「お前も十五歳になった。一人前の狩人になる時がきた」

 これはある部族の物語。十五歳の誕生日を迎えた狩人の息子タダイは、父親にそう言われた。この部族では十五歳を迎えると、朝から何も食べずに狩に出て三日間を過ごさなければならない儀式があった。

 正直、タダイは、この儀式には気後れしていた。というのは、この自然の中で生きてきたタダイにとって、動物達も友達であり、狩りをする対象ではなかったからだ。タダイには人の気持ちを理解する猟犬トマスがいた。タダイは、狩猟道具である弓矢を携え、このトマスと共に猟に出ることになった。

 

 タダイは朝食としてウサギを狩った。猟犬トマスはタダイ同様に、この自然と共に生きる者だった。幼い頃からタダイと暮らし、そのために猟犬としては半人前だった。ウサギは弓を撃たれた瞬間、こう言った。

「どうして?」。トマスは一瞬言葉を無くした。

「ごめんなさい、ご主人のためなんだ」

「ひどい、ひどいよ」

 トマスは葛藤したが、その気持ちはタダイには伝わらなかった。タダイはいつも食事に出されるように、ウサギに火をつけて、肉を切り分けて、ウサギの肉を食べた。トマスにもその肉を差し出したが、トマスはとても食べることは出来なかった。タダイは、そのことを怪訝に感じたが、何も言わなかった。

 

 タダイは、次はシマウマを狩ることにした。ウサギと違って大物だ。食べきれない分には塩をぬり、腐食をおさえる。タダイはシマウマの群れの前に躍り出た。すると、すぐにシマウマの群れが逃げ出した。猟犬トマスはすかさず、シマウマ達を追いかけた。タダイは矢を放った。その矢は後方で走っていたシマウマの足に当たった。走れなくなったシマウマにトマスは躍りかかった。トマスは言った。

「ごめん、ごめん!ご主人のために仕方なかったんだ!」

 シマウマは言った。

「違うよ、これでいいんだ。これが僕達の生きる世界なんだ。僕達の食べる植物だって生きているんだ。僕はもうだめだ。さぁ、お食べなさい」

 トマスは泣いた。近づいてきたタダイにトマスは苦悶の表情を向けた。その顔はこう語っていた。

「生きるっていうことは、いったいどういうことなんだ!僕達は、生きるために生きているものを殺さなくてはならないなんて!」

 タダイはトマスの言葉はわからなかったが、トマスが悲しんでいることには気付けた。そこで初めて、殺したシマウマに同情の念がわき、食べずに弔おうとした。しかし、それをトマスが遮り、シマウマの肉体にかぶりついた。

「僕達は、この罪を背負わなければならない!」

 タダイはトマスの、この行動を見て、この肉を食べることが最大の弔いになると思った。

 

 次第に時間は夜になっていった。シマウマの肉のおかげで飢えは凌げた。なので、夜は狩りをせずに静かに朝を待とうとしたのだ。塩をぬり乾かしたシマウマの肉はまだ残っていた。そして、また、明日になれば狩りができるのである。タダイは狩人として自信を持ち始めた。しかし、昼間のシマウマのことは、心の底にこびりついていた。トマスも元気がない。

 次第に夜も更けていった。タダイは、うとうとし始めた。しかし、そんな折に物音がした、熊だ!

「ご主人!」

 知らず知らずの内に熊の縄張りの中に入っていたのだ。タダイは、すぐに起き上がり、弓を構え、そして、素早く矢を射った。

「ご主人!だめだ!」

 トマスの声が響く。しかし、時は既に遅かった。タダイの矢は熊の右目を貫いた!

「シメオン!大丈夫か!」

 トマスは素早く、熊に駆け寄った。タダイの顔面は蒼白である。それもそのはず、その熊は、トマスとタダイの幼馴染みのシメオンだったからである。

「シメオン!ごめん、気が付かなかったんだ。君だっていうことに!」

 タダイもシメオンに駆け寄った。矢を射られたシメオンも相手が自分の幼馴染みであることに気付いて安心した。

「そうか、タダイもトマスも一人前になる時がきたんだね。狩られる相手が二人で本当によかったよ。見も知らない相手だったら浮かばれなかったよ。不思議と痛みは感じないんだ、二人を思って死ねるからなのかな」

 シメオンは顔面を蒼白にしながらも、穏やかに笑った。

「シメオン!ごめん、俺は何もわかっていなかった。昼間にトマスが泣いていたのに、それに気付くことも出来たのに。俺達は罪を犯さないで生きることは出来ない、生き物を殺して食べることでしか、生きることは出来ないのだから」

「そうだよ、タダイ。僕にしたって、相手がタダイとトマスでない人間と犬だったら殺していたかもしれないんだ」

 二人は言葉こそ通じあえなかったが心は通じ合った。そして、矢によって脳髄を貫かれたシメオンは静かに息を引き取った。タダイとトマスは泣いた。

 

 タダイの頭の中に聖書の一節が蘇った。罪の女がイエスに出会うと、高価な香油をもってきて、泣きながら足にそれをぬった。イエスは言われた。あなたがたは普通の油でもぬってくれないのに、この婦人は高価な油を足に塗ってくれた。だから、この婦人の多くの罪は許されている。

 タダイはこの一節を聞いた時には意味がわからなかったが、この夜ようやく意味が分かった。今まで与えられるだけだった食事に、何故、両親が「いただきます」と言うのか。それは罪の女が、自分の罪を自覚して、イエスに油を塗ったように、両親が生き物の命を奪った罪を自覚して「いただきます」と言ったのだと。

 

 その後、シマウマとシメオンの肉を食べるだけで、もうタダイには狩りをすることが出来なかった。空腹のままで三日目の朝を迎えて、村へと戻った。そんなタダイとトマスの二人を父親は迎えた。

「一人前になることが出来たようだな。何か言うことはあるか」

 タダイは考え、言葉を慎重に選んで、答えた。

「人がなんで生きるのかわからないけれど、どうして生きていけるのかはわかった。俺に命を捧げてくれたシメオンが教えてくれた。最初に焼いたウサギは俺を憎んでいただろうか。そうだとしてもシマウマが教えてくれた。でも、俺はどうして人が生きていけるのかをわかっただけで、なんで生きるのかはわからない」

 父親は優しさをその瞳に宿し、促した。

「それで」

「父さんや母さんを見て、それを実感を伴って知ることが大人になるということなのかもしれない、と思ったんだ」

「そうか。そこまで言えれば十分だ。二人とも。さぁ食事にしよう。母さんが心配して待っている」

 タダイは生まれて初めて、食事を前にして、心の底から手を合わせた。

 

 終わり。

 

参考文献 聖書 新改訳