2015.1.3
もうちょっとだけ妻籠は続きます。
正月三が日ですが、けっこう観光客はいます。
個人的に注目したところはこの道路の端の溝。
ドブと言っていいのでしょうか?
おそらく雪解け水を流すのが主目的で昔からあるのでしょう。
最後にあった大きな建物。
洋館みたいですが、明治以降の建物でしょうか。
江戸の宿場町だったこの妻籠には不釣り合いな……。
……発電所でした(オチがついた)。
ここが妻籠の端っこ。
あの橋の向こうに駐車場があります(この妻籠は基本的に観光客の車の乗り入れは禁止です)。
橋もちょっと近代的な形になり、ここで日本昔話の世界の夢が覚めるような感じです。ディズニーランド的な感じで。
妻籠は日本でも最初に(しかも自主的に)街並み保存を始めた希有な地域だそうです。
珍しいものを見ました。
回礼というのでしょうか? 年始に町内会の代表などが町を回って各戸に祝詞を唱えて歩く光景です。
こちらは木賃宿の中。
板敷きの雑魚寝場所と炊事ができる土間がざっくばらんに2分されています。ある意味機能美?
安宿といっても最低限の施設は整っているようです。なんといってもこの気候の地で雪風が防げて火が焚けるのが嬉しい。きっと現役だった頃には建物全体の木にも熱が籠もっていて、思いのほか暖かかったのでしょう。
そして、ひとは雪だるまを作りたがる(笑)。
ベイマックスと小トトロ発見。
あの三段雪だるま(西洋風)も何か元ネタがあるのでしょうか。
小さいながらもかなり凝った雪だるまもありました。
ちょっと一服。
お茶屋さんで抹茶とお茶菓子をいただきました。
おいしかったです。
妻籠の旅を終えて列車場まで戻ってきました。
さらば、長野の大地。
積もった雪が木曽路を象徴します。
今回の旅はとにかく雪、雪、雪、でした。
息を飲むほど美しくて、忌々しい厄介者で、寒くて、風情があって、部屋の中からぬくぬくと見るのが一番で、外に出れば昔から戦い続けてきた人々の歴史を感じることができ、それは一方では共存しているところもあり、岐阜も長野も雪を中心に暮らしてきた生活が分かる情景でした(冬に行ったからかもしれませんが)。
それにしても宣伝に偽りなしの白川郷と最後に行った妻籠宿は見事の一言に尽きました(妻籠宿はとにかくご飯がおいしかったための上方修正も入っていますが・笑)。
雪国は、雪の季節に行くと大変ですが、だからこそ醍醐味を味わえると思います。特に数時間移動するだけで大雪地帯とまったくの無雪地帯をめまぐるしく往復する状況(きっと山がちな地形の高低差のためでしょう)はダイナミックな感覚でした。
さて、次の更新はGWになりますが、その前にまた大阪付近に行く用事があるので、そこでちょっと寄り道して観光しようと思います。











