「希望という名の光」/ 山下達郎

 

 何百回聴いても涙が溢れそうになる曲がある。そんな曲は本当に数少ないが、その代表曲が「希望という名の光」である。この曲は、もともと山下達郎の音楽活動35周年を迎える2010年の第1弾シングルとしてリリースされたものだ。

 


 

 「ずっと一緒さ」「僕らの夏の夢」に続くバラード三部作の完結編となる曲として、2010年のG.Wに全国で公開された映画「てぃだかんかん - 海とサンゴと小さな奇跡 -」の主題歌になっていた。映画のラストに響きわたる珠玉のバラードとして深い感動を与えたらしい。「らしい」という言うのは、筆者はこの映画を見ていないので何もコメントできないからだ(笑)。

 

 2010年にリリースされたこの曲は、不思議な運命というか宿命というか、多くの日本人の心に刻まれる曲となる。

 

 実はこの曲、最初は別のバージョンだったらしい。一度書いた曲を映画のエンドロールが上がってきて合わせてみたら、エンドロールの映像には海辺のシーンから海中のシーンに切り替わる部分があり、最初に作った曲では雰囲気がまったく違うふたつのシーンが切り替わる部分で違和感があったため、ボツにしてもう一曲新たに書き直したからだ。ボツにしたバージョンは聴いたことはないので、いったいどんな雰囲気だったのだろうか。

 

 御本人は「締め切りがキツくなった」と語っているが、自虐的なまでに完璧追求しようとする姿勢がなければ、この曲はその後に大きな広がりは見せなかったと思うと、やはり不思議な宿命を背負っていた曲なのだろうと思う。この世に「もし」はないが、もし別のバージョンであったら、別の運命を辿っていたに違いない。

 

 

 御本人はインタビューで「映画は一途な夫婦愛の物語で、主人公を見ている奥さんの視線があり、また、そのふたりのうしろにいる人たちの視線もある。その視線の数々が、結果的に、主人公に対する励ましや応援になっているわけです。この曲も、そういう目線に沿って書かれています。そうすることによって、普遍性も出ますからね」とも答えている。

 

 大切なのは「普遍性」である。それを意識せずに作っていたら、長い年月には耐えられないからだ。作り手の意識は曲に宿り、音に刻まれる。長い年月に耐えられるか否かは全て作り手の意識にかかっている。さらに、ヒットするか否かは別の話。そこには「時の運」が影響する。たとえ素晴らしい曲であっても、その人とその曲に「運」がなければヒットはしない。まぁ、ヒットしたからといってもいい曲とは限らないが。


 タツローさんはコンサートで、「この曲を作るきっかけになった、ナイナイ岡村君と闘病中の友人桑田君に捧げます」と同曲を紹介している。ナイナイの岡村の病名は知らないが、盟友の桑田佳祐は癌で闘病していたからだ。この他にも、2010年に日本武道館で行われたワーナーミュージック・ジャパンの創立40周年イベントに出演の際にもこの曲が演奏され、開催直前に急死した社長吉田敬へのコメントが挿まれた。

 

 

 リリースから1年後に発生した東日本大震災の後、全国のラジオ番組でこの曲が頻繁にオンエアされるようになったのを受け、2011年4月6日に放送が再開されたNHKの音楽番組『SONGS』でも、被災者への見舞いのメッセージと共にこの曲のMusic Videoが放送された。もちろんYouTubeにはアップされていないので買いましょう。

 

 後にタツローさんは『OPUS』のライナーノーツで「映画『てぃだかんかん』の主題歌として書いたものだが、その一年後に起こった大震災の後に、聴き手の皆さんがこの歌に新しい意味付けを加えてくださった。ひとたび世に出れば、それはもう自分だけのものではなく、聴き手の皆さんのものでもある」と語っている。この曲は違う意味を持ったのである。

 

 東日本大震災の直後のある日、電車に乗ろうとして駅のホームで待っていた時、iPodでこの曲を聴いていた。なぜだか分からないが涙が溢れ出そうになったので、聴くのを止めた。この時以来、外でこの曲は聴かないと決めた。変なオッサンが駅のホームで泣いていたら、不倫した彼女にフラレたのか?と思われたら嫌だからだ(笑)。

 

 名曲には、普遍性が必要である。だが、それ以上に聴き手が何十回、何百回と聴き続けることで普遍性が生まれる。その曲を聴いて、愛してくれるリスナーがいなければ名曲は生まれないのである。本日のタツローさんのラジオ番組でも、この曲が一番最初にかけられた。明日で東日本大震災から13年を迎える。思い出したくない方もいっぱいいらっしゃるだろう。

 

 筆者にはこの曲とともに、あの日の光景を思い出す。刻みたくないが刻まれている。山下達郎は滅多に「勇気」や「負けない」という言葉を歌詞には入れないが、敢えて入れたことで、この曲は多くの人に「希望の光」は消えない、消さない、消してはならないという想いを刻んだ。だから名曲となったのだと思う。

 

 底しれぬ 闇の中から

 かすかな光のきざし

 探し続ける姿は

 希望という名の船

 だからどうぞ 泣かないで

 こんな古ぼけた 言葉でも

 魂で繰り返せば

 あなたのため

 祈りを刻める

 

 運命に負けないで

 たった一度だけの人生を

 何度でも立ち上がって

 立ち向かえる

 力を送ろう

 どうぞ忘れないで

 移ろう時代の中から

 あなたを照らし続ける

 希望という名の光を

 あなたを照らす光を

 希望という名の光を