「穢れ」と「言霊」の謎:その44

 

 統一教会のメシアたる文鮮明は、自分は「神のもとから人間の形をとってやって来るので、罪の血で汚れていない」「イエス・キリストと違って地上で結婚し、地上で真の父母として神の王国を建設する」ということを教義に据えていた。そして、真の父たる自分がサタンと性交したエバの血を継ぐ人びとの罪の血統をぬぐい清めるため、メシアである文鮮明が信徒の女性すべてと性行為をしなければならないのだという狂った教義を考え出した。

 

 だいたい真の父とメシアの両方の役割を担ってしまうあたり、いったいどこがキリスト教なのか。天の御父と御子イエスの一人二役をやっている時点で、キリスト教としての教義は破綻しているが、それを刷り込まれた信者たちは、そこに救いがあると思い込んでしまう。要は「文鮮明による、文鮮明のためのカルトセックス教団」ということなのだが、たとえ狂った人間の教えであっても、子供の頃から刷り込まれたら信じてしまうところに宗教の怖さがある。

 

◆朝鮮の穢れた宗教「血分け教」

 文鮮明は奥さんや子供もいたが、そんなことはお構いなしに信徒の女性と次から次へと性行為を行なったが、これを「血分けの儀式」という儀式だとした。初期の合同結婚式でも、初夜の前に文鮮明が花嫁一人ひとりと交わったといい、その後、結婚式で飲むぶどう酒に、文鮮明の"体液"を混ぜることにしたともいう。完全に頭の狂ったカルト教団どと思えるのだが、実はこれ統一教会だけでなく、当時の朝鮮半島ではかなりメジャーな宗教形態だったという。

 

 「血分け」は、朝鮮半島で、主流派のキリスト教が異端と見なした宗派を批判する際に使った用語で、異端キリスト教が行う、教祖との性的通過儀礼を含む人の血統を浄化するための宗教儀式であるとされている。イギリスの宗教学者ジョージ・クリサイディスによれば、この行為は「女性の改宗者による救世主的指導者との儀式的な性交」から成り、「その目的は女性の性的純潔を—逐語的にあるいは象徴的に—回復することである」という。そして、救世主的指導者が女性の場合で改宗者が男性の場合もあったとも記している。このような「イニシエーション」を受けた人物が、次に自身の配偶者と性交することで、救世主的指導者から獲得した純潔が配偶者と子孫へと伝わるとされている。

 

 なんとも恐ろしい話だ。日本でいえば「穢れ」が配偶者から子孫へと伝わり、「穢れた一族」となるところが、朝鮮では真逆で、あろうことか「純潔」となるのだ。さらに「イニシエーション」というのは悪魔崇拝で行われる儀式だ。この「血分け」は統一教会によって広まったが、それ以前の朝鮮の新宗教に既に存在していたという。それは、 原罪が実際にはルシファーとエバとの間の「蛇の種」であったと考え、それゆえに人間の全ての血統が汚されており、純潔な救世主的指導者とそれに続く配偶者との女性の性的結合がその女性の血統を浄化するのだという。

 

 こうした「血分け」は、反カルト運動によるでっち上げではなく、1930年代のプロテスタントに由来する朝鮮の一群の新宗教運動内で実際に行われていたといい、そこには文鮮明が大なり小なり関わっている。これらは「イエス教会」と呼ばれ、その大元は「金聖道」(キㇺ・ソンド:女性)よって創始された「聖主教」(ソンヂュ)で、「聖主教」の分派の1つが「腹中教」であった。「腹中教」という名称は、自身が未来の救世主の母になると主張した創始者・指導者の「許ホビン」(ホ・ホビン)の想像妊娠に由来するという。この許ホビンのもとににイエスが現れて、「私があなたにお告げをする時には、ちょうど母親のおなかの中にいる子供が動くように、あなたのおなかにそういう兆候が現れる。そうしたら、私があなたに現れていろいろお告げをするでしょう」と言われたことで、「腹中(ポㇰチュン)教」という名前を付けたという。

 

 その他の教団には「金白文(金百分)」(キム・ベクムン)によって創始された「イスラエル修道院」「荒野教会」がある。後者の名称はおそらく、朴雲女(丁得恩の統一教会による偽名)を救世主として認める信者らの緩く組織化された集団に外部から付けられたものとされ、いったいどの集団が、そしてどの程度血分けが実践されていたかは不明であるものの、いくつかの手掛かりは金白文と朴雲女を指し示している。その他には、「黄国柱」や「丁得恩」が血分けの創始者として言及されており、この黄国柱は「イエスの再来」を自称した男である。

 

左:「聖主教」の金聖道 右:「イスラエル修道院」の金白文(金百分

 

 イエスが現れたり、「イエスの再来」を称する男が登場したりと、朝鮮由来の新宗教はみな自分のことを「救世主」やら「救世主の母」だと思い込む人間ばかりだ。もちろんそこには文鮮明や韓鶴子も入るが、こうした頭の狂った「イエス教会」のほとんどは現在の北朝鮮にあり、朝鮮戦争後に姿を消したというが、それはあくまで北朝鮮の中の話で、文鮮明を始めとしたこうしたカルト集団は、朝鮮戦争の後に韓国へと移動しているのである。韓国・朝鮮の宗教を研究する渕上恭子は1993年に、1930年代のキリスト教神秘主義に始まりイエス教会の系譜に連なる聖主教や統一教(統一教会)などの教団や、黄国柱などの周辺にみられた神秘主義者を「血分け教」と呼び、李龍道を「血分け教の開祖」と位置付けている。

 

 統一教会は「血分けの儀式など無かった」と嘯いているが、実際、文鮮明や統一教会の男たちが、どんな風に「血分け」を楽しんでいたのかを語った、文鮮明の元側近・金徳振牧師(当時80歳)が、1993年の10月に発売された「週刊ポスト」でインタビューに答えている。この金徳振牧師というのは、散々悪いことをした挙げ句、当時はソウル特別市警察庁の警察牧師の肩書を持っていたのだ。笑っちゃいけないが、さすが韓国である。

 「文鮮明という名前に隠された秘密を教えてあげましょうか。文鮮明の本名は文龍明なのだが、ある日、私か彼にこう教えたのです。「文」という字には十字架が2つある。その十字架を「明」という字の日の上下に加えると「朝」という字になる。だから、龍の字を鮮に変えると、「文鮮明」という名は「朝鮮」そのものになる。それから間もなくして、彼は龍明から鮮明にと改名したのです」

 「統一教会の源流が血分けのセックス教団だったかどうかという質問は愚問です。韓国では、統一教会が血分け教であったことなど多くの人が知っている。証人を集めろといわれれば、何人でも集めることができますよ。現に、私自身が、文鮮明と交わって血分けされた劉信姫からさらに血分けされたのですからね。そうです。血分けとはセツクスのリレーを意味します。私自身も、劉信姫とセックスした後、16人の女性信者と交わって、血分けを広めたのです」


「血分け」をした統一教会信者たち。後ろの男性が金徳振牧師

 

 金牧師は、朝鮮戦争の時、開城(現在の北朝鮮のケソン)で音楽教師をしていたが、金日成軍の侵入を受けた開城は占拠され、以後、やむなく金日成を讃える歌を作ったりしていたという。その後、韓国軍に捕らえられ、スパイ容疑で獄中生活を送っていたが、1年少々で無罪釈放となり、統一教会に入信して脱会。その後、刑務所の囚人たちを音楽などで慰問する警察牧師という職をつとめていた。

 

 「私は1953年頃、陸軍中央軍法会議の結果、無期懲役を宜告され、無期囚438番になって大邱の第一陸軍刑務所に収監された。その時、刑務所教会聖歌隊に李錫彬(文鮮明の直弟子)なる人物がいて、私に統一教会の原理(血分け儀式)を完璧に教えてくれた。教祖から血分けされた女性たちが男性に、その男性からまた別の女性へと清い血を伝えることによって、アダムとイブの時代から人々が背負っている原罪が消えるという教えで、夢中になってその原理を聞いた」

 その後、ソウルの統一教会を訪れる。ちょうど礼拝が始まる時刻で、その礼拝には、教会の重鎮の金元弼、劉孝元、その弟の劉孝敏(現在脱会)、そして朴正華(脱会)らが顔を揃えていたという。礼拝が始まり、文鮮明作詞の讃美歌が歌われた。驚いたことにそのメロディが日本の軍艦マーチだったため、礼拝が終わると、金は、文に「こんなバカなことがあるか」と問いかける。文の顔は真っ赤になり、以後、文に請われるままに金は19曲の統一教会の歌を作曲したという。

 「文鮮明は私を特別に待遇した。何故ならば私か原理を完全に悟って、彼と血分けした劉信姫(劉孝元の妹)と血分けしたからである」

 

 

 さらに金の手記では、統一教会の「血分け儀式」について、こう書いている。

 「文鮮明と肉体関係した女性は必ず第二の男性と、その男性は第三の女性と、またその女性は第四の男性と、肉体関係を、すなわち「リレー」式にするのである。とくに文鮮明は、男信徒たちに、自分と血分けした女信徒の誰々と「血分けをやれ」と命令することができないのが原理。その女信徒は、自身が選んで男信徒ひとりと血分けしなければならないのである」


 では、文鮮明自身はいったい何人ぐらいの女性信者と関係したのだろう。金は「百数十人」としている。 金自身も、数多くの女性たちと血分けを行なっている。そして、インタビューでは、「血分けの時にはどんな儀式をするのか」「女性から男性に血分けする時は女性上位だったのか」という質問に関して以下のように答え、懺悔している。

 

 「それは後でつけた理屈で、当時は欲望のままにしたものだよ」
 「劉信姫は、私を選んで、尊い生きた天の父様・文鮮明の聖血を私に伝授したのである。女好き不良青年・金徳振は、こんな好機を活用し、美の女信徒たちを厳選して「ソウル6名」「晋州4名」、肉体関係をした色魔であった」

 「(それ以外に)6名の女性信者と関係を持った」

 

 ここに登場している「劉孝元」はその後、長く統一教会会長をつとめていたが、1970年7月に死去している。劉孝元は、金に対して「血分け」は「蘇生、長成、完成」原理に従って3回しないといけない」と言っている。さらに「1回だけしかしていない自分の妹・劉信姫との血分けでは、当然無効である」と言ったという。そして、次に文鮮明から原理を聞かされるようになる。

 
「六千年前、エデンの園でまだ高校生ぐらいの年で未成熟だったエバを、サタンの天使長ルーシェルが犯してしまった。これが世の中に罪悪をもたらした原罪である。聖書に記されているとおり『目には目を、歯には歯を』で、今度はサタンを騙して世の女性たちを、復帰させなければならない」

 要するに文鮮明は、若い頃に神の啓示を受けた再臨メシアなので、セックスで破綻された世の中を、自分が女性とセックスすることで元の姿に復帰させ、血代交換(血分け)をしなければならないと言っているのである。さらに、これは表に出せない秘密の教義なので、対外的な説教ではそのたとえとして、こう話していたとしている。

 

 「イエス・キリストが十字架にかけられるまえ、神に向かって「できればこれを避けて頂きたい」と祈った。原理では、神は九五%までは人間を引導してくださるが、残りの五%は人間自身で考え解決しなければならない。イエスにも神は自分で解決しろと言ったので、血の涙を流す苦労の末に悟った」

 この原理をいち早く理解した金は、「人間の身体をした神様(文鮮明)のセックスの輪をどんどん拡げていくことが、神様の希望を叶えることになる」と考え、「これは罪ではなく、良い仕事なんだと。学生時代に日本で、喫茶店の女の子などを誘惑してその晩に犯したときなどは、罪の意識を感じたこともあった。だけど統一協会の復帰原理は、一所懸命にセックスに励めば励むほど、神の摂理に従うことになる」と悟ったという。「そこで私はまず、文鮮明とセックスして復帰した劉信姫さんから、「神様の尊い血」を分けてもらうことにしたのです」としている。


左:金徳振牧師 右:劉孝元統一教会会長

 
「文鮮明と復帰のセックスをした女は、他の男と血代交換のセックスをしなければならない。男は第二の女とやり、女は第三の男とやり、そして第四の女へとリレーをしていく……。こうして拡がっていくのが原理じゃありませんか。それによって世界じゅうの男女が血代交換され、身体の血代交換が進行し拡大することが、すなわちサタンの血を追放することになる―と、原理で文鮮明が教えているんですよ。だから私は遠慮なく自信をもって、東奔西走で励みましたねえ。ソウルはもちろん大邱でも釜山でも、キレイなべっぴんさんばかりを厳選して、十五~六人はやりましたかねえ。ソウルで私が五人の女性とセックスしたのが、一週間後には何と七十二人の輪になったそうです。これも立派な原理実践の成果ですよ」

 ところが、文鮮明や劉孝元から「ダメだ」と言われてしまう。その理由は、「3回してないから」だという(笑)。

 「メシアの文先生から受ける復帰のセックスは、蘇生・長成・完成の原理で三回セックスしなければならない。お前はまだ一回しかしていない劉信姫とやったから、無効だ。何百人に輪を広げても意味がない」それで私は怒りましたよ。「この野郎、そんな嘘があるか!」とね。サタンにエバが犯されたとき、神は何もできなかった。サタンに勝つには条件さえ合えば良いではないか。それが文鮮明と三回しなければ、女性は復帰できないとは何事か。この犬畜生め、と怒って喧嘩したのです」

 統一教会と喧嘩別れをした金は、「統一協会の正体」という記事を書く。すると、そこに思いがけない婦人が私を訪ねてきたという。その婦人とは、文鮮明の本妻だった「崔先吉」である。崔は、文鮮明の人格や統一協会の性の乱脈を知り、呆れ返って離婚したのだという。そして、崔は金に、こんな話をしている。

 
「金先生、この機会に文鮮明という男が、再臨主ではないことはもちろん、人間でもない、恐ろしい蛇のような奴であることを全世界に知らせましょう。文鮮明は女好きの性欲の固まりで、私が文と結婚して息子(聖進)を産むまで、夫婦関係を毎晩十回以上しても、元気溌渕だった。これは彼が蛇のように、異常に精力が強いからです」

 



 「私もまったく同感でした。統一協会は宗教ではありません。淫乱なセックス教団なのです。文鮮明と喧嘩してから大邱へ移るまで、私は朴正華さんのいた鉱山へ追いやられたことがありました。一年半ほどいてソウルへ戻ってから、友だちが借りてくれた部屋で男六人、女三人で楽しく、″復帰ゲーム″をやったことがあります。統一協会の原理を実践しただけですが、そこには宗教らしさは一つもありませんでしたね。私は悟りました。文鮮明のセックス原理は間違いだと。彼はこの原理を振りかざして、お母さんとその娘二人を犯し、下の娘さんには子どもまで産ませています。極悪非道な行為とはこのことではありませんか。今度こそ文鮮明も統一協会も、神の裁きを受けるときが来ました。そしてたくさんの犠牲者たちに、その罪を償わなければならないのです」
 

 まぁ同じ穴のムジナではあるが、金牧師のいう「統一協会は宗教ではありません。淫乱なセックス教団なのです」という言葉どおり、カルトどころか完全に頭の狂った連中の集まりなのである。さらに、この「血分け」とは完全に悪魔崇拝の儀式である。文鮮明の実態は単なるセックスカルトだが、統一教会を含め、朝鮮半島にできた「血分け」をする「イエス教会」の根底にあるのは「悪魔崇拝」である。つまり、表向きはキリスト教会のフリはしているものの、「姦淫」を禁ずる教えに180°反した行為である。

 

 

 さらに恐ろしいのは、いったいどれだけ多くの統一教会員が「血分け」を行ったのか、ということだ。7000人もの日本人の女性が統一教会員の妻となって渡韓している。まぁ恐ろしくて誰も言わないだろうが。こんなセックスカルトを世界に広げていたと考えるだけでおぞましい。「血分け」から「血分け」、また「血分け」。サタンに魂を売った文鮮明をはじめとする数多くのキチガイたちに犯された女性や、自ら「血分け」を広げていった女性の数がどれだけいたのか、誰も把握できないのが恐ろしい。こうした連中は、みな穢れている。それも生半可の穢れではない。

 

 はっきり書いておく。文鮮明から「血分け」を行われた人々の末裔は、徹底的に「穢れ」を取り除くことがない限り、神に排除されることとなる。文鮮明という偽救世主の穢れた血が配偶者と子孫へと伝わっている家系は「呪われた家系」となるからだ。そこには「純潔」など一切存在しない。あるのは「純穢」だけだからだ。そんな連中の末裔は、日本の中枢にもいる。在日自民党、自治体の首長に地方議員。それを補佐する秘書や選挙民にも数多くの「血分け」された末裔が潜んでいる。

 

 

 一刻も穢れた「統一教会」を排除しない限り、統一教会に支配された日本人もろとも「穢れ」を断つために皇祖神は動き出す。もはや手遅れかもしれないが、まだ間に合うと信じよう。

 

<つづく>