記録的な猛暑であった昨年、7月18日に熱中症でお亡くなりになった、俳人・白戸麻奈さん。享年54歳。

 

私は2018年に第一句集「東京(バビロン)の地下鉄」(ふらんす堂)を買い、その独特の世界観と高い表現力に魅了されました。

 

第一句集発刊の後、白戸さんは第二句集の準備を進めていたそうです。

 

彼女の夢を叶えるべく、お母様の章子さんが尽力され、4月15日に第二句集「東京(バビロン)の夜空に花火」(著者:白戸麻奈、発行者:白戸章子、代行:破殻出版、印刷所:喜怒哀楽書房)が発行されました。

 

「東京(バビロン)」と「少年」、二つの章で構成されています。

 

[第一章「東京」]

 

決して、都会の風景を描いたスタイリッシュな句を集めたものではありません。東京の片隅に暮らす白戸さんの心の中を、五七五の17文字で刻み込んだ作品群です。白戸さんの心象も、まるで東京のようにさまざまなものが複雑に散りばめられているのだろうなと感じました。「東京」とは、白戸さんなのです。

 

「さまざまなものが複雑に散りばめられている」とは、「未整理で散らかった」という意味ではもちろんありません。一つひとつの句はそれぞれ作品として完成しています。それら「タイル」がバラエティに富んでいるため、さまざまな色彩で複雑に構築された「モザイク」のような美しさが、全体として心に迫ってくるのです。これは、白戸麻奈さんの句と、それを構成した章子さんの共作といえます。

 

自然・風景の描写が自らの心象表現になっている句。

 

推敲を重ねたであろう見事な描写に衝撃を覚える句。

 

すべての表現に驚かされます。

 

「猫柳」や「薔薇の芽」といった句中の言葉が、白戸さんの心のメタファーになっています。それは、ストレートな表現ではありません。楽しい、悔しい、といったストレートな、直接的な表現というのは、一見わかりやすいのですが、それは、複雑な状況やそこから生まれた気持ちを、単純な言葉に置き換える「抽象化」です。

 

彼女は、時間をかけて培ってきた言葉の技で、気持ちのすみずみを切り捨てずに、五七五の17文字で拾い上げようとしたのです。難解ではなく、むしろ直接的な言葉よりも伝わってくる。それが、俳句における「具象」なのかもしれません。

 

そしてその誠実な姿勢は普遍性を持ち、私たちの心に響きます。

 

[第二章「少年」]

 

第一章がさまざまなテーマの句をモザイクのように美しく散りばめた作品群であるのに対し、第二章は「少年」という一つのテーマに絞られています。

 

描かれた風景やドラマの中に自分もいるのではないか?と錯覚するほど、シーンが的確に伝わってきます。短い言葉の奥に、どのような背景があるのか、想像するのが楽しくなる句なのです。

 

頭の中で考えて理解するより前に、感じることができる句です。

 

「甘酸っぱい香り」「まぶしい光」「頬をかすめる風」「轟々と鳴り響く音」といったものが、直接感じられ、大人と子供の間で戸惑う少年期の純情、性、驚き、ときめき、悲しみ、悔しさ、等々が、この章の中にびっしり詰まっています。これほどまでに少年をスケッチできるとは!

 

白戸さんにとって「少年」とは何なのだろう?

 

第二章「少年」は、少年の旅行鞄です。

 

二つの章の二重奏が素敵でした。

 

心残りは、これが最後の句集だということ。

 

しかし、あらゆるものは、それだけで完結しておらず、「他」と関わり、つながることで、無限で永遠なのです。

 

無限連鎖です。

 

この句集を手にした者は皆、これを糧に生きていきます。活かしていきます。それはまた、何かとつながっていくのです。

 

「東京(バビロン)の夜空に花火」は、白戸麻奈さんのピリオドでもあり、私たちのスタートラインでもあります。

 

白戸麻奈句集「東京(バビロン)の夜空に花火」

 

発行者:白戸章子

 

代行:破殻出版

〒332-0015 川口市川口5-11-33 山崎十生

048-251-7923

郵便振替 00110-3-361568

 

印刷所:喜怒哀楽書房

〒950-0801 新潟市東区津島屋7-29