信頼するということ | いつでも一緒

信頼するということ

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わたしにとって、
大切に思っていること。

まず避けたいこと…



自分を必要以上に卑下した言葉を人に発信していく行為。

時に人は自分を絶望的に感じることも経験から必要だとは感じます。

自分をかえりみるくらいならよいのですが、

そうしすぎることによって、相手の優しさや善意を何度も無意識の中の意識的な行為により、利用してしまうことを覚えてしまったら…

依存症です。

親子や夫婦にはこれがとても多い…共依存とも言いますが、


人はやはりいつかは自分で歩き始めなくてはならないと言うことを身を持って知る機会がありました。


それは、
働いているとか働いていないとか以前に、

気づいて、
そんな自分やわかってくれない人の冷たさに、


怒り、認めて、絶望して、素直になれることから始まると感じます。


その目が初めて開いて、卑屈にならずに客観的に周りを見ることができ、
教えてもらう姿勢が出来てきて、

日常に感謝したり、
愛しいと感じたり、
人にそれを返すことが出来るようになるのだとわたしは思いました。



きれい事を言っているのではありません。

わたしは過去、
パートナーが過酷な仕事により精神世界のブロガーさんと一方的に共感以上の感情を持ってしまい、壊れてしまいました。
その後、続いてペットが亡くなったり、
自分の力では処理出来ない不可抗力な事が一年にいっぺんに起こりました。



周りはわたしに原因があるのだとアドバイスをしました。

そうかもしれません。
わたしは余りにも現実主義で変な正義観が昔から強くて、

彼や周りのプライドを傷つけていたとは今頃になってわかりました。

とても痛いです。


相手にばかり~してくれないと怒っていました。

実際、子供や生活は結婚してから一人で全てしてきましたが、

彼には彼の生い立ちや、外での苦労や、悩み。
更にはわたしは女であり彼は男であるという大きな性質があるのです。


女性が感情的に出来ているのに対して、
男性は論理的に出来ている。
女性が妊娠して育むのに対して、
男性は放出して花火のように一瞬で散る。


敬愛する牧師がわたしに向かって静かに説いてくれた言葉です。


聖書の創世記によると、
男性のあばらの骨を神は一本取り出すと、
助ける者としてこれを女とした。

とあります。

不思議と当時泣いてばかりで納得出来なかったわたしですが、
今ならわかるような気がします。

だからと言って恨んだり喧嘩したりしてはいけないなんて牧師は一度だって言いません。

それが夫婦本来であり、あなた方は依存しあうのではなく、それぞれが心のうちは解放されていて

自由であり、
夫婦とは例え違うことをしていても、いつかは同じ目的を目指して歩いていく同士であることがわかりますよ…。


と、京都うまれの64歳になられたこの牧師は、
何とも言えない懐の深さを感じさせる低い声で微笑むのです。


だから一番大切なことは
殺し合うほど憎みあったことが過去あったとしても、

今、一緒にいて、一つの家族をつくったこと。


上手く言えませんが、そういうことだとしておきましょう。