本書は小学館2001年刊行のもの。
このところ、前世紀や、昭和の人の本を読むことが増えている。
まだ健在の人も、すでに故人の方もいるが、世紀の変わり目にある本には、新しい世紀に対する様々な思いが描かれていることがある。
私が、その当時(2001年)、その本を読んでいたら、時代の流れに取り残されてしまつたもの、懐古主義などと判断したところもあるだろうが、現在、読んでみると、当時、日本から失くなっていく「もの」を指摘していたことに気づいたりする。
本書の冒頭に、
テレビが伝統をぶち壊し、インターネットが芸の質というものを滅茶苦茶にしてしまった。六〇〇年の伝統を持つ狂言と、インターネットで流れるヒットソングが共存している平成の芸人たち、その皆さんの言葉の中からこれからの芸能のあり方を探り出したい。
・・・・・「職人」も「芸人」も同じ問題をかかえこんでいるのがよくわかる・
一言で言えば「伝統」と「インターネット」の対立なのである。
「受け継ぐべきもの」と「受け継いではいけないもの」の対立なのだ。
そして問題なのはそれを見分ける目が失われつつあることだ。
そして本書の最後に、三波春夫氏について書いてあるところでは、
「三波さん、お客様はやっぱり神様でしょうか」
・・・・・
そして、僕の質問を受けて三波さんはこう答えました。
「僕はね、すべての人をお客さんだと思っているわけではありませんよ。お金を払って観に来ている人だけがお客さんだと思っています。そうした方々は、やはり絶対者でしょう。ステージが<天>なら、客席は<地>。その中にいる唯一の絶対者。そういう存在を<神様>というのだと僕は教えられました」
そして
…テレビにはお金を払うお客がいません。だから、芸能人はいても芸人がいないのです。テレビ番組に誰がお金を出しているのかといえば、それはたいていスポンサーです。お客様は神様だと思っているのが芸人なら。スポンサーは神様だと思っているのが芸能人かもしれません。
なんとなく腑に落ちた。
ただ、現在もSNSや動画での収益化が難しくなってきているからなのか、こういう、直接ファンにアプローチするような傾向が復活しているようにも思える。
音楽関係では、現在CDは売れないのでコンサートのように、観客に直接触れるような場で稼ぐような傾向があるようだ。
そのコンサートホールは、穿った見方かもしれないが「寄席」なのかもしれないね。
でも、そうだとしても、この本のころの「芸」とは、何かが違うような気もする。
それは、何なのだろう?