「穢れ」と「言霊」の謎:その16

 

 「穢れ」を『デジタル大辞泉』で引いてみると、以下のようにある。

  1.けがれること。清潔さ、純粋さなどを失うこと。また、失われていること。

  2.不名誉であること。名折れ。

  3.死・出産・月経などの際に生じるとされる不浄。この間は、神前に出たり人に会ったりするのをつつしむ習慣もあった。

 

 問題死・出産・月経などの際に生じるとされる「不浄」(ふじょう)なのである。では、「不浄」とは何か。2つの辞書を調べてみたら、以下のようにある。
 ① けがれていること。清浄でないこと。心身の汚れていること。また、そのさま。けがれ。ふぞう。
 ② 女性のけがれ。月経。月のもの。ふぞう。
 ③ 精液。
 ④ 大小便。
 ⑤ 便所。ごふじょう。

 

 日本人は子供の頃より「穢れ」を祓うための呪術を心得ている。誰が教えた訳でもないが、誰でもできる。これがミソだ。「えんがちょ」をされると「縁」を切られるが、一方で「穢れ」も祓われる。全国に子供の陰陽師がいるに等しい。さらに「えんがちょ」には「縁が千代切った」の略とする説がある。

 

 特に「千代」というこのが重要である。国家「君が代」も「千代に八千代に」と歌うが、「千代」には「非常に長い年月」という意味とともに「千年」という意味がある。「千代切った」というなら、千年間も縁を切られるという恐ろしき呪術だが、この「千代:千年」には「至福千年」の預言が隠されているのではないだろうか。

 

 

 「至福千年」は「ヨハネの黙示録」に登場するが、再臨したイエス・キリストが甦った聖徒にこの世を支配させ、地上には神の支配する千年王国が出現、神は1000年の間サタンや悪魔を真っ暗闇の獄にとらえるが、やがて1000年後に「最後の審判」の時がくるとする。つまり、「千代切った」というのは、意味は分かってはいないものの、「穢れた存在は1000年間封じ込めるぞ」という子供たちへの教えだったのではないか。

 

 

◆子供の呪術「秘技千年殺し」

 

 少々脱線するが、日本のマンガには穢れの呪術が色々と登場していた。昭和40年代の低俗なマンガの中には、くだらないギャグの形を採ってはいたものの、いま考えるとこれも呪術だと思えるものがあった。それは「秘技千年殺し」である。昭和40年代後半に週刊少年ジャンプに連載された、とりいかずよし氏の『トイレット博士』というマンガに登場する「メタクソ団」が使う必殺技「七年ゴロシ」の最終形である(笑)。

 

 近年ではいわゆる「カンチョー」の別名として通っているが、その実態は「××殺し」の呼称が指し示すように恐るべき殺人技であり、長らく歴史の闇に埋もれていた秘儀である!、という設定である(笑)。もちろん「カンチョー」とは、主に子供などが行う、指を肛門に突き差す悪戯のことだ。まるで忍者のように両手の掌を合わせて中指・薬指・小指を曲げて組み、両人差し指で肛門を突く。当たり前の話だが、「カンチョー」という名称は、大便の排出を促したり、栄養を補給したりするために、肛門に医薬品を注入する「浣腸」に由来している。

 


 

 なぜ、こんなくだらないものを取り上げるのかといえば、大便の排出を促するというのは、人体の中に溜まっている「穢れ」をなくすことを意味し、「便秘大国ニッポン」「穢れの嫌いな国ニッポン」では真面目な問題だからだ(笑)。まぁ、真面目とは言いづらいのだが、昭和40年代後半から50年代の子どもたちはみなこの秘技を行っていたのだ。なにせ、『トイレット博士』は『少年ジャンプ』の創刊2年目から開始された連載は7年間に及び、同誌を数100万部雑誌にのし上げた立て役者になった大ヒットマンガである。それはとりも直さず多くの子どもたちが支持したということだ。

 

 著者とりいかずよし氏の出世作であり代表作の一つで、「ジャンプ・コミックス」単行本全30巻は、当時としては記録的な長寿連載で、後に『こちら葛飾区亀有公園前派出所』に抜かれるまでは『ジャンプ』史上最長で、累計発行部数も1000万部を記録している。それほどまでに筆者を含む当時の子どもたちは日常的に「千年ゴロシ〜‼」という謎の呪術をやっていたのである。まぁ、その一方で、過激な表現や暴力的な表現で物議を醸し、社会現象にもなった作品ではあるが。

 



 『トイレット博士』は、結局アニメ化はされなかった。というか出来なかったのだろう。なにせ「マタンキ!」とか、「七年殺し」としてカンチョーをすると「ブリ〜ッ」とお尻から汚物が出てきてしまうのだ(笑)。こんな低俗の極みのマンガを子供たちが見るゴールデンタイムに流したら、大クレームで電話が鳴りっぱなしだったに違いない。

 

 『トイレット博士』では、秘密結社「メタクソ団」の奥義として位置付けられた技こそが「七年殺し」であった。正確な表記は「七年『ゴロシ』」で、カンチョーをする場面がよく登場する。しかし、「七年殺し」の場合は、犠牲者の肛門から両手を挿入し、直腸内で手を開く行為が描写されている(笑)。

 

 ちなみにこの技名の元ネタは梶原一騎の漫画『空手バカ一代』の「三年殺し」である。ライバル誌「週刊少年マガジン」の看板漫画であった『空手バカ一代』における、大山倍達の必殺技が「三年殺し」で、こちらは打撃技なのだが、大山倍達が極真会館の「館長」である事に引っ掛けて”カンチョー”技となったらしい(笑)。

 

 

  当時、筆者は『空手バカ一代』も読んでいたが、まさかマス大山の「三年殺し」が元ネタだったとは、今の今まで全く知らなかった(笑)。それにしてもよくぞ梶原一騎や極真空手の連中に拉致監禁されなかったと思う。なにせライバル雑誌の看板マンガである。さらに梶原一騎は実弟の真樹日佐夫師範と一緒にアントニオ猪木まで監禁してたくらいだ(笑)。

 

 きっと、とりいかずよし氏が永井豪先生のアシスタントだったから拉致されなかったのかもしれない。極真空手の連中も永井豪の『ハレンチ学園』や『キューティーハニー』の大ファンだったに違いないからだ(笑)。『トイレット博士』も子供に悪影響を与えるとされたが、子供に悪影響を及ぼすセクシュアルな作品の代表格として糾弾の対象となったのは『ハレンチ学園』だ。ちなみに1970年代の永井豪センセーの作品には、カンチョーの描写が多く、少年誌に相応しくないSM的な描写も数多く用いられていた(笑)。さすがだ。


 真面目に謎解きをやっていると、たまにこういうくだらないネタにハマってしまう。お許し願いたい。しかし、冷静に考えても、「七年ゴロシ」も最終兵器「千年ゴロシ」も子供たちが指を使って行う「呪術」である。なんて書くと怒られそうだが、なにせ「秘密結社の最終奥義」という設定自体がヤバい。ちなみに筆者も秘密結社「メタクソ団」の団員であった(笑)。今も団員証を持っている。

 

 

 「七年ゴロシ」も「千年ゴロシ」も子供たちの呪術だなんて書くと、「いや、それは考えすぎでしょう」と言われてしまいそうだが、とりいかずよし氏の本名は「鳥居一義」である。「鳥居」という苗字は、どう考えても原始キリスト教徒の苗字である。宮崎駿氏もそうだが、大ヒット漫画を書く方々は、どう考えても「書かされている」「下ろしている」としか思えない作品が多い。まぁかなり低俗な漫画ではあるものの、それは江戸時代に春画を描いていた浮世絵師と同じだと思えばいい。子供向け漫画の中に「呪術」が描かれるのは今も昔も同じだということだ。

 

 とりいかずよしの師匠・永井豪センセーの方が低俗だが(笑)、永井豪は『デビルマン』を描いている。主人公の「不動明(ふどうあきら)」は、デーモンに殺されそうになった恐怖から理性を失い、デーモン族の勇者アモンと合体、悪魔の体と人間の心を併せ持つ「デビルマン」となることに成功するという設定だ。TV版では描かれていないが、原作では「最終戦争」でサタンの騎乗するドラゴンに下半身を食い千切られて致命傷を負い、サタンに看取られながら息を引き取るとなっている。

 

 あまりにも深すぎるのと、悪魔が人間となり、人間の味方をするというストーリーが危険過ぎて、ハリウッドではキリスト教系の団体の反対で実写化ができなかった作品でもある。『ハレンチ学園』や『キューティーハニー』だけを見ていると分からないが、ここには日本人にしか描けない世界観がある。『鬼滅の刃』が、単純に「鬼=悪」として描かれていないのに共通する。単純な一神教ではなく、さらに悪魔と神が背中合わせという構図も意味深である。

 

 

 『トイレット博士』の呪術は昭和で終わらなかった。世界的に大ヒットしたアニメ『NARUTO』では、はたけカカシや主人公のうずまきナルトも「木ノ葉隠れ秘伝体術奥義・千年殺し」という名で、痛烈なカンチョーをする。またまた「千年ゴロシ」が復活したのであり、世界に影響を及ぼす事態となってしまったのだ(笑)。『NARUTO』は忍者だ。忍者は呪術師である。

 

 アニメ『NARUTO』が世界各国で大ヒットした影響から、海外では「Sennen Goroshi」(英語)、「千年殺」(中国語)と呼ばれることも多く、また、日本からの外来語として「Kancho」と呼ばれているのだ。これも『トイレット博士』の呪術が今も生きている証である(笑)。

 

『NARUTO』の「Sennen Goroshi」


 『トイレット博士』の「千年ゴロシ」の影響は『NARUTO』に留まらない。『浦安鉄筋家族』では、穴川ションジーが「44カンチョー」という名の、44マグナム並の威力のカンチョーをする。劇場版『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』では、主人公の野原しんのすけが敵を倒すために「カンチョー」をしているし、『おぼっちゃまくん』では、御坊茶魔が角状の頭で「ぜっこーもん」と言いながらカンチョーをしている。また、かつての『コロコロコミック』掲載のギャグ漫画にはカンチョーを得意技とする登場人物が多数出演する作品が多かった。

 

 日本の子供に多大な影響を与えた漫画やアニメは「カンチョー呪術」だらけなのだ(笑)。『トイレット博士』の場合、仕掛ける相手を身動きが取れない状態に押さえ付け、尻を露出させる。そして術者は「天怒りて非道を断つ!」と宣言し、続いて陰陽道や忍術で用いられる呪文「臨兵闘者皆陣列在前」とともに「九字」を切るのだ。人差し指を立てて両手を組み「七年ゴロシ!」の掛け声と共に、指先で相手の肛門をヒット。…と、ここで終わりではなく実は「その先」が存在する。

 指先をそのまま肛門の奥へと進め、両手首まで埋め込む。腸内において片手ずつでパーとチョキの形を作ることで、聖数「7」の示す指を立てるところに意味が隠されている。これが完成形である。そして、それこそがこの技を文字通りの「殺人技」たらしめている大きな理由である(笑)。いやはや申し訳ないが、思い出したら笑いが止まらない。だが、筆者も友人たちも意味を知らずに「臨兵闘者皆陣列在前」と言いながら「九字切り」をやっていたのである。ここが重要なのである。

 

 

 表向きは低俗な漫画として描いていても、中身は完全な呪術なのだ。そして、子どもたちは秘密結社の団員証をお互いに見せ合いながら「千年ゴロシ」とやっていたのである。本当にこの国は恐ろしい。かのロスチャイルドやロックフェラーが恐れるだけのことはある。きっとロスチャイルドやロックフェラーが恐れたのは「千年ゴロシ」だったのかもしれない(笑)。

 

<つづく>