「怨霊と呪術」その6

 

 「ニューエイジ運動」は、日本では「精神世界」として受容され1980年代に広まった。だが、その下地は1960年代末から、反ベトナム運動とヒッピー分化で大きく変容したアメリカ分化に影響された音楽業界から広まった部分も大きい。グループ・サウンズをやっていたバンドマンたちや、そのバンドマンたちに憧れたファンの女性たちが「カルチャー」として広めていった。中でもインドに影響を受けたジョージ・ハリスンをはじめとする海外ミュージシャンたちや、「ウッドストック」をはじめとする音楽フェスに憧れた日本のミュージシャンの動きと連動するように、様々な「精神世界」という名のサブカルチャーを生み出していく。

 

 

 この15年の日本の音楽シーンが、次々に「夏フェス」を軸にフェスカルチャーが再興しているのとオカルトが流行しているのは、ある意味で1周したということだ。音楽業界は30年〜32年周期で、昔の音楽が蘇るのだが、一方で今は全く精神性を感じさせないK-POPに影響されたダンス・ミュージックが大流行しているのは、精神性ではなく肉体性への回帰が始まっていることを示している。これからはこの両極に集約されていくこととなる。

 

 海外書籍の邦訳などの影響で、日本では1980年代半ばから「死後の世界ブーム」がおこり、1986年頃から守護霊の声を聞くという宜保愛子らの霊能者が次々にTVに出演し始める。また、俳優丹波哲郎による心霊主義の著作「大霊界シリーズ」が1987年からに出版され、死後の世界を幻想的に映像化した映画「丹波哲郎の大霊界 死んだらどうなる」(1989年)は翌1990年の続編とあわせて300万人を動員。1991年にはNHKが臨死体験を取材しNHKスペシャルで放送され、臨死体験が一般社会にも浸透するきっかけとなった。この放送は、宗教やオカルトの問題と考えられていた「臨死体験」に真正面から取り組んだことで、大きな反響を呼んだ。

 

 

 宜保愛子の場合は非常にTV的な演出が施されていた。悪霊がいることを前提に番組が進み、その霊と対話する宜保愛子が除霊したり、悪霊に取り憑かれるというパターンだった。一方、丹波哲郎はTVにおいては非常にコミカルに霊界のことを語っていたが、実態としては真剣に「死後の世界」を考えていた人で、海外の関連書籍にはあらかた目を通していたことも知られている。さらに江原啓之を様々な人に紹介し、世に送り出すきっかけを作ったのも実は丹波哲郎であった。その辺は江原啓之への取材で本人が語っている。


 心霊主義・近代神智学は、オウム真理教などの日本の新宗教にも影響を与えている。東京外国語大学の樫尾直樹は、オウム真理教のコスモロジーの骨格には、「精神世界」の潮流の中でも、とりわけ心霊主義や近代神智学の影響がまざまざと見て取れると指摘している。オウム真理教の自己救済・他者救済の教義の根本には、何代も前からの前世で犯した罪が蓄積したカルマをいかに除去し、解脱するかという、霊魂存続を前提とした信念が重要視されていたという。

 

 

 だが、1995年の地下鉄サリン事件などオウム真理教による一連の事件の影響で、「死後の世界」ブームも急速に終焉に向かい、心霊主義やスピリチュアリティの分野がメディアで取り上げられることも大幅に減った。日本のTV局というのは昔も今も無責任である。世間が叩くまでは散々持ち上げるが、何か事件が起きるとスッと隠していまう。だが、皆がそろそろ忘れただろうというタイミングで、再びオカルティックな番組を「エンタメ」として作り出す。TVはずっとその繰り返しだ。

 

◆スピリチュアル・ブーム(2000年代初頭)以降
 

 心霊主義は、スピリチュアル・カウンセラーを称する江原啓之をきっかけに再びブームとなった。江原は、浅野和三郎に始まる日本的心霊学を継承する団体のひとつである日本心霊科学協会の流れを汲むが、イギリスでも心霊主義を学び、心霊主義にセラピー文化を取り入れて現代風にアレンジして、1989年に「スピリチュアル・カウンセリング」を掲げてスピリチュアリズム研究所を始めている。

 

 

 江原の著作『幸運をひきよせるスピリチュアルブック』(2001年)がベストセラーになり、テレビ番組「オーラの泉」(2005 - 2009)などメディアに盛んに露出するようになったことで、心霊主義は「スピリチュアル」として一般に広く普及する。「オーラの泉」は、江原がゲストのオーラや前世や守護霊、オーラなどを「霊視」してアドバイスをする番組で、スピリチュアル・ブームを生んだが、「オーラの泉」などのスピリチュアル系番組は、日本民間放送連盟が規定する次の放送基準の観点から問題視された。

 
第8章 表現上の配慮 (54)占い、運勢判断およびこれに類するものは、断定したり、無理に信じさせたりするような取り扱いはしない。現代人の良識から見て非科学的な迷信や、これに類する人相、手相、骨相、印相、家相、墓相、風水、運命・運勢鑑定、霊感、霊能等を取り上げる場合は、これを肯定的に取り扱わない。

 冷静に考えれば、TV局というのはこの規定には全く従っていないことがわかる。なにせ朝の番組では、どこも「本日の占い」が放送されている。さらに最も放送基準から逸脱していたのは細木数子である。在日朝鮮人の細木は、戦前から戦後に渡る政界の指南役・安岡正篤の情婦で、安岡が他界した後は松葉会会長の情婦になっている。1982年に、独自の研究で編み出したとされる“六星占術”という占いに関する本を出版。1985年に出した『運命を読む六星占術入門』がベストセラーとなり、以降、「六星占術」に関する著作を次々に発表、「六星占術」ブームを巻き起こし、人気占い師となったが、この元ネタは安岡の妹から盗んだ占星術に関する資料だった。

 

 

 細木の「六星占術」というのは欠陥商品である。細木が盗み出した資料には肝心要の部分が抜けていたからだが、細木のキャラクターは使えると判断したTV局は、細木を高名な占い師へと祭り上げる。これが様々な詐欺事件を生むこととなる。細木が相談者に先祖供養として勧めていたお墓の購入に関して、1993年には「人の不幸、不安につけこんで不当に高額な墓を買わされた」と霊感商法ばりの損害賠償を求める訴訟が全国各地で起こった。細木は墓の鑑定料として10万円を受取り、相談者は鑑定で勧められた1000万円を越える墓を購入、借金の返済に苦しむ人達が次々と現れる。当時、細木は久保田家石材商店とつながりがあり、細木の著書の巻末には同社の連絡先一覧も掲載されていた。


 全国弁連(全国霊感商法対策弁護士連絡会)は2007年に、民放連やBPO(放送倫理・番組向上機構)などに、「霊界や死後の世界について安易かつ断定的にコメントし、占いなどを絶対視する」番組を是正するよう要望書を提出。これを受けて、スピリチュアル番組では「“前世”、“守護霊”は、現在の科学で証明されたものではありません」などの断りのテロップを流すようになった。宗教情報センターの藤山みどりは、占い師がゲストを鑑定する番組「金曜日のキセキ」(2010 - 2011)では、「前世」「オーラ」「守護霊」など「オーラの泉」で批判された言葉は使われないが、現代では非科学的とされる「霊」「死後の存在」を肯定するような表現が見られると指摘している。

 2007年に大学生を対象に実施された國學院大學による第9回学生宗教意識調査では、「オーラの泉」を知っていた学生の8割が、この番組は「やらせ」があると回答しているが、「オーラの泉」での「霊の話」を信じるかどうかという質問には、
46.1%が「信じる」と回答している。同調査で「霊魂の存在」を信じると回答した学生は68.6%と多く、2010年の第10回調査でも65.5%と同水準であった。また、折原みとの少女小説〈天使シリーズ〉(1988年 ‐ 1991年)、冨樫義博のマンガ『幽☆遊☆白書』(1990年 - 1994年)といった作品でも、死後存続、死後の世界、霊魂、霊体、輪廻転生といった心霊主義の概念が取り入れられており、人気を博している。

 

様々な死後の世界関連本

 

 最近の日本人は建前上、科学的か否かをすぐに口にする。その最も典型的なのはmRNAワクチンに関する言説である。ビル・ゲイツ製母型の遺伝子組換え遅延死ワクチンのことになると、科学者でもない一般人がすぐに「科学的エビデンスを出せ」と口にしたがるのは、「現在の科学で証明されたものではありません」と放送してきたTVの影響である。TV番組漬けになっている日本人ほどこの傾向は強く、それがTVの影響だということにすら気づいていない。さらにSNSでいろんな連中が「反ワク」「エビデンス」を叫ぶのに影響されており、仕掛けた国のアメリカでどんなエビデンスが出され、また削除されたのかには一切目を向けようとしない。

 

 自分の見たいものだけを見て、信じたいものだけを信じるという傾向こそが、TVのオカルト番組が作り出してきた「罪」である。そこには冷静な判断などはなく、「自分たちはオカルトではない」と言いたいだけなのだが、実はその自分たちこそがTVオカルトの中に生きていることすら気づかないのである。もはや現実の方が当の昔にオカルトを超えてしまっているのである。

 

 

◆宇宙人とチャネリング 

 

 英語圏においては、ウィリアム・ステイントン・モーゼスによる『モーゼスの霊訓』(1883年、インペラールという未知の上位者の霊によるメッセージとされる)、ウィリアム・トーマス・ステッドの『ジュリアの音信』(1914年、亡き友人ジュリア・エイムスのメッセージとされる)、ジョージ・ヴェール・オーウェンの『ベールの彼方の生活』(1921年、オーウェンの母と友人たちや守護霊などによるメッセージとされる)、ジェラルディン・カミンズの『マイヤースの通信』(1932年、故フレデリック・マイヤーズのメッセージとされる)、グレース・クックの『ホワイトイーグル』(初刊1937年、ホワイトイーグルと名乗る聖ヨハネの霊によるメッセージとされる)、モーリス・バーバネルの『シルバーバーチの霊訓』(初刊1938年、シルバーバーチという未知の上位者の霊によるメッセージとされる)といった霊媒による霊との交信記録、いわゆる「霊界通信」ものが次々と出版された。これらを霊界からの重要なメッセージであると考える人々によって研究され、一部は日本語にも翻訳されている。日本の書店ではが現在も「精神世界」の棚に置かれることが多い。

 



 『シルバーバーチの霊訓』によれば、死後の世界は階層的で、地球圏に近いほど、死後の環境が地上に似ているという。それが上の界に行くにしたがって、美しさと神々しさを増すのだとしている。さらに上の界では地上の言葉で表現することが困難になるのだという。「心霊主義」とは、こうした理解を人類へ促すために、高級霊が中心となって全霊界により計画された運動であるという。死者・未知の上位者から深遠な教えを得るというこうした「心霊主義」の流れは、特別の能力を用いて霊的・精神的な世界と交流し、そのメッセージを一般人に伝える
「チャネリング」に通じるものである。

 

 神智学の提唱者ブラヴァツキー夫人は、「叡智はチベット奥地にあるというシャンバラで受け継がれている」としたが、叡智はどこかに守り伝えられているというスタイルは、後のオカルトに受けつがれている。見出されるべき真理のありかを宇宙の外だとする傾向が出てきたが、それ以外の神話的パターン、哲学的想定は同じであった。ここには真実と幻想が入り混じっている。特に「シャンバラ」については、元々その存在を伝えてきたのはチベットと仏教であり、ヨーロッパでは理想郷シャングリラとして伝えられてきた。シャンバラからのメッセージを受け取っている人間は世界各地にいるが、そうした思想は「神秘世界」の「隠された叡智=オカルト」として伝えられてきたのである。

 


理想郷シャングリラとして描かれる絵画


 「ヨハネの黙示録」に登場する「千年王国」の思想や「UFO信仰」の新宗教エーテリウス協会など、宇宙人と交信し教えを受ける宗教が登場する。1955年には、霊媒が自動書記で多数の地球外生命体、または高次の存在、天界の住人から自動書記によって与えられたメッセージ(イエス・キリストの教えの新しい解釈や啓示を含む)をまとめたという『ウランティアの書』が出版される。この本は現在もUFO系新宗教の信者に熱く支持されており、UFO系新宗教も多数設立されている。

 

 エーテリウス協会は、1954年にジョージ・キングが、3500歳の異星人マスター・エーテリウスと交信したことから始まった。こうしたUFO系の新宗教では、メッセージを伝える宇宙人は「天使のような存在」であり、「キリストやブッダなど過去の宗教家は異星人だった」ともいわれ、宇宙人は距離を問題としない別世界から飛来するともされる。実は、ここにこそ落とし穴がある。現在の日本でも、自称チャネラーという人達は、こぞって宇宙存在なるものと交信し、地球の危機を訴えるというのが黄金のパターンであるが、はっきり言うが、宇宙存在などという者はいない!騙されてはダメだ。

 ジョージ・キングによる瞑想状態・トランス状態でのコンタクト法は「チャネリング」と呼ばれ、アメリカで一種のブームになり、未知の上位者や太古の霊、宇宙の知的存在(宇宙人、宇宙存在)との交信はチャネリング、交信者はチャネラーと呼ばれるようになった。チャネラーは心霊主義の「霊媒」に相当する。日本でも「精神世界」ブームの際に、アメリカ人ダリル・アンカによる
地球外知的生命体バシャールとのチャネリング記録などの関連書が翻訳されブームとなった。

 

 

 警告しておくが、「バシャール」などという存在はいない。そして、チャネリングはダメだ。調子にのって「私は宇宙存在と交信している」とか「バシャール」を信奉したりしている人達はいずれ滅ぼされることとなる。だが、どうも精神世界にハマっている人達は、この手の本に弱い。近年では、さくらももこが装丁・挿絵を担当してヒットしたエンリケ・バリオスの『アミ 小さな宇宙人』(1995年版のタイトルは『アミ 小さな宇宙人―アダムスキー マイヤーをしのぐUFO体験』、さくらももこが装丁したのは2000年版)は、宇宙人アミに理想の社会・生き方を学ぶ本であり、UFO信仰・チャネリングの系統に属する。

 

 だいたいジョージ・アダムスキーが会ったとする「金星人」なる存在を演出したのはアメリカ軍である。本当のエイリアンの存在を隠すためのフェイクに見事に引っかかったアダムスキーは、金星人のコンタクトを元に宗教まで立ち上げている。こうしたアメリカ軍が作り出す偽の宇宙人の存在や、偽の霊的存在と「チャネリング」を通じてコンタクトさせられていることに気づいていない人が多すぎる。宇宙人、宇宙存在を奉じる宗教は神智学の影響が見られるものが少なくないのだが、650万年前に金星から降り立った護法魔王尊を崇める京都鞍馬山の「鞍馬弘教」も神智学の系統であるとされている。

 

鞍馬寺の護法魔王尊

 

 が、これは仕掛けである。650万年前に金星から降り立ったというストーリー自体、有り得もしない話しである。だが、護法魔王尊が降りたとされるのは鞍馬山である。そしてその姿は「天狗」である。つまり、鞍馬天狗で、その正体は裏陰陽道の漢波羅秘密組織「八咫烏」の頭領「金鵄」である。よって、その言い伝えは宇宙人などでは断じてない。スピリチャルなどと一緒にしてはならない。

 霊媒カミンズによる
「マイヤーズの霊界通信」では「グループ・ソウル」という霊魂説が唱えられ、現在の心霊主義にも影響を与えている。マイヤーズは生前、人間の無意識下でのコミュニケーションが存在するに違いないと考え研究したが、自らの思想を死後の世界で深めたものとされる。霊魂はそれぞれグループに属し、生きた体験を自分だけではなくグループ全体で共有しているというものだ。経験をグループで共有することで、グループ内の個魂は、何度も永遠に生まれ変わらなくても霊的進化の道を歩むことができるという理論で、仏教等に見られる個の輪廻転生とは大幅に異なる。マイヤーズの霊界通信では、ブッダの思想は「生自体の否定」と批判されている。ここにも危険な思想が底流にある。チャネリング同様、こうしたものを鵜呑みにしてはならない。

 

 

<つづく>