「穢れ」と「言霊」の謎:その43

 

 近藤麻理恵さんという方がいる。大谷翔平に次いで2番目にアメリカで知られる日本人だろう。だが、世界的には大谷翔平より有名なのは、彼女「こんまり」さんの方であろう。ご存知の方も多いと思うが、独自の片づけ法「こんまり®メソッド」を編み出し、 2010年に出版した初めての著書『人生がときめく片づけの魔法』が世界40カ国以上で翻訳出版され、シリーズ累計1400万部を超える世界的大ベストセラーになったことでも知られる。

 

 

 「KONDO」という言葉がアメリカでは「片づける」という意味として使われるようになるなど、社会現象となっているらしい。ならば、「Let's KONDO」と言えば、「片付けましょう!」ということになる。こんどアメリカ人の友人に聞いてみよう(笑)。

 

 彼女は2015年、米『TIME』誌で「世界でもっとも影響力のある100人」に選出され、活躍の場を海外に広げた。 2019年よりNetflixにてスタートした冠番組『KonMari—人生がときめく片づけの魔法—』が190カ国で放映され、エミー賞2部門にノミネート。2021年に公開された新シリーズ『KonMari〜“もっと”人生がときめく片づけの魔法〜』はテレビ界のアカデミー賞といわれるエミー賞を受賞。 片づけとときめきをテーマにしたゲーム『KonMari Spark Joy!』も全世界で発売中である。素晴らしい。「片付け」をゲームにできるなんて、日本人にしかできない技だ。

 ちなみに
「こんまり®メソッド」とはどんなものなのか。HPには、以下の5ステップで進めると書かれてある。
 

 STEP 1 「理想の暮らし」を考える
 STEP 2 「モノ別」に片づける
 STEP 3 触った瞬間に「ときめき」を感じるかどうかで判断する
 STEP 4 正しい順番で片づける
 STEP 5 家にある「あらゆるモノの定位置」を決める

 

 彼女の片付け法を紹介する番組を見たことがあるが、片付けられない海外の女性が、涙を流して感動しているシーンがあった。もはや「片付け」なるものが、立派な宗教となっているのだ。その意味では近藤麻理恵さんという方は「片付け教」の教組である。

 

「Tidying Up with Marie Kondo」(Netflix)

 

 なぜ、彼女はそんなに「片付け」が好きなのか。「片付け」を伝搬させる力を持っているのか。それは彼女は大和民族であり、「秦氏」だからだ。彼女が物部氏なら、きっと「片付け好きな主婦」程度で終わっていただろうが、近藤姓は藤原氏であるが、藤原氏とは平安京成立時に名前を変え、姿を隠した秦氏である。「穢れ」を嫌う原始キリスト教徒である。DNAが彼女を「片付け」に向かわせたのである。なんてことを書いているのは筆者一人である(笑)。

 

 だが、日本人は世界でも類を見ない超・片付け好き&掃除好きな民族である。その根底には「穢れ」を嫌うというDNAがある。そのDNAが多くの日本人を「清掃教徒」とさせているのである。たぶん「清教徒」(ピューリタント)と呼ばれた連中より清らかである(笑)。なにせ100円ショップの掃除道具の種類の多さを見れば分かる。どんな細かい部分であっても「よごれ」や「ほこり」が残っていることを嫌うのだから。

 

◆「穢れ」と「月経」

 

 改めて書くが、「穢れ」とは、「穢れ、汚れ(けがれ)とは、忌まわしく思われる不浄な状態。 死・疫病・性交などによって生じ、共同体に異常をもたらすと信じられ避けられる」とある。
 

 1.けがれること。清潔さ、純粋さなどを失うこと。また、失われていること。

 2.不名誉であること。名折れ。

 3.死・出産・月経などの際に生じるとされる不浄。この間は、神前に出たり人に会ったりするのをつつしむ習慣もあった。
 

 身内に亡くなった人がいる場合は「穢れている」ため、「死の穢れ」が取り除かれるまでの1年間は神社に参拝してはならないとされている。上記の説明でいうと、「清潔さ」を失うことは理解できるが、「純粋さ」を失うことが「穢れ」ならば、日本人からしたらアメリカ人は全て「穢れている」状態だと言える。なにせ純血種などいないに等しいからで、多民族と混じらなかった人が残っているのはかなりの少数民族である。が、日本人は昔から「外国人」との結婚は忌み嫌われた。それは昭和の後半まで確実に続いていた。結婚を反対する親に明確な理由はないのだが、ただ「汚(けが)らわしい」などと言う人たちが多かった。

 

 なぜ「汚らわしい」のかと言えば、体臭や風呂に入らない生活習慣などである。特に「肉食」が中心の欧米人の体臭というのは確実に日本人とは異なった。が、今の日本人はみんな「焼き肉」を当たり前のように食べるし、どこにも「焼肉屋」がある。筆者が幼少の頃は、在日朝鮮人・韓国人が多く住むエリア以外、東京近郊であっても焼肉屋の数は少なかった。さらに浴槽には入らずにシャワーだけで済ます欧米の入浴スタイルの人も増え、その意味では日本人も「穢れ」を取らない、「穢れ」だらけの人間が増えている。さらに、銭湯でも入浴マナーを知らない人が増えている。

 

 

 問題は「出産・月経などの際に生じるとされる不浄」である。だが、月経中の女性や経血を穢れ、畏れの対象とする社会は日本だけではない。世界的に「血穢(経血の穢れ)」に基づく「月経不浄視」があり、世界各地で、月経中の女性を小屋に隔離する慣習や、月経中の女性は舟に乗ってはいけない、食品を加工してはいけない、といった、月経に関して女性の行動を制限する決まりが見られる。これらは「女性不浄視」に基づく女性差別的な風習とされ、現代でも一部地域で続いているが、近代化に伴い廃れている。

 

 日本では古来より酒の杜氏をはじめ、味噌、醤油、酢などの伝統的な発酵食品を作る現場では、女性は働くことが出来なかった。これを「女性差別だった」「女性蔑視」などとトンチンカンなことを言う国連主義者たちがいるが、そうではない。発酵食品を作る現場では別の細菌が繁殖したら全滅してしまうからである。昔の日本人女性は下着をつけていなかったし、生理用品もなかった時代である。経血によって血が作業場の中に落ちたりすることは許されなかっただけで、雑菌が繁殖しないように努めるのは現在も変わらない。あくまで科学的な話で、差別の話ではない。

 

 

 尾瀬あきらによる『夏子の酒』という人気漫画があった。1988年から1991年にかけ『モーニング』に連載されたもので、1994年には和久井映見主演でドラマ化された作品である。女性が一人前の杜氏になるという奮闘記だが、これは昭和の終わりだからあり得た話で、これが戦前の話ならあり得ないストーリーである。まぁ女性がパンティを履き、生理用品を身に着けているから成立する話だが、実際に日本の女性が下着としてショーツを身に着けるようになったのは、まだ100年も経っていない。

 

 今や下着としてショーツを身に着けるのは当たり前のことだが、着物が普段着だった日本では、そもそも下着をはくという概念がなかった。江戸時代までは、着物の下に肌着を身に着けるという風習はなく、女性は基本的に下着なしで過ごしていた。そこで気になるのが、生理の時はどうしていたかだ。江戸時代、女性は生理のときに「お馬」と呼ばれるふんどしのような布を使っていた。前垂れがあって見た目が似ているから「お馬」らしいが、この中に折りたたんだ紙や古い布などを入れて、ナプキン代わりにしていたという。また、紙や布を丸めて、タンポンのように膣に入れることもあったそうだが、これらを使っていたのは都会の話であって、農村などの田舎では、真綿などやわらかい植物をそのまま陰部に当てたり、膣に詰めたりしていたという。

 

戦前の下着の広告

 

 着物を着るのが当たり前だった昭和の初めごろまでは、なかなかショーツは日本人女性に浸透しなかった。トイレの時に不便だったり、着物に下着の線が出てしまったりすることが理由で、着物の上に下着の線が出てしまうのは、下品とさえ言われていたからだが、そのため、戦後に洋装が広まってきてようやく、ショーツが普及し始めた。

 

 現在、一部のマニアを除き、ほとんどの女性は下着をつけているが、きちんとした下着が日本人女性の間で一般化したのは、それほど古いことではない。 そのきっかけは大火災にあったといわれている。 昭和7年(1932)12月16日、東京日本橋の「白木屋(しろきや)百貨店」で火災が発生。 火はあっという間に燃え広がり、14人の死者を出す惨事となった。この白木屋は、のちに 「東急百貨店日本橋店」となり、1999年(平成11年)1月31日に336年の歴史に幕を閉じたが、現在はその跡地に「コレド日本橋」が建てられている。


 1932年、歳末商戦のさなかに起きた火事は、死者14人を出したことに加え、日本初の高層ビル火災ということもあり、大変な話題だったが、ここから1つの伝説が生まれた。それは
「当時の女性は着物で下着を着けておらず、地上に下りるのを恥ずかしがって墜落死した。女性が下着を着けるようになったのはそれからのことだ」というものだ。当時は女性用のパンツを「ズロース」と総称していたが、白木屋火事はそのズロースの普及と直結して記憶され、服飾史の本などにも記されている。


 「当時、和服の女性はズロースを着用しておらず、腰巻だけだった。下着の線が見えるのが不粋とされていたからだ。ために反物やロープにしがみつきながら、下で見入るヤジ馬の目が気になり、片手で裾を押さえ、片手でロープという不安定な状態に力尽き、墜落したり、大ケガを負ったのだった」とされ、「火と水の文化史」にも「本火災が女性の洋装化を普及させ、下着の着用を広めたといわれている」と書かれている。

 

 

 上の新聞記事の見出しがすごい。「婦人よ、如何なる場合もズロースを忘れるな」である(笑)。さらに「現代日本婦人への一大警鐘」とまで書かれている。まるで最近のパンティを履かないK-POP女性アーティストへの警鐘とは真逆だ(笑)。だが、実際にこの事件がきっかけで日本の女性は「ズロース」を履くようになったのである。一方、現代ではなくなってしまったのが「月経小屋」である。

 

 日本では、出産に際して用いられる産小屋(産屋とも)と兼ねる場合もあった。さらに、 広く忌みに服するための他屋(あるいは他家、田屋)や、一時使用のための仮屋も月経・出産に際して用いられた。同じく「忌み小屋」「忌屋」も字義通りなら広く忌みの状態にある人のいる家屋をさした。「月経小屋」も「差別だった」というフェミニストがいるが、「月経小屋」に集まって過ごす時間は、先輩から様々な知恵を学ぶ等、女性達にとって特別なものでもあったとされている。要は母親や祖母、お産婆さんから知恵を授かる場所でもあったということだ。

 


伊勢外宮の「忌火屋殿」

 日本では元々、月経は神聖視され、穢れとは考えられていなかったという。古代の日本では、血は忌むべきものではなく、
血には霊力が宿り、豊穣をもたらすと考えられ、月経があるがゆえに女性は神と交流できると考えられていたという。その延長が「巫女」である。出血しても死に至ることのない月経は「神のみがなせる神秘の出来事」であり、月経期間中は神聖視され、それゆえに別火、別屋で過ごした。「忌屋」 は 出産、月事の際の女性も使ったが、葬式を出した近親者の籠もる小屋で、 そういう忌みの状態にある人のいる家のことも呼んだ。

 

 「伊勢神宮」には内宮・外宮ともに「忌火屋殿」であるが、これは「神饌」(しんせん)の調理を行う「神様の台所」である。忌火とは、「清浄な火」という意味で、火鑽具を用いて清浄な火をおこし、お供え物を準備する。この忌火屋殿の前庭は、「祓所」とよばれ、祭典の前に神饌と神職を祓い清める場所である。

 男性支配が強まる大和朝廷の頃には、月経は徐々に畏れられると同時に、「不気味なもの」「穢れたもの」として忌避されるようになっていったと考えられる。当初の女性および月経に対する穢れ観は、祓いで消滅する一時的なものというものだったが、沖縄などの一部の地域を除き、月経を恒常的・永続的に、「秘すべき、恥ずべき、忌むべきもの」と見る月経の穢れ観が徐々に浸透していった。月経の神聖視は平安時代中頃まで続いていたが、平安京の貴族社会を中心に穢れとしての月経観が定着していった。

 

福井県に残る「産小屋」

 

 一方、仏教では、室町時代(15世紀)に日本に伝わった偽経「血盆経」信仰を布教し、出産・月経による「出血の罪業」で女性は死後「血の池地獄」に堕ちるが、血盆経を唱えれば救済されると説き、女性信者を集めたという。まぁ、これなどは、完全にインチキは新興宗教と同じである。統一教会の文鮮明が、「罪を清める」として合同結婚式に参加する女性たちをご賞味していたのと変わらない。まぁ、ここには「初夜権」なる考え方が影響している。少々話がそれる。

 

◆「初夜権」と「セックスカルト教団」

 

 「初夜権」(しょやけん)とは、領主や酋長などの権力者、または神官や僧侶などの聖職者、あるいは長老や年長者といった世俗的人格者などが、所有する領地や統治する共同体において、婚約したばかりの男女や結婚したばかりの新婚夫婦が存在した場合、その初夜において新郎(夫)よりも先に新婦(妻)と性交することができる権利を指す。または、成人(大人)の年齢や結婚適齢期を迎えた女性と何らかの性行為を行い、その処女性を奪うことができる権利なども指す。

 

 統一教会の教えは、「性」に焦点をあて、人びとの罪と堕落を厳しく非難するものだ。現代社会の性の乱れに嫌悪感を持つ若者、それでも性に関心を持つ若者は、縮み上がる。本人が努力して清く正しくふるまっているとしても、十分でないとされる。遺伝のように、エバとアダムの罪の堕落が、血統をたどって自分の身体に流れ込んでいるのだからとする。そこで、未婚の男女は統一教会の厳しい監視下に置かれ、恋愛によって伴侶を見つけることができなくなる。それは汚れである。そこで救世主である文鮮明によって決められた相手と、文鮮明夫妻の祝福を受けて、結婚することになる。これが、悪名高い「合同結婚式」である。


 

 「合同結婚式」は、日本のマスメディアには興味本位で取材され取り上げられた。しかし、これは、統一教会の教義から導かれる必然的な儀式なのである。実は、「合同結婚式」が問題なのではなく、その前提が問題なのである。文鮮明は表向き1936年に最初の啓示体験をしてから、9年間にもわたる多くの祈りと研究を経て、後に統一教会の経典となる『原理講論』で明かされる「原理」にたどり着く。文鮮明によれば「東方のエルサレム」であるとする平壌(ピョンヤン)に移り、1946年6月から宣教を始めた。初期の信徒によると、手応えはなく貧しかった。布教のかどでソ連軍に逮捕され、労働キャンプに送られる。この頃は本がまだないので、初期の信徒は、口頭で「原理」の教えを聞いたという。その後に釜山に逃れ、1960年に韓鶴子と再婚して、祝福を始める。最初の妻は、そういう役目は嫌だと言うので別れたが、他にも妻がいたという。文鮮明に子供が多いのはこのせいでもある。

 

 当時の朝鮮には「いかがわしいセックス教」が横行しており、文鮮明が統一教会を始めたのも、その流れだとも言われる。これは一方では正しく、他方では当時の朴正煕大統領の了解を得て布教を始めている。特に、日本から金を巻き上げるための装置としてである。この「いかがわしいセックス教」とはどういうものなのか、といえば、「宗教的儀式だ」「救いのために必要だ」と称して、教団の指導者が信徒と性行為を行なう。あるいは、信徒同士に性行為を行なわせるものである。たとえ宗教的儀式だからと言っても、信徒と好き勝手に性行為をするというのは、教会の指導者にとって都合がよすぎる設定だ(笑)。いかにも朝鮮人らしい話だが、社会常識にも道徳にも反していても、それが教義なのである。


 

 こうした頭のイカれたセックス教団があった場合、パターンとしては2つ考えられる。1つ目は教団の指導者に、教義がインチキであるという自覚がある場合だ。信徒とセックスを行なうことが目的で、教義はそれを合理化するためにつけたものなのである。だが、信徒にはその教義を信じさせるパターンで、完全に「洗脳」である。2つ目のパターンは、教団の指導者に、教義がインチキであるという自覚がない場合である。様々な信徒とセックスを行なうのだが、それは教義から必要なことだと、信徒も指導者も信じている。この場合は、たとえセックス教団であっても、インチキだと断定するわけにはいかない。

 信徒は、教えられたとおりに教義を信じている。どちらのパターンなのかは、教団の指導者しか知らない。2つ目のパターンでは教団の指導者も信徒と同じことを考えているのだから、信徒が「騙された」とは言えない。さらにややこしいことに、教団の指導者自身が、どちらのケースなのか分からないことだ。要は外から見れば頭の狂ったセックス教団であっても、信仰は自由である。それを上手く使った「法の華」という在日教主のインチキ教団もあったが、その宗教が「インチキ」で信徒を「騙している」と、第三者が判断するのはとても難しいことがわかる。だが、それはあくまでも
「人間の世界」の話だ。

 


「法の華」の福永法源教主

 取締り当局は普通、いかがわしい宗教を一律に取締まる。社会秩序を「紊乱」しているというのが、理由である。その点からみたら統一教会はどちらだったのだろうか。実態は地獄に落ちた文鮮明に聞いてみなければわからない。だが、統一教会の教義にとって、重要なのは
「血分け」である。この「血分け」とは、人類が堕落から復帰できるためには、
 (1)メシアが地上に送られ、結婚して、真の父母となる。
 (2)真の父母が、人びとの罪の血統をぬぐい清め、神との関係を正しくする。

という手順が必要で、「メシアたる文鮮明は、神のもとから人間の形をとってやって来るので、罪の血で汚れていない」というものだ。そして、「イエス・キリストと違って地上で結婚し、地上で真の父母として神の王国を建設する」のだという。こういうものを「カルト」と呼ぶ。

 さらに、真の父母はどうやって、人びとの罪の血統をぬぐい清めるのか。それには、堕落の出来事を打ち消す必要があるのだという。
エバが堕落したのは、サタンと性行為を行なったからで、そこで罪の血がエバに入り、アダムに伝わり、血統を通じて人類一人ひとりに伝わっているのだという。これを打ち消すためには、メシアである文鮮明が信徒の女性すべてと性行為をしなければならないのだという。するとその結婚は正しいものとなるからで、こうして罪の血統をぬぐわれた人びとが、神の王国を地上に建設することができるのだ。こういうことを考え、平然と行う人間を「キチガイ」という。



 文鮮明が信徒の女性と性行為を行なうことは、統一教会の教義からすれば、当然のことなのである。これを、
「血分けの儀式」という。文鮮明というキチガイは、宗教活動を始めたころから、性的スキャンダルの噂にまみれていた。1946年に収監されたのは、「混淫」の容疑である。1955年の梨花女子大の事件も、被害女性の手記などで内実が明らかになっている。1960年に韓鶴子と結婚してから、合同結婚式が始まった。初期には、初夜の前に文鮮明が花嫁一人ひとりと交わったという。つまり、「初夜権」は全て文鮮明が持っていたのである。

 その後、結婚式で飲むぶどう酒に、
文鮮明の"体液"を混ぜることにしたともいう。のちにはそれもやめ、ただの祝福になったが、

合同結婚式後の初夜は、女性上位など詳しく次第が決まっている(笑)。血を清める儀礼が、統一教会の教義の中心だから、そんなことを細かに決めているのだ。こうした頭の狂ったカルト集団が支えてきたのが「自由民主党」という政党である。お分かりだろうか。そんなカルト集団が日本という国を裏から支配してきたのである。

 

<つづく>