~40年~イングヴェイ・マルムスティーン | 紫の吟遊詩人~月の影にて~

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徒然なるままに今思う事を綴っていきます。




俺がHM/HRにハマってから40年。その最初の年にデビューしたアーティスト/バンドの中でインパクト、という点で頭抜けた存在の1つである彼、イングヴェイ・マルムスティーン。


当時Alcatrazzでメジャーシーンに現れた彼は本当に凄いインパクトを残した。当初、「グラハム・ボネットが結成したHM/HRバンド」だってAlcatrazzがあっという間に「イングヴェイのいるバンド」に変わっていったのを憶えている。音は王道というべきストラトキャスターなのだが…そのフレーズの創り方、そしてその表現方法(弾き方)が尋常ではなかった。


当時、俺以外のHM/HR好きな同級生連中もイングヴェイに度肝を抜かれていただろうが、コピーする人はいなかった。当たり前な話だが、あんな弾き方するギタリストなんて1984年当時誰もいなかったし、コピーなんてする気にはなれないだろう、凄すぎて。(笑)


名が知れるにつれ、「リッチー・ブラックモアのコピー」というような評価をメディア等が始めたのだが、俺はとても違和感を感じていた。


RAINBOWやDEEP PURPLEにおけるリッチーも凄いソロを弾いていたが、イングヴェイとは違うと感じていたから。


リッチーは根っからのロックンロール気質を持った上でクラシックのフレーズをちょいちょいアルバムやライヴで挟み込んでくる。RAINBOW時代、ライヴでドン・エイリーと演った「ブランデンブルグ協奏曲」は神業としか思えない。


イングヴェイも勿論クラシック好き…というより、彼はバイオリン奏者がギタリストになったようなもので、ロックンロール的な気質や風情は後から付いてきたものだと当時から感じていた。上手く言えないがクラシックにリッチーのいたDEEP PURPLE、三頭政治時代のRAINBOW、ウリ・ジョン・ロート等が混じっている…それがイングヴェイのスタイルだと。


…とはいえ生まれつき持っていた「売れてやる!」という野心/本能でアメリカに渡ったイングヴェイだから、他人のつくったバンドに長々といるはずもなくあっという間にAlcatrazzを辞めソロ活動(日本のレコード会社が持ち掛けた、という話もあるがそもそも彼はソロで成功したかったのだからウィン/ウィンで乗っかったんだろう)を本格的にスタート。その後はご存知の通り。


これはソロなのか、バンドなのか?なんていうメディアからの問い掛けに辟易したのだろう、今はアルバムであれ、ライヴであれ「ソロアーティスト」であることを明確に示している。(ライヴでのギターの音のデカさといったら尋常ではない。昨日5/11のライヴでもあまりのデカさに耳を塞いでいた人もいらっしゃったらしい)


ギタリストとしては勿論だが、あのキャラクターも今では貴重な存在だと思う。思うに…最後の「炎上系」アーティストだろうと思う。来日時に頼んだステーキが自分の注文と違った事にブチ切れて「No Red🔥」と叫びながらそのステーキを壁へ投げ付けたなんて可愛い部類。浮気している「らしい」という話を聞いただけで彼女に「とっとと荷物を纏めて家から出ていけ!」と叫んだり、その浮気相手だったらしいヴォーカリストを即刻解雇したり、「ドラムソロを要求ばかりしやがる」という理由で解雇したり。「EXODUSやSLAYERなんて弾き方がめちゃくちゃで聴いていられないよ、俺がギターの弾き方教えてやるよ。」「俺の周りは友達ばかりだよ。唯一違うのはブルース・ディッキンソン(IRON MAIDENのあの人)だ。“俺は伯爵なんだ”と言ったら“それがどうした”と言いやがった。最低なヤツだ。」等々枚挙にいとまがない。


ただ1つ、今の音楽を取り巻く環境を予言するような発言もあった。「俺の音楽はフレミニヨンのステーキだ。ハンバーガーみたいに売られるべきではない。」この発言をした90年代にはめちゃくちゃ叩かれたのだが…今、1曲単位で簡単に曲を買える時代。

ジェスロ・タルの総帥イアン・アンダーソン(因みに元メンバーのバリモア・バーロウがイングヴェイの1stソロでドラムを担当している)が後年「私達の音楽には3000円の価値があるはずだ。それなのにハンバーガーを売るように扱われている。その事に私は怒っている。怒っているんだ。」と現在の「音楽を聴く」行為へ一石を投じた。


イングヴェイは見越していたのかもしれない。


初めてイングヴェイを観たのは1995年、札幌公演だった。まだ「バンド」的な構成だったのだが…これでもか、これでもか、と弾きまくる姿に良い意味で呆然とした。


そして昨日5/11。


29年振りにライヴを観た。

もうヴォーカリストがなどと四の五の言われない編成なのでのびのびと弾き倒す姿は微笑ましかった。

あの曲でロレックスの時計を見る仕草も相変わらずだった。(笑)

と、同時に「成長していたんだなぁ。」と感じたこともあった。


それは「何故ここでこのフレーズを弾くのか」「何故この音で、この奏法で弾くのか」を意識しながらフレーズや音に感情を込めて弾いていたこと。


自己陶酔ではなく、観客をその音世界にグイグイ惹き込んでいく姿は29年前にはなかった。


カバーをやろうが、まさかの元所属バンドの曲をやろうがイングヴェイ「印」を忘れないのはこれまた影響を受けているであろうジミ・ヘンドリックス的だった。


「オーディエンスは俺のギターを聴く為に来ている」というアティチュードを全く変えることの  な い、しかし独りよがりにならず、観客を巻き込んでいくエンターテインメント性も兼ね備えた素晴らしいライヴだった。


帰路についている最中、後方でイングヴェイに付いて熱心に「クラシックの美しいところを…」と友人にイングヴェイが如何に価値の高いアーティストであるかを説いていたが聞き手は「でも今はドラムとかリズムとか同じ方が…」という言い方をしてイングヴェイの音楽は現代には合わないのではないか?という疑問を捨てきれない様子だった。


デビュー当時からイングヴェイは全くブレず、その時代の流行など全く意に介さず(確かグランジ/オルタナティブ全盛期にも“あんなの音楽じゃない。ギターの練習なんて全然やってないだろ”というニュアンスの発言をしていた。)やってきた。俺のような老害の部類に入るHM/HRファンにとって、イングヴェイという存在は数少ない拠り所の1つだ。世の中がどんな流れになろうとも、イングヴェイは変わらない…という強い信頼感を持っている。そして、イングヴェイはその信頼に誠実に応えてくれた。今回のライヴでもそうだった。


彼は元バンドメンバーやアーティスト等あちこちに向かって噛み付いてきた。これは彼の最大の魅力でもあるし、ここまでキャラがたっているので笑って許せてしまうのは彼を含めてごく僅かしかいない。


ただ、彼が今まで1度も批判や不満を漏らした事のない存在がある。


それは、彼のライヴを観に来てくれる、彼のアルバムを聴いてくれるファン。


最近はご無沙汰であるとはいえ、彼をメジャーデビュー以来ずっと追い掛けてきた俺は、とても光栄に感じている。


イングヴェイ・マルムスティーン。


ロックギターの歴史を変えた偉人の1人。


そんな彼を40年間リアルタイムで聴いて観る事が出来た俺は本当幸運だ。


伯爵にまた謁見出来る日を楽しみにしている。