でも、自分をごまかす
なんて、不器用なわたしにはできないことだった。普通だった
ら、死ぬしかないっていう状態だ。そこで何をしたかというと
、「真の幸福」を探して、がむしゃらに精神世界に飛び込んで
いったんだ。もともと物好きだったし、熱中すると我を忘れる
性格だったからね。

 それはもう、大変なことだった。なにしろ、だれも知らない
ことをやろうというのだから。文字どおり、暗中模索【あん
ちゅうもさく】の数年間だった。その途中では、人生のどん底
に落ちて、辛酸【しんさん】をなめた時期もあった。苦をなく
そうと始めたことが、いっそうひどい苦しみをもたらしたのだ
から、本末転倒だね。

 しかし、わたしは「真の幸福」探しを放り出さなかった。な
ぜかというと、このころようやく手応えのようなものを感じて
いたからである。わたしはヨーガに巡り合った。そして、解脱
【げだつ】によって生死を超越し、真の幸福をつかむことがで
きると確信したんだ。


(中略)

しかし、二カ月以上に及ぶインド滞在が、結果的にはわたしに
解脱をもたらす。わたしに必要だったのは、独りきりになるこ
とだったのだ(遠離【おんり】・離貪【りとん】の段階、その
理由は第一章で詳しく述べてあるのでここでは省く)。ともか
く、聖なるヒマラヤ山中で、独りきりで修行することができた
。こんなことは、日本においては多忙を極めるわたしにとって
、後にも先にもこのときだけだろう。これがインドに呼ばれた
理由だったようだ。

 まあ、このように紆余曲折【うよきょくせつ】の末、わたし
は解脱を果たした。解脱とは期待に違わず、素晴らしいものだ
った。苦は滅し、生死を超越し、絶対自由で絶対幸福の状態

――その表現には少しの誇張【こちょう】もなかった。あの釈
迦牟尼仏【しゃかむにぶつ】も、この状態を得ていたのだ。と
ころで、わたしはここまで到達して初めて、釈迦牟尼仏が残し
た「縁起【えんぎ】の法」が実は解脱の方法であることを知っ
た。わたし自身が自己流ながら行なってきた方法と、全く同じ
ものである。もっと早く気づけばよかった、と少しくやしいよ
うな気もするが、仏教学者といえど知らないのだから仕方のな
いことだ。

 しかし、今のわたしには「縁起の法」やわたしの体験をもと
に、秘められていたその方法をご紹介することができる。まず
は本書を読んでいただきたい。あなたの魂はそれを願っている
はずだ。
                 [ 生死を超える]より抜粋


 今、苦しんでいるすべての人へ

わたしは苦しみ多い人生を送ってきました。その苦しみを克服

しなければ生きていけないと感じていました。どうしたらその

苦しみを克服することができるかを模索しました。

そしてついにわたしが探し求めていたものを見つけることがで

きました。

真理に巡り合い、修行することにより、少しずつ苦しみから解

放されています。煩悩は苦しみ、煩悩を滅することによっての

み、人は真に苦しみから解放されるのです。

一人でも多くの人に伝えたい。

真理の素晴らしさを、修行の素晴らしさを

一人でも多くの人が真理の流れに入り苦しみから解放されるこ
とを心からお祈りします。

http://www.aleph.to/

それでも真理は存在する
http://tomsawyer2012.rakurakuhp.net/i_658206.htm

事件のマスコミの報道、裁判も真実ではありません
http://tomsawyer2012.rakurakuhp.net/i_658211.htm

イニシェーション、百問百同がお奨めです。一番下のカテゴリ
ーの所をクリックすると全文が読めます。
http://sinri.wordpress.com/

必見!戦いか破滅か 生死を超える成就者体験談もお奨めで
す。一番下のカテゴリーからお入りください
http://aumer.wordpress.com/

青年真理、小学生の真理が読みやすいです。
http://www015.upp.so-net.ne.jp/sinzinrui/fs4/index.html#87

真実の姿
http://akiko.yoka-yoka.jp/e163000.html

質疑応答
http://shibataishin.akazunoma.com/am/amk/sonshinikiku/amk_sonshinikiku.html
成就体験談1
http://tomsawyer2012.rakurakuhp.net/i_642093.htm
成就体験談2
http://tomsawyer2012.rakurakuhp.net/i_642110.htm
高弟座談会 グルを語る
http://tomsawyer2012.rakurakuhp.net/i_642086.htm

わたしが修行を続けているのは苦しみから解放され楽になりたいからです。

往々にして人が苦しむのは自己を愛するからです。
自己を愛することを自己愛、自我、自我執着などといいます。
この自我は人それぞれ程度の差はありますが普通は皆持っています。

自我が強いほど苦しみが大きく、自我が弱いと苦しみは小さいです。
自我が強いと人とうまくいかず、自我が弱いと他の人と打ち解けやすいです。
自我が強いと心は重たく暗く、嫌悪(嫌う)の感情が強いです。
自我が弱いと心は軽く明るく、他の人を愛しやすいです。

この自我は何によって形成されるかというと煩悩を強く求め執着することによって自我は強くなります。
 
一般的な例としては異性への執着です。異性に対して執着が強ければ自我が強くなり、苦しみは大きくなります。

異性への執着が強ければ好みの異性にしか執着することしかできず、それ以外の人には冷たくなるか嫌悪の感情を持ちます。異性に執着しそれによって自我を強め人を嫌えばなしたことは返ってくるカルマの法則によっていつか自分も嫌われ苦しむことになります。

天使のように心清らかで誰かれとなく愛する人は誰からも愛され、自我が強く汚れている人は嫌われやすいです。
清らかな人は「この人は感じがいい人」と思われ愛され、自我が強く汚れている人は「この人は感じが悪い人」と思われ嫌われるのは人の人情です。これは間違いのない事実だと思います。

異性に執着するということは自分の好みの特定の異性しか愛せない、それ以外の人には関心がないか冷たくなる。極端に偏(かたよ)ってしまうわけす。

異性への執着が少なく誰かれとなく愛せる人、他への愛が偏らずより広がる人は人付き合いがうまくいきやすいです。

自我が強ければ愛されたいという欲求も強くなります。愛されたいと思っていても自我強く汚れていれば、人から嫌われ、愛されたいと思っているのに非難されれば強く反発して争いが起きやすくなります。よって人とうまくいかないということになります。

また自我が強く人の好き嫌いが激しければ他の人の欠点を愛することができず、自分は愛されたいと願いながらも自分は他の人を愛することができないという矛盾した様なことが起こります。


そして真理の教えでは慈愛を説きます。すべての人を見返りを求めず平等に愛する。
この慈愛はプライドや甘え、異性への性愛があれば実践するのが難しいです。
プライトが高ければ自分が非難されることを恐れ実践するのは難しく
甘えがあって愛されたいと欲求が強ければ人に愛を与えることは難しく、
異性への執着が強ければ特定の異性しか愛することができない

よって真理の教えでは煩悩(欲望)破壊を説きます。修行して煩悩を弱めていくということです。
煩悩を弱めていくことによって他への愛が広がっていきます。
他の人を愛せば自分も愛される、なしたことが返ってくるカルマの法則です。
異性へ執着することを捨断(捨て断つこと)して、他への愛が広がっていけば人付き合いがうまくいき喜びが多くなります。

自己の煩悩に執着し、煩悩を求め、煩悩を満たしていれば煩悩は増大し自我は強くなり人からは嫌われ苦しみが大きくなっていきます。

修行して煩悩を弱めて心が浄化されていけば人から愛されるようになっていきます。
真理の修行をして煩悩を弱めていくことこそが真の幸福へ至る道なのです。