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海くん出産話 その1


 震災やら原発やらいろいろあった間もお腹の中ですくすく育っていた海くん。

 高齢出産(36歳で高齢とか言われてちょい凹んだんだぜ・・・;;)でしたが、幸い特にトラブルもなく臨月を迎えました。



 6月4日、出産当日―

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義実家大集合


 旦那様、義父母に加え、義姉と姪、義弟夫婦まで来てくれました。

 何故これだけの人が集まれたかというと、予定帝王切開で2週間前から出産日が分かっていたから。




 陸くんのときに難産で帝王切開となったため、空ちゃんは予定帝王切開。

 3度目の帝王切開なので、出産日当日も私はリラックスモード。


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鼻歌歌いながら手術台へ
♬♩♫♪☻(●´∀`●)☺♪♫♩♬


 体質的にその後長く傷が痛む人がいますが、幸い私は当日でも痛み止めが必要ないくらい。

 陸くんのときに経験した「陣痛促進剤を飲んでマックスの陣痛なのに出てこなくて丸一日七転八倒」を経験したら、帝王切開なんて『出してもらうだけ♪』なんですよね( *´艸`)







 午後一時に手術室に入り、二時前には出産終了。



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海くん
ヽ(o´∀`o)゚.:。+コンニチワ+゚.:。゚(o´∀`o)ノ




 工場のベルトコンベアーに乗せられたように流れ作業でスムーズに出産終了。

 病室に戻り、おしゃべりしながらまったりしておりました。



 しかし、義弟と義弟嫁ちゃんがなかなか病室の方へ来ない。


  「あれ?もう帰っちゃったのかしら?(´・з・`)」












 そのころ二人は新生児室のガラスの前に。










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(義弟嫁ちゃんは女医さんです)

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いつか後悔しないための決断


 海くん出産予定日が6月19日。

 震災前に立てていた計画では、陸くんはまず東京の小学校に入学し、出産のために里帰りするゴールデンウィーク後から夏休み前までの間だけ実家近くの小学校(滋賀)に転校するという予定でした。

 しかし義弟の結婚式で義実家(兵庫)に滞在中に起こった福島原発事故。

 とりあえず一週間だけ様子を見るだけのつもりだったのに、その間に刻々と悪くなる状況。

 急遽里帰りを前倒しにすることにし、滋賀の実家へ戻り4月8日の入学に間に合わせるため急いで転出・転入の手続きを済ませました。


 その後、当初の予定通り産後に東京に戻れるのかどうか、実家で出産の日を待つ間に自分なりに情報を集めました。

 結果、先日纏めた記事(放射能汚染と政府の対応その1 その2 その3 風評被害と放射能汚染 の通り、状況は想像以上に悪いものでした。

 里帰りしている間に事故処理が一定の収束をみて、べらぼうに高く設定された暫定基準値が改正され、報道が公明性を取り戻してきちんとした情報が出てくることなどを期待していたのですが、それが叶わないまま東京に戻る予定だった8月が来てしまいました。



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旦那様とたくさん話し合って、私と子供たちは

東京には戻らないことを決めました



 もともと二人の実家が関西だから数年内には関西へ帰ろうと考えていたため、それを私たちだけ前倒しにすることにしたのです。










 私が住んでいた区は比較的線量が低いとされている場所なので、おそらく大人は食べ物にさえ気をつければ大丈夫だと思います。

 しかし子供は地表近くの空気を吸い、放射性物質が溜まりやすい土や植物のある場所で遊ぶため空気からの内部被爆が心配であること。

 そして陸くんが入学する予定だった小学校に給食に使用する食材の産地について問い合わせをしてみたところ、

  「肉も野菜も特に避けている産地はありません。

   玉ねぎやじゃがいもは季節により全国いろんな場所のものを使います。

   また葉物野菜は近県、特に茨城県が中心となります。」

                                       (問い合わせした日:7月4日)


 牛乳は大手の中で唯一使用する原乳の自社基準を示した会社なのでよかったのですが、放射性物質が溜まりやすいとされていて一番避けたいと思っていた葉物野菜が福島の次に放射性物質降下量が多かった茨城http://map.tools-etc.info/image/radioactivity_fallout_graph.jpg 中心・・・orz

                            

 セシウム汚染牛肉の問題もあります。

 毎日食べる給食からの内部被爆はとても無視できないものだと思いました。








 子供が外で遊んだり、「給食全部食べたよ!」を素直に喜べない場所で子育ては出来ない。 

 けれど父親と離れて暮らすことが子供に良いわけがない・・・。

 葛藤の上の、本当に苦渋の決断でした。








 人によっては私の考えは神経質すぎると思われるかもしれません。

 けれど私はこれまでも減農薬・無農薬の野菜を選んで買い、特に主食として食べる機会の多いお米は農家の友人から減農薬のものを取り寄せ、パンは手作りし、どんな原材料が使われているか分からない加工食品(レトルトや冷凍食品など)や外食はなるべく避けたりと、子供たちが食べるものには人一倍気を使ってきました。

 国が安全としている基準内でも体に悪いものなら少しでも減らしたい。

 原発事故でそこに放射性物質が一つ加わったと考えています。





 「放射性物質による健康被害は喫煙程度^^」という御用学者がいましたが、喫煙車両が乳幼児や妊婦に適した場所だと思う人はいないと思います。

 事故前は「被爆量は少なければ少ないほどいい。」「一般人が被爆していいのは内部・外部合わせて年間1mSv以下」が常識だったはず。

 少なくとも私は大学の研究室で放射性物質を使用するにあたりそう教えられたのですが、震災後いきなり「このくらいは安全^^(しかも根拠はなし)」なる基準が出てきて驚きました。

 低線量の被爆をこれだけ大勢の人間がし続けるのは初めてのことなので「ただちに問題ない」ではなく、「影響の有無は数十年先まで分からない」のだと個人的には思っています。

 







 数十年後何も起こらなかったら「あのときは私、神経質すぎたね~」と笑えばいい。

 でも逆に、何かあったらということを考えると――――


 『あのときこうしていれば・・・』と後悔したくない。

 エゴと言われても、子供にはベストを尽くしたい。





 旦那様の仕事が来年12月にキリがつくため、それから大阪支社に転勤願いを出すか、関西の会社に転職するかし、それまでは単身赴任してもらうことになりました。

 旦那様と離れて暮らすのはつらいけれど、いつか笑えるそのときまで頑張ろうと思います。 


 







 震災・原発事故以来、暗い記事ばかりですみません。

 今自分が置かれている状況を話すにはどうしても必要なことだったので・・・。

 次の更新からは普通に子育てに関するものやアホなネタに戻ります。

希望の海

 悪阻や陸くんの卒園準備の多忙な日々が終わり、


  「さあ、ブログ再開してまたおバカな記事書いちゃうぞ~♪」


 と思っていた矢先の震災。


 そして原発事故。

 











 3.11を境に私の世界は一変しました。

 










 チェルノブイリを超える土壌汚染とセラフィールドより深刻な海洋汚染が起こり、3ヶ月経っても未だコントロールが出来ず綱渡り状態という非常事態。

 補償を最低限に抑えるために被害をなんとか少なく見積もろうとさまざまな情報を隠蔽する政府と東電。

 基準値ぎりぎりのものを食べると年間17mSvの内部被曝という恐ろしく高い値に設定されたまま、いつまで続くのか分からない食品の暫定基準値。

 国民の生命と財産を守るはずの国が率先して国民を被爆させようとしているのかと邪推したくなる状態・・・。












 確かにパニックを起こすような情報をむやみに出すのは考えものです。

 首都圏から人が消えてしまったら経済は回らないし、何年か後に出る健康被害よりもその被害は甚大となる・・・それは分かります。

 ですが、せめて福島第一原発の爆発により大量放出があった3月15日と21日は屋内退避もしくはマスクの着用を呼びかけるくらいのことは出来なかったのでしょうか?

                                       http://takedanet.com/2011/05/to_7db5.html

                                       http://twitpic.com/51e73h






 政府はSPEEDIのデータでどこにどれだけ飛ぶのか事前に分かっていながら、国民をあえて見殺しにしたわけです。

 日本ってこんな国だったっけ?

 まるでどこかの独裁国家のようです・・・orz













 そして私が一番ガッカリしたのはテレビのマスコミ。

 権力を監視をする役割を担うはずなのに『安全です^^』という政府の大本営発表をそのまま垂れ流しにし、それに安心したたくさんの人たちに、ちょっと気をつけていれば防げていたはずの無用な被曝をさせました。

 今更「自分たちも当初は情報がなくて分からなかった。仕方がなかった。」と自己弁護していますが、フリーのジャーナリストや海外のマスコミがかなり早い時期から危険だと叫んでいたことからそれが全くの嘘であること分かります。

 全くの一般人である私でさえ事故翌日の3月13日には「妊婦は東京に帰っちゃいけない!東大の教授はすでに妻子を西に逃がしている。」(理系京大生より京大教授情報)って電話をもらっていたくらいですから、情報を得ることを生業にしている人たちが知らないはずがない。

 だいたい政府の言うことをそのまま電波に乗せるだけなら、マスコミの仕事はいりません。

 最近になってやっと外部被曝については独自の検討をするようにはなりましたが、一番大事な内部被曝については未だにダンマリを決め込み、話題にするときには『風評被害』。

 それを真に受けて何も気にせず食べた人たちに数年~数十年後に健康被害が出たときには「あのときは仕方がなかった。政府が安全と言っていたから~」とでも言うのでしょうか?

 チェルノブイリの教訓があるのに知らなかったは通りません。

 自分の仕事に誇りをもっていないのだろうか、恥ずかしくないのだろうかと思います。 

 










 3月11日まで、私は日本は自由に発言が出来る、人道的で安全ないい国だと思っていました。

 でもそれは間違いだったようです。

 まるで小説や漫画でよくある、『パラレルワールド』に迷い込んだ気分。

 でも考えてみれば、水俣病のときもそうだったんですよね。

 あれから半世紀も経っているのに・・・。

                             http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E4%BF%A3%E7%97%85  

 











 闇雲に怖がるのではなく、正しく警戒するためにきちんとした知識をつけようと勉強しました。

 しかし知れば知るほど暗澹たる気持ちになっていきます。

 なので以前のようなアフォブログを書く気になれずにいました。















 そんな中・・・














報酬はきみのほっぺ【絵日記風】
海くん誕生













 陸くん、空ちゃん、海くん。

 ブログ上の名前とういだけではなく、実際そういうネーミングです。

 陸・空・海の3つで世界は出来ているから、3人仲良く手を取り合って生きていって欲しい ――― そんな願いを込めて。

 もちろんそのまま陸・空・海というわけではなく、それぞれを象徴するような漢字を使っています。


 海くんの名前は『原始の海』をイメージして付けました。









 無機物から有機物が生まれ、有機物から生命が生まれた原始の海。

 そんな奇跡が起きた場所。


 震災より前に決めていたのですが、混沌の中にも希望をくれる・・・そんな名前になりました。












 新しい命。

 希望とエネルギーの塊。

 


 海くんが私にたくさんの力をくれたように思います。