東北線(宇都宮線)[片岡]-[矢板]間より、水田の間を走る211系です。
宇都宮と黒磯の区間ではまだまだ主役ですが、
日光線と車両を共通運用する205系600番台への置き換えが発表済み。
沿線の各駅では、4両・8両編成用の標識がすでに設置されているようで…。
お馴染みの車両が置き換えられる日も、そう遠くはない事を実感させます。
この日は午後から、
蒲須坂~片岡~矢板~野崎、という区間を線路沿いにサイクリングしつつ撮影です。
この時の動画はこちら。
http://www.youtube.com/watch?v=n0yuZBB90Zo
宇都宮線[蒲須坂]-[片岡]間より水田の中の築堤を走る211系です。
背景の山は高原山。
撮影地として定番の区間だそうで、平日にも関わらず撮影の人出やら置き三脚やらあったり。
宇都宮線[蒲須坂]-[片岡]間より石仏様とEF210です。
この区間は江戸時代に整備された会津中街道と線路が並走しています。
…現代となっては単なる細い舗装道路ですが(;´∀`)
しかしながら、点々と宿場町が発達し街道には、
このような石仏や石碑が今も残り当時の面影を残しているそうです。
こちらは「太鼓塚野仏群」との事で、矢板市の野仏10選の一つだそうです。
宇都宮線[蒲須坂]-[片岡]間より黒磯方面に向かう烏山色のキハ40-1005です。
踏切が鳴ったのでカメラを向けてみると…烏山線でお馴染みのキハ40が!
前面幕は「回送」表示、前面下部に取り付けられているジャンパ栓が外された状態。
郡山総合車両センターに検査のため回送の模様でした。
そしてこのキハ40-1005、
入場中に首都圏色(タラコ色)に塗り替えられ、6/13より通常の運行に戻ったとか。
先の首都圏色へと塗り替えられた1004と併せ、
大金駅ではそうそうに首都圏色同士の並びも見られたそうで。
…今年の風っこはタラコ色の編成で挟むのかな?
EV-E301系の導入が発表され、
駅施設の工事が開始されるなどの動きがある烏山線ですが、
訪れる楽しみがまた一つ増えましたね。
宇都宮線[片岡駅]の北側付近より下りの211系3000番台のA34編成です。
近郊型車両として115系の後を継いで活躍してきましたが…宇都宮線での運行も後僅かなのでしょうか。
兄のコレクションより拝借、211系が東北本線にデビューする前の電車試乗券です。
時は昭和61年(1986年)10月12日、小金井~黒磯間を往復でした。
試乗券に写っているのは先に東海道線へと投入されていたA13編成とな。
A13編成は後に高崎車両センター所属となり、C12編成に組み込まれる事となります。
「東北本線に新型の電車走る」
試乗券より、案内が書かれた紙のほうが貴重?かもしれませんねw
当時私も試乗に行った記憶が何となくあったりします。
東北線にデビューしてから27年弱にもなるのですねぇ…。
宇都宮線[片岡]-[矢板]間よりEF81-95牽引の寝台車、通称「黒磯訓練」の下りです。
線路沿いを北上し、良さ気な撮影地を見つけ休憩していると…通過(;´∀`)
なるほど、平日でも人出があったのはこの為なのですね。
先ほどの撮影地から西に目を向けると、そこには巨大な茶色い工場が。
東北自動車道を走行していても目に入る建物なのですが、
これはカレーのチェーン店「CoCo壱番屋」、通称ココイチの栃木工場だったりします。
カレー屋として世界最大のチェーンを誇りギネスにも認定されたココイチ。
国内には3箇所の工場があるそうですが、その一つだそうです。
この後、矢板駅に向かって北上です。
北上ついでにちょっと寄り道して昼食。
白河ラーメンの「たきざわ」さん。
特製手打中華そば@¥800
自家製手打の麺が美味い一品。
でもガッツリ派には、ちょっと物足りない量かもしれません。
沿線の撮影ついでにオススメです。
矢板駅付近に到着、駅の東側には太平洋セメントの施設と線路跡の敷地が。
かつて貨物の取扱があった矢板駅。
こちらの太平洋セメントにも引き込み線が伸びており、セメント車(ホキ)が行き交っていたそうです。
矢板駅にて黒磯訓練の上りを待ち撮影。
さらに北上し野崎駅方面に向かいます。
宇都宮線[矢板]-[野崎]のトンネル付近から。
この辺りの線路は、
那須方面の山々を源流とする川が作った田んぼに適した平地、
そして河岸段丘のちょっとした峠を繰り返し走りぬけます。
宇都宮線[矢板]-[野崎]間、トンネルの北側より211系です。
河岸段丘を抜け再び田園地帯に。
午後の斜光が良い感じに車両を照らします。
[矢板]-[野崎]間より、箒川橋梁を渡るE233系の付属編成(D04編成)です。
レンガ造りの橋脚が渋いっすね。
箒川(ほうきがわ)を渡ると矢板市から大田原市へ。
野崎駅も間も無くとなります。
箒川橋梁の北側からE231系の10両編成です。
グリーン車付きの編成もたまーに黒磯まで乗り入れているのですね。
箒川橋梁を渡ったコンテナみっちりの貨物列車が北上して行きます。
この撮影地のすぐ側には小高い慰霊碑があったり。
明治32年(1899年)に橋梁を通過中の列車が強風に煽られ転落。
大雨により増水していた川水により多数の死者が出た、明治時代最大の鉄道事故だったそうで。
箒川橋梁の西側、下り線側は近代的なコンクリート製の橋脚となっています。
ここで折り返して矢板駅を目指して南下です。
[矢板]-[野崎]間より。
矢板駅に到着後、自転車を折り畳み宇都宮へ向かいます。
宇都宮までの列車は沿線で撮影したE233系D04編成でした。
2013年3月16日のダイヤ改正にて、宇都宮以北にも顔を見せるようになったE233系。
関東地区に限った話では無いのですが、
車両新造と既存車両の転用…そして廃車と、現在様々な動きを呈してます。
宇都宮線での211系とE231系・E233系の共存・共演も、
後から振り返ってみれば短い期間の出来事、となってしまうのかもですね。
変わらない沿線風景と徐々に変わりゆく行き交う列車たち。
沿線をマターリとサイクリング鉄、充実した一日でした。