こんにちは。
ひさびさすぎて稼働していたか謎なブログを再開しました。
結婚して引っ越して、活動らしい活動はできずにおりました。
が、ボチボチと小~さく活動再開しつつあるようなないような。
とりあえず元気です。
上川町には昨年10月からPORTOというコワーキングスペースができました。
こちら、もとは銀行で、銀行の受け付けの台などを活かしてテーブルを作っていたり、創設から町の人を巻き込んで作られており、手作りの温もりのある、シンプルかつお洒落な落ち着いた建物です。
こちらのコワーキングスペースについてはおいおい記事にしていきたいとおもいます。
中にあるギャラリーは「KINCO」と名付けられ、名前のとおり「銀行の金庫跡」をギャラリーにしています。扉が重厚‼️
活用方法の面白さに加え、表現者が伸び伸びと表現できる場ができたというのは、とてもいいなあと感じています。
そちらで、
タツミケイコ初個展
千枚千着
〜すきな服を着たっていいじゃない?〜

という展示が行われてます。
タツミケイコさんは、上川町のゆるキャラかみっきーの原作者さん。
ゆるキャラの中でも完成度が高いと好評で、
会いに来てくれた私のお友達がグッズを
買って帰ってったりしています。
わたしも水筒がお気に入りです。
かみっきーお誕生会の装飾の写真。
上川町に住んでいると、至るところに様々なかみっきーがいて、表情やバリエーションが豊かなかみっきーに癒されます。
広報なんかはもはや町民でないと見られないレアな季節ものかみっきーなどがいたりして、ちょっと得した気持ちになります。
私の個人的な勝手な希望として、
かみっきーのマンホールを誘致して欲しいと
思ってます。
マンホーラーとしては暫くそのマンホールの前で立ち尽くしたいし、愛でたいし、熱くマンホールをアピールしたいし、マンホールカードも作ってほしいなあなどと思ってます。そしてマンホール友達に自慢する(妄想)
その意味では(?)町中がもう既に個展のような状態だと思うのですが、
初めての個展のテーマが面白く、イラストではなくてまさかの折紙なのですが、作品の熱量がすごくてとてもご紹介したくて、ブログに感想をしたためてみました。
冒頭にこのような文が展示されてます。
読めないか(笑)気になるかたは拡大してみてください。

タイトルの説明になる魅力的な文なのですが、
つまりは、元々これが良いなあと思っていた服(服的な意味でも比喩的な意味でも)があるけど、大人になるにつれ、あれこれいわれて好きな服を着ないで無難な服を着ている自分がいる、でもホントは好きな服をきてもいいんでないの?っていうかんじのこと。
「違うことが怖いんでない。違うことを批判する人が怖いんだ」という節がありますが、田舎住まいのの独特な空気にあてられたことがある人には強い共感があることと思います。
私は元々何だか似合っちゃいないけど何だか着たくてエスニックな服装してたり、
スカート派だったりもしたし、
なんなら意味はないけど休みの日は着物で
散歩したりしていたし、
長野から友達来たときも無理やりユーチューブなど見ながら着付けて一緒に着物着て、歩いたら足にタコつくる距離に有る海老そば一幻本店でラーメン食べたり(何故)浴衣でビール飲む女子会もしたし、
能も体験で謡って舞って、
オフは好き放題してきたんですが、
平日はスーツにヒールでツカツカ歩いて
ツカツカ言わすのが気持ちよかったりしたのですが(成績は残念でした)
こちらにきて目立つ服装をしないように
確かに強くいわれ、
35歳過ぎているのに、
何故か自分の服を選ばせてもらえずこういうの着てとか好みではない服を渡されて、かなりどん引いたんですよね。
今は一番草抜きしやすいスキニーに
無地のTシャツを定番としてそれはそれでとても気に入ってるし、気合いの入った服装で歩くとこもないしで定着しちゃったなあと思います。
蛙色のコーディネートやシマシマのツナギで
草にまみれるのは、まあ実際至福なんですが、、、
自分の気持ちに沿わなさすぎる事柄を
麻痺させて続けるというのは地獄です。
生き地獄。
誰かにとっては何気ない常識の話なのかもしれないけど、その全く共感できない当たり前を押し付けらるというのはホント無理です。鈍化して気づかないまんまのパターンもあるかもしれないけれども。
着たくないものを、この服を着るべきだみたいに
着させられ心地悪く過ごして麻痺してくって、
そこそこありがちなのですよね。
好きなことの範囲内でも、ある。注意深く選ばないとすぐ自分なんて見失えてしまうし、そうなると他人の光も平気で消せてしまう人間になってしまっていたりして。
身に覚えがあるかんじのお話が書かれてます。
好きな服着たっていいじゃんね。
そんな感じで何年も折ってたらしい折紙のシャツをすごくセンスフルに展示してるんです。
いやまず、この数折れないから。
心の方が折れるから。
すごくないですか?圧巻なんです。
この写真では
何一つ伝わらないから生でみてほしい。
折り紙が放つなにか楽しさも叫びも混じってそうななんつーの的確な言葉が浮かばないけど、、、、
凄み?



本当に千着越えてる上に、随所に遊び心があるんです。
例えば、
主催者が大好きなファイターズのシャツがあったり、
地元信金の封筒で折ってたり、
対になるシャツがあったり。
仲間の顔を思い浮かべたのだろう柄、
丁度見に行ったときにその仲間のかたが、
片割れの柄を掘り起こして探してて宝探しみたいに見つけてる姿も見かけましたし、
ちょっとあったかい。
折紙ってこんなに存在してましたっけ?というほどの折紙のバリエーションが面白かったりします。
私はどれが好きかなあと真剣に見入るとそこでちょっとした自己内対話が始まっちゃうような。
人と見ると着眼点が違ったり、目が止まるものが違ったり、目移りできる情報の数がものすごいので、
どっかに自分のドツボにくるものがあって面白いです。
それは、
「人生の選択肢だっていつだってこんくらい無限にあるはず」とか、
「私の好きはやっぱり、何度みてもこれなんだよなあ。好きと言うことは何も恥ずかしくない(むしろ推しがあるというのは尊い‼️)」とか、
「人の数だけ色んなカラーがある」とか、
「とても似ているけど、こんなに違う」とか、
「でもひとつひとつどれも面白い」とか、
多彩なメッセージを発しているようにも思われて
とてもにぎやかで、お喋りで、
色の数ほどに色んな解釈もできる仕掛けになっているように思います。
かと言えば、柄かわいいとかそんなライトな見方もできるんです。
ざっと見てへ~で終わらないで、言語化してくと面白いのではないかなと私は感じました。
柄を見て想起される人なんかもいて、
とか
何か友達を思う時間になってみたり、豊かでした。
ちなみに一番普通に服として着たい柄はこちらでした。草にまみれるのがやはり好き。
目についたのは前々から好きな檸檬柄。
たまらず持ち帰ったのは魚偏の漢字のやつ。
たくさんのシャツの中から好きなの選んで
紙に貼って自分で着てみるコーナーもかわいくて、
私はお魚のブルーグリーンのシャツに、
夕焼け色の折紙(持参)でスカート折って、
今の本物の自分に履かせたくはないんだけど
履きたいなあという白のブーツを履かせてみました。(文字で説明してるのは写真とり忘れたから)
折紙で2.5次元アバター作ってるような。
良い遊びの時間でした。楽しかった。まだ見に行こうと思います。ありがとうございます😆💕✨
皆の好きな服もみてみたい。