本書のオリジナルは2010年中央公論新社より刊行された、私は2015年初版の中公文庫版で読む。
私は本に対してぞんざいな人間だ、しかし、一線を越えないようには努力はしている、しかし、また、やらかしてしまった、コーヒーをぶちまけたのだ。
その時、不幸にもその餌食になったのが本書で、お詫びというわけでもないが、その時読んでいた本を棚上げにして、読み始めた。
そうだね、コーヒーの滲みのついた本を間近に置いときたくないという、とても卑しい動機もあったのかもしれない。
しかし、本書は面白かった、科学といえば、精緻な理論の積み重ねで問題解決するという、(これは)文系ならではの思い込みがあるのだが、本書はそういう夢を簡単に蹴散らしてくれる。
医学の世界での発見に、偶然性があるとは、なかなか信じられないけれども、ここには、そういう世紀的で偶発的な大発見が次から次へと出現するのだが・・・このところ(21世紀になってから)、そういうやり方ではなく、もっとシステマチックな開発を行うようになったというのだ、そういう仕組みは、効率的で、論理的な方法に見えるのだが(特に私も含めた文系の皆さんにとってはすごく)、実際のパフォーマンスは低迷しているらしい。
その要因についての考察は本書を読んで頂くとして、この教訓は、経済が低迷してきて起死回生を狙わざるを得ない我が国(日本)にもあてはまりそうだ。
そういえば、戦後すぐの10年や20年の日本は、たぶん、今の人たちにとって見ると、ものすごく野蛮な世界に見えると思う。
でも、そういう野蛮な中に、もしかすると、何かが潜んでいたかもしれないね・・・なんて、懐古主義かな?
ごめんね、コーヒーで汚してしまって!!