もうすぐ大相撲初場所が始まります

新大関の安青錦関の誕生で盛り上がります

ウクライナ出身とか安美錦関の弟子とか

他のサイトやアメブロでもよく出てます

ちなみに昭和の大横綱大鵬も父はウクライナ人

 

安青錦は「あおにしき」と読みますが

「安」の文字は「あ」なのか?

その場合「青」は「お」と読むのか?

そんなことを考えると夜しか眠れません…おいで


和泉の「和」とか、knowの「k」のように

安青錦の「安」も読まない文字(黙字)かもね


師匠のもと安美錦は「あみにしき」です

「安」が「あ」と呼んで(ひらがなの素だし)

「美」を「み」…これは読めますね

 

「安治川部屋」(あじがわ)から取ったのは

わかりますが「安」は「あ」なのはやや強引😓

 

文字入力では「あんあおにしき」と打てば

安青錦になるけど、やがて長く活躍すると

「あおにしき」と打つだけで安青錦になるかな?

それとも自分の端末が学習するだけかな?

ここまでは、どーでもいいことですけど

 

本題行きます

 

安青錦関の徹底した頭を下げる取り口です

※東方(左)が安青錦関

※西方(右)が安青錦関

立ち合い低く、その後も徹底して低く

下から下から前へ攻める

相手が苦しいので引いたり上から抑える

そこを一気に前へ走り土俵の外へ

もしくは位置が低いため足を取っての

渡し込みや内無双などの技が決まる

 

182cm140㎏と近年の力士では大きくなく

技巧派だった師匠安美錦よりもさらに小柄

こうした取り口の力士は「脇役」では

たまにいたと思いますが

大関以上でここまで「態勢が低い」力士は稀です



安青錦の師匠(安美錦)の師匠(旭富士)の

そのまた師匠にあたる大関旭国が

当時の横綱輪島・北の湖に食らいつく態勢は

曽孫弟子の安青錦関にも継がれている気がします

ちなみに旭国は食らいついて離さない

取り口から、あだ名が「ピラニア」うお座アセアセ

 



1980年代後半の大関北天祐が

小錦戦で見せた低さも安青錦に通じます

相撲ぶり全体は北天祐が腕力を生かした投げ

安青錦は背筋力からの寄りや内無双と違うけど

 

いずれにしても大関に一気に昇進した安青錦関

低く低く速く攻める相撲に注目です

 

同時に…

行司式守一輝が十両に昇格し

11代式守与之吉を襲名しました

昨年、荒汐部屋宿舎に行った際に

キーホルダーを買い求めましたが

このあと幕内格昇進〜勘太夫襲名に向けて

精進を重ねてほしいところです

行司の襲名ももっと活発にしたらいいのにね

 

 

 

新年あけましておめでとうございます門松鏡餅

このような内容の振れ幅が大きい

安定感のない弱小ブログに

お越し頂きありがとうございます

 

この5年位は「いいね」の数

80~100くらいで安定です

これ以上増えると

全員読みに行くのが困難になるので

今くらいで安定して週2くらいで書ければ…

とも考えています

 

2026年も穏やかに迎えることができました

式守家のおせちは毎年おなじです

煮物と栗きんとんと黒豆に伊達巻…

私がこれらを大晦日に準備しました

 

 実家で勢ぞろい

 

1日は実家に行きましたが

式守一家全員で久しぶりに行きました

子どもたちが高校卒業位からは

私だけしか行かないことが増えたのです

 

母(84)も久しぶり孫にも囲まれ喜んでました

お姉ちゃん(22)も数年ぶりの式守実家

地方に下宿する大学生の弟くん(20)も同じく

妻は自分の実家(千葉)にも

このところ帰省していないのにね

 

さらには実家の飼い猫さんも久々に見ました

 

 

 

 奈良に行きました

 

2日は妻とのお出かけ

今年は妻のリクエストで奈良に行きました

鹿さんをいじめる人なんていませんよね~

迷惑系なんだらとかが議員になれる奈良県

中央も地方も怪しい政治家がどんどん出てきます

これもそれも民意だからタチが悪い

 

 

雪が時々ちらついてました

鹿さんが一目散に走りだしました…

へずまでも来たのか??滝汗

 

鹿せんべいを食べる奈良のちいかわ

 

春日大社では入場規制で30分待ち…

 

私は「鹿みくじ」・妻は「白鹿みくじ」

私は大吉、妻は中吉

 

大仏さん、たのんますわ~

この国の安寧を願ってくれたんでしょうけど

もはやいろいろ心配ですわ~

 

まあ、ともあれ

年始でもあるので

いい1年であるかすかな希望を抱いて

大吉のくじも引いたことだし

努力もしていきたいと思います

 

 

 

 

 

2025年=昭和100年で語られた年も

もうすぐ終わろうとしています

 

私の母は昭和16年生まれですが

今年だけでなくずっと「今は昭和なら何年?」

と言い続けてきたという

もはや時間軸が昭和のままの人です

 

看護師からケアマネと職を重ねていたためか

患者・利用者の生年月日や行政書類で

元号に親しみすぎて、西暦シフト変更不能な感じ

 

「今年は昭和で言えば何年?」と

この質問を必ずされる妻は苦手にしていました…

 

平成になった頃に時間軸が西暦移行した私も

両方わかるけどなんか違う…というか

PCならWindowsとMacのような違いを感じます

 

 

同じように相撲界の元号一択にも

微妙なもぞもぞ感を感じることがあります

 

横綱豊昇龍や王鵬が「花のイチイチ組」

(平成11年生まれ)と言われたり

以前は横綱稀勢の里などの「花のロクイチ組」

(昭和61年生まれ)が頑張っていたり

 

古くは横綱北の湖・2代若乃花の「花のニッパチ」

横綱北勝海・双羽黒・大関小錦「花のサンパチ」

この辺は生まれ年だけでなく

活躍しだしたのが昭和だったのでまだわかるけど

 

NHKの相撲中継の元号のみ使用にも違和感

海外出身力士も「平成〇年生まれ」ですし

脳内で西暦に変換してしまう式守です

まあ、別にいいんですけどねチュー

 

 

とはいえ、かくいう私自身

 

昭和をちょうど20年生きていたのも事実

記憶には薄いけど幼少を過ごした昭和40年代

子ども時代がちょうど一致する昭和50年代

高校から大学前半を謳歌した昭和60年代

 

成人式が平成元年になってすぐ…という

まごうことなき昭和キッズでした

 

 

大正14年(1925年)生まれの人は生誕100年

三島由紀夫・芥川也寸志・梅原猛

加藤芳郎・富永一郎・橋田寿賀子

桂米丸・初代林家三平

笑福亭松之助・夢路いとし…

早く亡くなった人も、最近まで存命だった人も

 

角界では横綱栃錦や27代木村庄之助

理事長と立行司で昭和の相撲界を彩ったお二人

 

そういえば今年は「桂米朝生誕百年祭落語会」

にも行きました

上方落語界も昭和の四天王時代から

続く枝雀・仁鶴・三枝あたりが盛り上げ

今は、昭和時代「若手の下っ端」だった

南光さんや鶴瓶さんが大御所です

6代松喬さん・吉朝さんが早世されなければ

…今頃全盛期だったかな~と悔やみます

 

 

さて、おそらく「昭和」をフルスペックで知る

人は今後急速に減少していって…

私の記憶にある「明治生まれの人」のような

高齢者だけの年号になっていくことは確実

 

軍隊の名残を残していた高齢者や

根性論を振りかざしていた体罰教師や先輩

デリカシーのかけらもないガキどもなど

昭和キッズでも「嫌だった」ことも多いです

 

それでも忘れてしまうのでなく

記憶しておく必要がありそうなのが

昭和史(特に敗戦まで)

 

外国を蔑視したり、過小評価したり

挑発行為や謀略事件を起こしては

国の中では「排外主義」が蔓延し

身の程知らずの戦争に突入した昭和期

決して軍部だけや政治家だけでなく

マスコミも世論も軍縮交渉を弱腰と非難したり

反戦の意見に対し攻撃を加えてきたのも歴史

 

今、なんとなく似た雰囲気を感じます

一旦そんな「流れ」になったら

絶対に引き返せないのが…反省点なのにね

 

昭和100年はまだともかくも

昭和106年に某国に攻め入ったり

(その時は絶対に相手の挑発だと騒ぎ)

昭和116年には多くの国と闘い

昭和120年に再び敗戦国になる…

 

 

なんてことにならないように

まさかが半分、いやヤバいが半分

そんな思いの昭和100年も暮れていきます

自分にできることはなんだろか?

本当に考えてしまう昭和キッズ

=平成ジェントルマン

=令和オールドマンです

今回は元号全開でお送りいたしました

こんな昭和なブログにおつきあい頂き

ありがとうございました