その子にとって何が「ダメ」なの? | 優しさが循環する世界を夢みるコーチング☻

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シンプルライフ☻コーチング 

スローペースなマイペースに

少しずつ歩みを進めている私、 YUI-KICHI です。




今日は、子どもに対して、つい言いがちな「ダメ」という事について綴ります。
自戒を込めて。



「ダメ」は親の怠惰


「ダメ」って言うのって、

子どもをコントロールするのに、

めちゃくちゃ簡単な言葉だと思う。



しかも、「ダ」って発音は、

濁音だからか、凄みがあるし、

それを「メ」って発音で、

きっちり締め付ける感じ…真顔



「ダメよ〜音符ダメダメルンルン

っていうのが一昔前流行ってたけど、

そんなおちゃらけた感じの

柔らかい言い方だとまた違う印象だけれども。



親が子どもに「ダメ」と言う大体の場合、

上から押さえつけるような言い方だったり、

いっさいがっさい受け付けない、

といった印象がある。



関西に住む友人が、

「ダメ」よりは「あかん」と言うかなぁ

と言ってたけれど、

「ダメ」には劣るが、

「あかん」も割と語気が強い気がする。

(あくまで個人的見解)



いずれにせよ、

2文字だったり3文字だから言いやすい。



「〜だからダメ」とかって理由をつけるなら、

まだ子どもにとって説明しようという意思は感じるけど、

「ダメ」の一言で一蹴するのは、

もはや親の怠惰なのではないかと思う。




なぜ「ダメ」なの?


親が「ダメ」と言う時って、

実は思考停止状態なのではないかと思う。

その理由は、

また、前回の記事にも書いたけれど、

感じるのが怖いから。



子どものその言動を許してしまったら、

起きると考えられる出来事が怖いから。



その言動を許してしまったら、

子どもが

ちゃんとした人間になれないかもしれない。

嫌われてしまうかもしれない。

独りぼっちになってしまうかもしれない。

苦しんでしまうかもしれない。



そんな恐怖。



そうなるのではないか?

ということを、

自分の子ども時代に、

無意識に刷り込まれてしまったのかも。



でも、冷静に、客観的に考えてみたら、

必ずしもその出来事は起こるか分からない。



自分が家庭や学校で「ダメ」と言われてきたから、

盲目的に「ダメ」になってないか?



いま、目の前のこの子にとって、

何が「ダメ」な事なのか?



掘り下げて考えてみた方が良さそう。



案外、

親の自分が不安や恐怖に襲われるから

という理由も大きかったりするのではないかな?



「子どもの将来のための教育」

だけが理由ではないのではないかな?


自分のことを振り返ったら、

そんな事を思う。



「ダメなものはダメ」ってよく聞くけど、

すぐ命に関わるような危険な事でもない限り、

一言目に「ダメ」を言う必要のある事がどれだけあるだろう?



明らかにそれしちゃダメでしょって事でも、

「ダメ」よりもまず、

「どうしたの?

「どうしてそうしたいの?

って聞けるのが理想だなぁ。



何がどのくらいどうして危険なのか、

やってはいけないのか、

その子に合わせた目線と言葉で説明してあげるのが

親の努力目標かなぁ。

あえて、「義務」ではなくて。



自分の恐れを認める


親の不安や恐れがあることに気づいたら、


具体的にどんなことが不安で怖いのか、


見て、留めてあげる(認めてあげる)。




不安も恐れもゼロにはできないし、


しなくてもいいけれど、


認めてあげないと、


自分の中で動き続けるのに、


自覚できなくて苦しむ事になると思う。




この「自分の中にある不安や恐れを認める」


という行程がないと、


ただただ「子どもには『ダメ』とは言わないようにしよう」


と頑張っても、


できない自分に「ダメ」出しして、


自己嫌悪するということになる。


(経験談)




不要不急の「ダメ」を乱発しないためには、


何が「ダメ」なのか掘り下げて、


自分の恐れを見つけてあげよう。