「黄禍論」って聞いたことありますか

 

「おうかろん」と入力すると

「黄化論」しかでてきませんでした。

「こうかろん」は「高価論」が最初の文字でした。

 

「黄禍論」は、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が

日清戦争後に言い出したということですが、

諸説あります。

 風刺画「JAPONは悪魔」 松岡正剛の千夜千冊より

 

もっとも歴史の事実を調べていくと

諸説だらけで、

 

最近有名になったのは聖徳太子はいなかった。

 

それを言い出すと

歴代天皇はいなかったという

たいへんなことになります。

 

どういう意味か、

語り出すときりがないので

本論に戻ります。

 

日露戦争で日本がロシアに勝利したことが

きっかけであったことは確かです。

 

実際「黄禍論」は存在したことは

疑いのない事実でしょう。

 

今もなくなったかというと

それは完全に消えることはありません。

 

人種差別が露骨であった

時代であったということです。

 

露骨ですが、それが世界の正論でしたから

差別として見えることはありません。

 

したがって、

私が中学生・高校生(大学生)の時代、

教科書に載ることも

なかったはずです。

 

しかし、日本人は、

この事実を踏まえて

世界史を語ることで

 

初めて見えてくる真実が

あります。

 

それは、日本のいう「大東亜戦争」の

文明論的意味に言及するからです。

 

その話はのちのちにします。

 

 

  20世紀初頭 生糸輸出世界一の日本


国も官営工場を設立して

工業生産を軌道に乗せ、
その後民間企業の成長を促しました。

例えば、

前回も少し述べましたが、

 

現在近代産業で初の世界遺産となっている
富岡製糸場が、1872年には生糸生産を始め、
ここでの技術が全国に普及して1894年には、
工場で生産した生糸の増産を始めます。

紡績業と異なり

手作業に寄るところが大きい製糸業でしたが、
フランス製の器械導入で

生産拡大を目指しました。

結果として、

日本にあった綿花畑は衰退し、
生糸に必要な蚕を育てる養蚕業

盛んになっていきます。

2021年、NHK大河ドラマ「青天を衝け」で
渋沢栄一(吉沢 亮)が

「カイコ様」っていっていたのを覚えてる方も

おられるでしょう。

日本の人口は、
江戸末期の3000万人が

大正末期には6000万人と2倍になります。
 

「男軍人、女は工女、糸を引くのも国のため」とは、
この時代の状況をよく表しています。

兄弟姉妹が多く、土地も狭いので

一人でも家族の食いぶちが減れば
家族は助かるわけです。

極めて安価な労働力で支えたのが「女工」です。
安価な労働力えでは、国内消費は見込めないため、
低価格で輸出して黒字を出すことを意味します。

政府は、こうした国民の状況を踏まえて
移民政策を進めていました。

ちなみに、当時工場で働く人を職工といい、
女の人は工女といっていたそうですが、
 

だんだん女工と呼ぶようになったそうです。
工女も女工も、どっちも死語ですね。

南米や中米、アメリカへ渡った日本人も
こうした背景を抱えていました。

日露戦争直前から、
製鉄業を中心に重工業も盛んになりますが、
綿花に加えて鉄鉱石の輸入などで貿易赤字が続きます。

こうした中、
アメリカに輸出していた生糸が
1909年に輸出量世界一になります。

資源も資金もなかったこの時代に

ヨーロッパが
100年かけて実現したことを日本は、
40年ほどで実現したことになります。

日本は銀行設立と官営工場主導で
短期間のうちに

資本主義を軌道に乗せたということです。

 

それは、すでに江戸時代に

マニュファクチュアの時代を迎えていた

遺産でもありました。

 

江戸時代にはすでに近代が内包されていた

ということを意味します。
 

 

  どんな荒地でも緑に変えた日本人

 

ヨーロッパやアメリカ以外で
近代国家を造りあげたのは、日本のみです。

他に独立国は、ありました。
タイ、リベリア、エチオピア

タイはイギリスとフランスの緩衝地帯として

リベリアはアメリカが後押しし、

エチオピアはイタリアに支配されます。


つまり、近代国家として独立し得たのは
白人以外では、

日本だけだったということです。

近代国家とは(定義はいろいろありますが)
ヨーロッパのような産業革命を成し遂げ、
自由主義経済を確立していること
それは、国民国家であることを意味します。
 

つまり、一人一人の国民が国家の主体として
国づくりをしている

いわゆる市民であることです。

必ずいわれる視点は
いや、主権は天皇にあり国民にはない
ということですが、

曲がりなりにも
憲法をもち
大正時代には「民本主義」を打ち出し
選挙権を拡大していった
立憲君主国が大日本帝国です。

 

ちょっと前(この当時から40年前)までは

チョンマゲをしていた

ちっぽけな取るに足らない国

といわれていたのが日本です。

あえていうとすれば
この時代、白人以外、人間の能力は劣っている
というのが一般的な時代です。

にもかかわらず、
生糸輸出世界一となるのです。
 

しかも、質も実に高かったといわれます。
富岡製糸場が世界遺産となるゆえんです。

そして、そんな日本人がアメリカに移民しました。
貧しく、日本で食い扶持のない人たちです。
 

しかし、
日本人は、どんなに給料が安くても
貯蓄をして事業を興す
 

どんな荒れた土地であっても
緑の大地によみがえらせる

アメリカ人は、
黒人とは明らかに違い、
清国人とも異なる
日本人を怖れるようになっていきます。

ドイツのヴィルヘルム二世が
言い始めた黄色い災い=黄禍論が

広がり始めます。(諸説あり)
 

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 

 

 

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