「ナチス・ドイツ」と「闇の預言者ヒトラー」 その4

 

◆血液型占い

 

 日本人は占いが大好きである。様々な占いの中で「血液型占い」が存在するのは日本、そして日本の影響を受けた韓国と台湾だけといわれている。実は、血液型による性格診断を考案したのは1920年代の日本人医師なのだそうだが、このとき調べた対象者は300人程度で、統計学的には信頼できる数ではないという。では、血液型占いには信憑性がないのかと思いきや、あながちそうともいいきれないのである。

 



 この日本人医師はドイツに留学しており、当時ドイツでは「ゲルマン民族こそ世界で一番優れている」という研究を大まじめにしていて、その根拠付けの1つが血液型だったというのだ。これは結構有名な話だが、血液型を調べることで、民族性の違いを見いだそうとしたのが血液型占いの発端だったという。ナチス・ドイツは「アーリア人」としてのゲルマン民族の優位性を様々な分野で立証しようとしていたのだが、その一つが「血液型占い」だったのである。なぜそこまでゲルマン民族の優位性を主張しようとしたのか、その辺については連載の中で語っていきたい。

 

 ナチス・ドイツが大量のユダヤ人を使って行なった人体実験によって、戦後の医学は根本から変わってしまったと言われる。だが、医学分野については表面は語られない。なぜならそれは現在のワクチンという名の「細菌兵器」の開発にまでつながっているからだ。医学については悪魔の医者「ヨーゼフ・メンゲレ」による恐ろしき人体実験が元になっているが、その内容は凄まじく、検証するのも嫌になるほどである。

 

 但し、航空医学や宇宙空間における医学的な研究という分野についてはしっかり戦後も継続されている。なぜならナチスが開発したジェット機、そして戦後はロケットとなるミサイルを開発したのがナチス・ドイツだったからだ。ジェット機の航空力学や機体の製造については、まずはその素材となる「アルミニウム合金」を手掛けている。

 

 

◆「ジュラルミン」と「航空機」


 ドイツの「アルフレッド・ウイルム」(Alfred Wilm)は1901年,Berlin 近郊のNeubabelsbergにある理工学中央研究所に招聘され,翌年ドイツ兵器弾薬製造会社から真鍮製の薬莢をアルミニウム合金で代替するための開発委託を受け研究を開始した。そしてウイルムは自ら特許を取得する形で開発に成功している。
 そしてドイツは1914 年までにジュラルミンで部品が製造可能なレベルに達し、代替案として考えられていたマグネシウム合金より優れていたことが証明されたため、アルミニウム合金は1914 年に独海軍「Zeppelin飛行船」用に規格登録され,1914 年のLZ26からジュラルミンが使われ,1916年までに720 トン生産されている。この頃は第1次世界大戦の頃だ。

 

ナチスのツェッペリン「LZ129&127」

 

 アルフレッド・ウイルムはナチス・ドイツができるよりだいぶ前の人間であるが、この素材を使って、後にナチス・ドイツはツェッペリン飛行船を次々と製造しているが、こうした素材の開発は世界初のジェット戦闘機の開発に役立っている。

 

 直接関係ない話だが、1928年(昭和3年)12月 に創業された会社に「不二越鋼材工業株式会社」という会社がある。アルミニウム合金を使った切削工具・ベアリング・産業用ロボットの製造を中心する会社で、現在は「株式会社不二越」という社名になっているが、この会社のブランドは「NACHI」(ナチ)である。かつて「那智号」のブランドで自転車を製造していたこともあるのだが、このブランド名は、和歌山県の「熊野那智大社」に由来し、高い事業意欲を表しているそうだ。

 ナチス・ドイツとは全く関係のない会社です(笑)。会社は全く関係ないのだが、なぜ「国民社会主義ドイツ労働者党」(Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei)は「ナチ」(Nazi:単数および形容詞)なのかということには大いに関係してくる。

 

 「ハインケルHe162」(Heinkel He 162 Volksjäger )は、ドイツのハインケル社が開発し、第二次世界大戦末期にドイツが投入した単発単座のジェット戦闘機である。愛称の「フォルクスイェーガー(Volksjäger)」は、ドイツ航空省(RLM)により同機に付けられた制式名称であり、ドイツ語で「国民戦闘機」を意味する。

 

フォルクスイェーガー

 

 ナチス・ドイツが開発したジェット戦闘機「ハインケルHe162」こと「国民戦闘機」を意味する「フォルクスイェーガー」の愛称の通り、こうしたジェット戦闘機は世界の空を変え、現在は金持ちたちが保有するプライベート・ジェットにまでつながっている。
 

 北フランスに上陸した連合軍がドイツ国境に向けて迫っていた1944年9月、ドイツ空軍は単純な構造で短期間に大量生産でき、速成教育を受けたパイロットでも操縦できるジェット戦闘機「フォルクスイェーガー」の開発を決定、航空機メーカーに仕様を示した。5日以内、原型機を3か月以内に完成させるという無茶苦茶な条件が付いたが、ハインケル社はこれに応じ、He162を期限内の同年12月に初飛行させている。残念ながらこの「フォルクスイェーガー」は2次大戦中にはほとんど活躍はしなかったが、その技術は全てアメリカの航空産業に引き継がれている。

 

 実戦に投入されたジェット戦闘機でヨーロッパを震撼させたのが、世界初の実用ジェット戦闘機「メッサーシュミット Me262」である。

 

「メッサーシュミット Me262」

 

  当時、ナチス・ドイツの軍需大臣だったアルベルト・シュペーアは次のように語っている。

 

 「1944年の段階では、ジェット戦闘機『メッサーシュミット Me262』だけが奇跡の兵器であるというわけではなかった。 リモコンで飛ぶ爆弾、ジェット機よりも速いロケット弾、熱線により敵機に命中するロケット弾、ジグザグコースで逃げていく船の音を探知し追跡し命中する魚雷を我々は持っていた。 地対空ロケットの開発も終わっていた。 リピッシュ博士は無尾翼の原理によって設計された戦闘機を開発した。 それは当時の飛行機製造の標準を遥かに超えたものであった」
 

 ナチス・ドイツは世界初の実用ヘリコプターの開発にも成功している。「フォッケウルフ Fw 61(Focke-Wulf Fw 61)」である。

 

「フォッケウルフ Fw 61(Focke-Wulf Fw 61)」

 サイド・バイ・サイド・ローター形式のヘリで、航続距離230km、最高速度120km/hを記録した。初飛行は1936年6月26日である。開発したのは「ハインリヒ・フォッケ博士」と「ゲルト・アハゲリス技師」で、1932年にこのヘリコプターの開発を始め、1934年には小型の2ストロークエンジンを搭載した、自由飛行が可能な、後の成功に繋がる機体を製造している。


 僅か2機のみの試作機が製造され、試作初号機「V1」は1936年6月26日にエヴァルト・ロールフスの操縦で初の自由飛行を行った。試作2号機「V2」は1937年春に完成し初飛行。1937年5月10日に「V2」はエンジンを止めて着陸するオートローテーションに成功。これによりアドルフ・ヒトラーによるナチスは実用に耐えられるヘリコプターの開発に成功したのである。

 ナチスがヘリを開発していなかったら、現在の『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』なんてドラマもできていない。フジテレビはナチス・ドイツに感謝しないといけないのだ(笑)。

 

 このヘリのコードネームが「V1」「V2」というのが非常に気になる。なぜなら、ナチス・ドイツが作った世界初のミサイルこそ「V1」「V2」だったからだ。

 

 

◆世界初のミサイル「V1」「V2」

 

 イギリス人を恐怖のどん底に叩き落としたのは「V2」だが、V2ロケットより先にロンドンを襲った兵器があった。 それは「V1飛行爆弾」である。

 

 

「V1飛行爆弾」

 

  V1飛行爆弾が初めてロンドンを襲ったのは1944年6月である。小型機の背中後部に筒状のパルスジェットという特殊なエンジンを乗せた飛行爆弾で、現在の巡航ミサイルの先駆けである。しかしながら、V1飛行爆弾はスピードが時速600kmと遅く、対空砲や戦闘機でも迎撃可能だったため、多くのV1飛行爆弾は撃墜された。 また、V1飛行爆弾はその機能不全で墜落するものが多かったらしい。ちなみに、V2ロケットの開発はドイツ陸軍が担当したが、このV1飛行爆弾の開発はドイツ空軍が担当している。


 当時のアメリカ政府もイギリス政府も、通信とレーダー以外の殆ど全ての戦争関連の技術においてナチス・ドイツの技術は圧倒的に連合国の技術を上回っているという認識を持っていた。 1944年9月以降、「V2ロケット」がロンドンやベルギーのアントワープに落とされるようになって、武器技術におけるドイツ側の優越がいよいよ明らかになった。

 

「V2」

 

  イギリス人を恐怖のどん底に叩き込んだ「V2ロケット」は約1トンの爆薬を弾頭につけ、マッハ4で飛び、自動制御装置で誘導される世界初の弾道ミサイルで、当時の世界にはこれに対する防御手段は無かった。

  V2ロケットはドイツの敗戦時までに約6000発が生産され、約3170発が実戦で発射されている。 その内、1610発がアントワープに撃ち込まれ、1358発がロンドンに撃ち込まれている。のV2ロケットの本来の名称は「A4」であったが、ナチスの幹部は「A4」を「V2」と命名している。「V」は「Vergeltungswaffe」(報復兵器)の頭文字であるというのが表の話であるが、それは違う。「V」に込められた本当の意味は、これはの殺戮兵器の開発を担った神秘主義の秘密結社「ヴリル協会」の「V」である。

 

  日本ではV2が打ち込まれた先としてロンドンばかりが取り上げられるが、実はアントワープの方が多いのである。なぜなら、当時のアントワープには「ユダヤ人」の経営するダイヤモンド研磨工場やダイヤモンド取引所が多数あったからで、 それは現在も同じで、 アントワープはダイヤモンドの取引量で世界一を誇っているのだ。

 アントワープには「ユダヤ教徒」に改宗した偽のユダヤ人達が多くいた。また、ロンドンの「シティ」を支配していたのは、偽ユダヤ人の頂点に立つ「ロスチャイルド家」である。ナチス・ドイツが行った「ホロコースト」は人間としては許されざる所業であるが、ナチス・ドイツの本当の狙いは「偽ユダヤ人」の抹殺である。

 

<つづく>