去年の秋が深まる頃、またサルサが恋しくなった。しばらくサルサを踊る楽しさを忘れていたけど、何よりも一番サルサを踊ることが好きだと気付いた。俺の人生に注いだ全ての努力はサルサを踊るためのものだ、と。

閉鎖病棟から一歩も出れずに過ごした10年前の夏。2ヶ月の措置入院が解けて、母と姉にいざなわれるまま閉鎖病棟から外に出歩いてみた。2ヶ月ぶりの直射日光を浴びると目眩がした。公園のベンチに座り、3人でペットボトルのお茶を飲んだ。蚊に刺された。今は夏で生きているんだと実感した。母と姉と別れて、病棟のベットに一人寝転がった。キューバの歌姫ハイラ・モンピエのサルサを聞いた。目の前が明るくなり視界が開けた。世の中女の子がいるじゃないか、と。楽しく生きるのがいいんじゃないか、と。サルサが病気の落ち込みから救ってくれるんじゃないか、と。

医師から外泊が許され、家に帰るや否や向う先は六本木のダンススタジオだった。サルサのダンスの先生が優しく受け入れてくれた。退院して夢中で覚えたサルサ。めきめきうまくなった。生きる原点だった。

踊ると恋に落ちる。
その先があるんじゃないかと。
辛い目にあった。
ハンディが強く意識された。

恋破れたみじめな男として、女に馬鹿にされるのが嫌だった。ボクシングを始めた。煙草をやめ20キロ以上減量した。試合に出て勝った後に、リングで新しく好きになった女と勝利のサルサを踊ることを秘かに考えていた。スパーをして鼻血を出したご褒美にと、幾夜もサルサを踊った。プロボクサーだったシゲさんから南米のボクサーはサルサも踊ると聞いていたのでその気だった。

最高だった2年半ぐらいの
スパーとサルサが共存した時期。

人生で一番熱く生きた時
暴力と性の為に生きた時
復讐のつもりで生きた時

サルサが
最高だと 
何より
最高だと今思う。

去年のクリスマスに見た韓国映画の「ダンスをしている間だけは相手を愛する」という在り来りの台詞が心に残った。そして、その韓国映画でラスト二人が結ばれることに目が潤んだ。

サルサは
一瞬のために