また、春が来る頃、キューバへ行く。生涯、四度目のキューバだ。踊る音符のタトゥーを両腕に持つ音楽家に会いに行くために。

三度目のキューバの時、現地で風邪を引いた。音符のタトゥーの音楽家にキューバの黒人伝統音楽の太鼓を習っている毎日の最中だった。僕は音符のタトゥーの音楽家にその風邪をうつして互いにドロドロの体調の中、それでも二人休まず対峙し合い音楽の創造の日々を作り上げた。

互いの友情は深まった。
その異国の音楽家は、鋭い居合の眼差しで僕を睨み、日本で知る太鼓のフレーズとは色彩が違うフレーズの数々を教えてくれた。

日本に帰国してから、教わったフレーズを繰り返し繰り返し身体で覚え、染み込ませた。そして、そのフレーズを聞く道ゆく人達の反応を楽しみつつ、三年が経過した。

三年の間に音符のタトゥーの音楽家を取り巻く環境は随分変わった。彼は、僕がキューバに滞在していた時に付き合い始めた恋人と子供を儲けた。そして、その恋人が歌う彼自身のオルケスタを作った。去年、彼の恋人と僕はSNSで繋がってそんな近況を知った訳だ。

思えば、キューバで風邪を引いたのも、彼の恋人に小さな想いを寄せて、ふとその想いが叶わぬものと感じた夜にだった。

旅は二カ月後だ。

もう、キューバで風邪は引きたくない、と笑ってみせる。